短編 | ナノ
――― 本当は温かい家庭に憧れていた


「ただいま」

「「おかえりなさーい!」」

バタバタと一生懸命駆けてくるちっせー足が4つ。
そのうちの2つの足がボフッという音と共にオレの体に突撃してきた。

「おかえりなさいパパン」

オレの体にうずめていた顔を上げて満面の笑みで出迎えてくれた心愛。

「おう。ただいま。出迎えありがとな」

そう言って、抱きついてきた心愛の頭を軽くなでてやる。
うれしそうにニコニコ笑いやがって。ホント可愛いすぎるだろ。天使みてぇだ。
心愛と一緒に出迎えてくれたも、甘えるのが苦手で一歩引いたトコロでオレと心愛をじっと見ている乙愛。

「乙愛。お前も出迎えありがとな。ほら、んなトコで突っ立ってねーでこっちに来いって」

そんな乙愛をこっちに来るように促してみるが何故か乙愛はオレとは逆方向を向いた。

――パタパタパタパタ

乙愛が目を向けた方向、パタパタという足音、それはエプロンを外しもしないで2人のこどもに負けないくらい一生懸命に駆けてくる希子だった。

「隼人おかえり!」

「あぁ。ただいま」

「ごめんね。ごはん作ってたら遅れちゃった」

そうオレに謝りながらスーツの上着とカバンを受け取ってくれた希子。

「大丈夫だから気にすんなって」

謝る必要なんてねぇしな。それにメシの用意をしてくれてたんだ。
それにいつもいつも義務でもねぇのに新婚のトキから変わらずに出迎えてくれるコイツを怒れるわけがない。
こんなに家事に子育てに、オレのサポートに、いろいろと四方八方に飛び回って頑張ってる女に怒りの感情を抱くヤツなんざ、男の風上にもおけねぇ。死ねばいいと思う。

「それにこいつらが出迎えてくれたしよ。な?」

下にある2つの頭にポンと手をのせて聞いてみる。
…2つ?乙愛もいんじゃねーか。
希子と話してる間にこっちに移動したらしい。

「うん!心愛、パパンのことちゃんとお出迎えできたよ!」

心愛が元気よく返事をした。

「お。元気よく返事できたな!えらいえらい」

よくできました、と頭をわしゃわしゃとなでてやる。すると―――

「お、乙愛もちゃんとお出迎えできたもん!」

乙愛も「ほめてほめて!」とでもいうオーラを全開にしてアピールしてくる。

「そうだな。乙愛もよくできました」

そう言って頭をなでてやると満足なのか、うれしそうにニコニコしてやがる。
ホントに2人そろって天使だな。かわいすぎる…!なんでオレの娘たちはこんなに愛らしいんだ。

「2人とも、パパンにほめてもらえてよかったね」

ニコニコしながらオレたち3人を見る希子。

「でも、もうご飯の時間だよ。ごはん食べよっか」

その言葉を聞いて「はーい!」と返事した2人はリビングへ駆けていった。

「ふふっ。2人とも元気だね」

駆けていった2人をもう立派な母親と感じさせる温かい目で追いながらオレの上着とカバンをぎゅっと抱きしめてそう言った希子。

「あぁ…」

オレも希子と同じように駆けていった2人を目で追って、返事をする。

「隼人?」

ぼーっとした返事をしたオレが不思議だったのか、どうしたの?という表情でオレの顔をのぞきこんできた希子。

「いや、お前があん時に言ってくれた、あったけー家庭が作れたんだなと思ってな」


―――オレはいまでもずっと覚えている。あのときのことを。
普通のやつらからしたら当たり前、でもオレにとっては直視できないくらいに眩しい、そのくらいの光を放っているそれ。オレには一生無縁だと思っていたもの。ずっと憧れてた温かい家庭。
そんな家庭を一緒に作ろうと、もうガキではない、だけど大人というにはまだまだ未熟だと言える高校生という中途半端なものであるトキに希子が言ってくれた言葉。
戸惑うこともなく、なにも迷うこともなく、オレに向けて、真っ直ぐ、純粋なその気持ちを十分すぎるくらいオレに伝えてくれた希子。
いま思うとずっと欲しかったのかもしれないその言葉。


