「兄さんは私の前からいなくなったりしませんよね」


それは小さな呟きだった。
聞き逃してしまってもおかしくないその声は彼女の兄の耳には一字一句はっきりと届いていた。彼は愛しい妹の名を心配そうに呼んだ、けれど彼女はどこか上の空といった風で兄の声が聞こえていないようだった。


「紗夜」
「っあ……兄さん?」


先程より少しだけ強く妹の名を呼べば彼女ははっとしたように兄をその眸に映す。


「ぼうっとしていたようだけど、もしかして体調が優れないんじゃ」
「いえ、少し……夢見が悪くて寝不足気味なだけです」


曖昧な笑みを浮かべるその顔色は悪くうっすらとだが隈がうかがえる。
彼女の手首を取り軽く自分の方に引き寄せれば簡単に倒れ込む小さな体。
驚く彼女をそっとソファーに横倒し、自分の膝に頭がくるようにする、俗に言う膝枕の状態になる。


「にっ、兄さん?」
「少し寝なさい」
「えっでも」
「あぁ、もしかして紗夜は俺の膝枕よりベッドの方がいいのかな?」
「……もう、兄さんったら」


兄の言葉に呆れながらも嬉しそうに微笑んだ彼女はどうやら諦めたのか眸を閉じる。
愛おしそうに妹の顔にかかった髪を払いながら頭を撫でているとその手を自分より幾分も小さな手が包むように触れた。


「紗夜?」
「にいさん」


閉じていたはずの自分と同じ色をしたその眸は不安げに揺れ兄を呼ぶその声は小さく震えていた。その姿を見て彼は幼い頃の彼女の姿を思い出す。


「大丈夫だよ紗夜、俺はここにいる」
「……はい」
「紗夜、お前の望む限り俺は紗夜の側にいる、何があっても」
「……にいさん」
「だから安心してお休み」
「はい、兄さん……」


安心したのか彼女は再び眸を閉じ今度こそ安らかな寝息をたてる。
兄が妹の前から姿を消す時、それは――


「紗夜……愛している」


兄のその一言にどれだけの想いがこもっているのか……。
彼は美しい妹の寝顔にそっと口付けした。





2011/08/11

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