一言も喋らないまま、総一郎はゆっくり歩いてくれた。
転ばないように、ゆっくりゆっくり二人で歩いた。
かなり久しぶりだ。
ガチャリ。総一郎が鍵を開ける音が大きく聞こえた。
シャワーを先にかりて、総一郎が入っている間にドライヤーで髪を乾かす。
髪を乾かすたびに、総一郎の事を毎日思い出してた。
また総一郎の事を考えながら髪を乾かす。
今日はちゃんと、根元から毛先まで
伸びていた髪を少し前に切ったから
乾くのが少しだけ、はやくなった。
総一郎がシャワーから出てくるより早く
私はドライヤーをテーブルに置いた。
ハンドクリームを少しだけとって手に馴染ませる。
その手で毛先を整えると、フワッとあの香りに包まれる。
大丈夫。
ガチャッとドアが開く。
何でもないふりをして、私はスマホを弄るふりをする。
「○も飲むか。」
冷蔵庫をあけて、総一郎がそう言った。
『飲む。』
ありがとう、とコップをうけとって隣に並ぶ。寝るだけだから大丈夫だといって、暖房はつけてないから足先が冷たい。
渡されたお水を飲む。久しぶりに冷たい水を飲んで身体が冷えたのがわかった。
ドキドキとうるさい心臓には、このくらいの冷たさで丁度よかったかもしれない。と思い直した。
足の甲に反対の足先をかさねる。
どっちの足も冷たいから、たいして温まらなかった。
「チョコ明日にするわ。」
『うん。もう遅いからね。』
すっかりチョコの事なんか忘れていた。多分美味しくできたはずだけど、もしかして目の前で食べるのかな?と「おいしい」って多分言ってくれる。その一言を聞きたいけど、ちょっと恥ずかしい気もする。
ドキドキより、寒さが勝ってきて、はやく布団に潜り込みたい。
勝手知ったキッチンで、コップをシンクで洗う。総一郎のぶんも受け取って洗って水切りかごにいれる。
水が冷たくて手が冷え切って
せっかくつけたハンドクリームの香りが消えてしまった。
「寝るか。」
『うん。』
当たり前のように、右肩を上に横になる総一郎の隣に潜り込む。
彼に背を向けて。
総一郎の方を向きたい。
触れてほしい気持ちと、触れたい気持ちがむくむくと大きくなってくる。
じんわりと温かくなっていく毛布が気持ちいい。あ、パーカー着たまま布団入っちゃった。
フードがあると邪魔だし、私は布団に入るときは薄着派なので
そろっと起き上がってパーカーを脱ぐ。
「……寒ないん?」
『フードが、邪魔じゃない?』
「あー、トレーナーにしたらよかったな。」
パーカーを適当にたたんで腕を伸ばしてカーペットの上に置く。
剥き出しになった腕にひんやりとした空気が当たる。
ブルっと寒くなってすぐさま布団に入り直す。
「寒ないか?」
総一郎の優しい声が暗い部屋に響いた。
グッと背中を総一郎に寄せる。
ちょっとだけ、ちょっとだけだから。
髪の毛からほんの微かにハンドクリームの香りがした。
『総一郎あったかいから大丈夫。』
グッとお腹に総一郎のたくましい腕が回って彼に引き寄せられる。
じわじわと彼に触れる背中が熱くなっていく。
総一郎の持ってるスウェットだと、丈が長いからハーフパンツをかりた私の足の間に総一郎の足が絡まる。
総一郎はスウェットをはいているから、私の素肌にそれが擦れて少しだけ温かい。
彼もハーフパンツだったらと一瞬思ってしまって、すぐになんだかイケナイことを考えてしまった気になって意識を他に戻す。
総一郎の足先がふくらはぎにふれる
『んっ、…。』
冷たくてびっくりする。でも、それ以上に違うドキドキに身体が支配される。
総一郎の右手が、私の顔の前にあった両手を捕まえて
私の冷えきった指先に少しだけ温かい彼の指が絡まる。
「○。」
『そう、いちろぅ。』
聞いたことのない、低くて掠れた声で耳元で名前をよばれたら、もう何がなんだかわからない。
身体が一瞬で熱くなる。
ぐわぐわと熱に脳みそが犯される。
彼に触れられたい。
彼に触れたい。
そしてこうして、触れられて嬉しいのに
怖い。
このまま熱に浮かされたいのに
頭の中はごちゃごちゃと散らかっている
気づくとギュッと彼の指を握りしめていた。私の手が、少し震えていた。
『総一郎。その……。寝ないの?』
はぁ。
真っ暗な部屋に総一郎の息を吐いた音が響いた。
小さな音だったのに、その落胆を含んだ音は私の身体の奥を引き裂いた。
「せやな、寝よか。」
スルッと総一郎の指が私の手から離れていく。
あ、ダメ。
身体が動かない。
石になったようだ。
「おやすみ。」
私は『おやすみ』と返せなかった。
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