短編 | ナノ
“ガチャ”
隼人からもらっていた合鍵を使ってドアを開けた。そのまま部屋に入る。
「隼人…」
隼人はピアノを弾いていた。いつもの優しい音色なんかじゃなくてそれはとっても荒っぽい音だった。
「隼人!」
返事をしない隼人に向かって今度は強く名前を呼ぶ。さっきは聞こえなかった?いや、そんな筈はない。いつもはすぐに気が付くのだから。
「っるせーな。なんだよ!教会行くんじゃねえのか!?」
「そんなトコ行かないわよ!ワタシは仏教だ!」
「さっきと言ってることメチャクチャじゃねーか!」
「そうだよ!だってウソ吐いたんだもん!」
「んだと!?…ってお前なんだそれ」
ワタシの鼻を見た隼人は目を大きく見開いてから、今度は大きな声で笑い出した。さっき怒ってたのはダレやら。
「…もう!だからイヤだったのに!」
「もしかしてお前コレ隠すために毎日マスクしてたのか?」
「そうですが何か!?」
今度はワタシがそっぽを向く番だ。だからイヤだったのに。全部かわいくしたかったのに。新しく買ったお洋服も、頑張って練習した髪の毛だって、そんなのを褒めてもらう前に見つかって笑われて、全部台無しだ。
「…泣くなって。今日のお前すげー可愛いよ。今までで1番可愛い」
虚しくて、悲しくて出てきた涙を拭ってくれた隼人はワタシの心が見えるかのように言って欲しかった言葉を言ってくれた。いつもだったら考えられない言葉。
「ありがとな」
「っう…。うぇーん」
いままでの色々なものが弾けて、ワタシは隼人にしがみついて泣いた。お化粧が崩れるのも髪がグチャグチャになるのも知らない。もうなんでもいいんだ。隼人の温もりが欲しい。
「ほらほら泣くんじゃねえ。それにな、お前は馬鹿か。マスクなんてしてたら逆に熱が籠って治りが遅くなるんだぞ?」
「そんなのっ、知らな、もん!」
「はいはいそうだったな」
頭を撫でられて、まるでこどものようにあやされて、ワタシは何をしてるんだろう。でも、いまこの瞬間、隼人の腕の中が心地いいからなんでもいい。
「はやと…」
「ん?」
「だいすきだよ」
「オレもだ」
「これからもずっと、ワタシが一緒にお祝いするからね」
「…ん」
「生まれてきてくれてありがとう」
「…さんきゅ」

“ほら、獄寺くんあんまり自分の誕生日に良い思い出ってないからさ…。”
“でもそんな幸せそうな獄寺くんを見てたら、今年は本当に生まれてきて良かったって思えるような日になるんじゃないかなって思ったんだ”

そんなこと知らなかった。隼人のこと。でも、これからはいままでの足りなかった幸せも全部埋めて、もっと入りきらないくらいの幸せを詰めてあげたいな。
生まれてきてくれてありがとう。
これからもだいすき!あいしてる!
i love you !



(でも誕生日は明日だからな。お前泣きすぎてぐちゃぐちゃになってねえか)
(…!ち、ちがうよ!明日の練習だよ!プレ!)
(はいはい)
(ホントだってば!)