「じゃあ一緒につくようよ!温かい家庭!」


オレが憧れてた温かい家庭よりも、温かくて眩しい、太陽みてーな笑顔でそう言った希子。
まだ未来がどうなるかなんてまだ全然わからない、中途半端なものだという状態なのに、なにも迷いなんてない、絶対に叶えられる、そんな真っ直ぐとした意思が伝わってきた。
そんな希子を見ていたら不思議と本当に叶えられるんじゃねぇか、そんな気分にオレもなった。

――そして現在。
やっぱりあん時に思ってたよりもずっとずっと大変だった。
だが、やっぱりそんだけ苦労して、一生懸命にお互いの気持ちに真正面から向き合って、一緒に困難を乗り越えてよかった。
オレはもうあの家は出たから関係ねぇと思ってた。それなのに希子が「ちゃんと挨拶しにいこう。そうしなきゃ結婚できないよ?」って言うからもうプライドなんて捨てて挨拶に向かった。希子のことをいろいろ言ってくるヤツなんざぶん殴って殺してやろうと思ったが希子が必死に「大丈夫、隼人がいれば大丈夫だから」って大丈夫じゃねーくせに、泣きそうになってるくせにひきつった笑顔でオレにそう言ってくるから自分を抑えて我慢した。まだ思い出すと腹が立って殺したくなるが、こういう風になれたんだ。すっげー腹は立つが希子も「ケンカしないで!」って言ってくるし、少しは譲歩しようと思う。
これだけの幸せが待っていたんだ。あの時はすっげー苦痛だと思ってたことが、あんなのなんでもねぇって思えるくらい、いや、それ以上の幸せが。

これからも3人を―――希子、心愛、乙愛
誰よりも、何よりも、何があっても絶対に守り抜きたい最愛の女と、そんな女との間に生まれてきてくれた、新しくできた守るべき対象、愛らしい娘たち。
そんな3人をこれからも絶対に、何があっても守っていこうと思っている。


「本当にありがとな」

そう言って未だに不思議そうな顔をしている無防備な希子をぎゅっとこっちに抱き寄せる。

「わっ!どうしたの急に!」

「これからもお前たちのこと、ずっと守っていくからな」
「ふふっ。なんだかよく分からないけどこれからまだまだ長いんだから、よろしく頼みますね、旦那さま」

そう言って娘たちにも負けないくらいの眩しい笑顔でぎゅっと抱きしめ返してきた希子。

「あぁ、任せとけ。その代わりその長い間、大変だからってオレの世話を投げ出すんじゃねえぞ?」

ニヤっと笑ってオレの胸元にうずまってる顔に言葉を投げかける。

「わかってますよ!それに一生隼人といるって覚悟、ちゃんとできてるんだからね!」

オレの言葉に反応して胸元から顔を上げ、いたずらっぽい笑みでそう言った希子。

「ありがとな。これからもよろしくな。」

「こちらこそ」

いたずらっぽい笑みがなくなり、あの温かい笑顔でそう返してきた希子が本当に、本当に、愛おしくて、胸がぎゅっと痛いくらいに締め付けられて、愛おしくて愛しくて、たまらなくなって思いっきり抱きしめた。

「愛してる、希子」

抱きしめる腕を少し緩めて、希子の顎を少しだけ持ち上げて、真っ赤な唇に自分のそれを合わせる。

「あたしも愛してるよ」

唇を離して、お互いの顔を見つめると、母親になってから見せる大人っぽい笑みでそう返してくれた希子。
それがまたなんというか官能的で、たまらなくなってもう1度、今度はその真っ赤な唇にかぶりつこうとしたとき―――

「ねぇー、ごはんまだ〜?」

「…お腹すいた」

自分の皿とスプーン、フォークを持ってなかなか来ないオレたちにしびれを切らしたのか、呼びに来た心愛と乙愛。

「あ!ごめんごめん。もうご飯にするね!いこっか!」

頬を真っ赤にしながらあわててオレの腕から抜けて出した希子は2人の手を引いてリビングへ向かった。腕から温もりが消えて少し寂しくなったがそれ以上にそんな3人の後姿を見て感じる幸せだという気持ちのほうが断然おおきかった。

「パパン!はーやーくー!!!」

オレが突っ立ったままだということに気付いた心愛が後ろを振り返って呼んできた。

「あぁ、いま行く」

「なにニヤニヤ笑ってるのー?変なの」

え。オレ笑ってんのか?心愛に言われて初めて気付いた。
まあそんくらい幸せってことだよな。これからもこの幸せを守っていかねぇとならねぇんだ。頑張らねぇと。
そう思いながら歩を進める。





これからも幸せでありますように。




Sweet Home
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