愛の奏でる旋律で16曲

ショパンにモーツァルト、ベートーベン。
チャイコフスキーは外さない。
いつだって美しい彼のピアノ演奏。
その音に見入ったのはいつのことだっただろうか。
そして彼自身に見入ったのはいつのことだっただろうか。

音大に通う姉に連れられて無理矢理来たピアノ演奏会。
そこで彼に出会った。
小さい頃にたった一度だけピアノを弾いた。
簡単にアレンジされたベートーベンの『エリーゼのために』。
姉と弾くピアノが好きだった。
でも姉と違って才能がない俺はピアノに触ることもなくなった。
本当は俺がピアノを好きだったのを知ってる姉。
姉の練習の邪魔をするなと叱る親。
才能に恵まれた姉だけのピアノレッスンルーム。
親がいないときだけ姉の手招きにつられてピアノに触っていた。



今日もねーちゃんに引っ張られて彼のソロツアーに行く。
俺が1人じゃピアノの演奏会なんかに行かないのを知っているから。
いつも無理矢理連れ回すように俺を誘う。

「しょーちゃん!急がなきゃオーレンの演奏始まるわよっ!」
「ま、まってよ、ねーちゃんっ!ってか足はえーよ!」
「超文化系学部だからってなめんじゃないわよ!書道部よりは体力使ってるんだからねっ!」
「あっ俺を馬鹿にしたな!書道部だって墨磨るの大変なんだからな!」
「ピアノだって身体で表現すんのよ!」

ピアノができなくて書道の道に進んだ俺。
ねーちゃんだけが反対したけど俺は今は書道が好きだ。
俺たちは仲の良い姉弟、優しいねーちゃんが俺は好き。

「しょうちゃん!チケット出して!受付に滑り込むわよ!」

ねーちゃんは将来有望のピアニスト。
周りからは静かなピアニストなんて言われてるが実はすごいアクティブ。
そんなねーちゃんのピアノは躍動感に溢れ、そこに繊細さを滲ませる素敵な音。
逆にオーレンのピアノはガラスみたい。
少しつつけば壊れてしまいそうなほど綺麗なのだ。

「はい、チケット!半券は後ろのツレに!」
「あっねーちゃん!」

受付の人に謝りながら僕も席へ。
優しい音と共に幕が上がった。

今日の演奏も美しかった。
俺は音で感情を現せないから字で現す。
彼の音楽を聴いてから書く俺の字は評価が高いのだ。
ちなみにいつもねーちゃんのピアノを聞きながら書くからねーちゃんがピアノを弾かない日に書いた字は予選も通過しない。

「すみません。もしかして細波女子大学の鈴鹿千鶴さんですか?」

ホールでめざとい記者にねーちゃんは捕まった。
ねーちゃんは俺をチラリと見る。

「行ってきていいよ。ここで待ってる」
「もしかして鈴鹿さんの恋人とか」
「いえ、僕は鈴鹿千鶴の弟です」

実はあまり弟だと言いたくはない。
認めたくはないけどねーちゃんは俺にとって少なからずコンプレックスだ。
でもさらりと言った方が姉の負担にもならないと分かってる。
それに書道は雅号だから俺が書道家だってバレることはないし、俺はねーちゃんと違ってメディアには一切出ないから。
書道界では謎が深い人物になってるけど、きっとメディアに出ればねーちゃんとの関係が取りざたされて俺よりねーちゃんの記事になる。
なんだかそれが惨めだし俺は俺の力でなんとかしたかった。

「そうなんですか。弟さんも何か音楽をしていらっしゃるんですか?」
「取材ならあちらで伺いますから。オーレンさんの演奏についての感想ですよね?」

そう言ってメディアの人たちをどっかに連れて行くねーちゃん。
少しイライラしてた。
俺のことを聞かれるのが嫌なのだ。
メディアの人はオーレンの取材に来たんだかねーちゃんの取材に来たんだか。

「まさか鈴鹿千鶴の弟だったとはね」
「っ!」

いきなり話しかけられてぎょっとする。
目深に帽子をかぶる男は肌が白くて背の高い綺麗な男だった。

「はじめまして、鈴鹿千鶴の弟くん。いつも演奏会に来てくれてありがとう」
「え?」

マジマジと顔を見ていたら帽子が少しあげられる。
薄い茶色の瞳、間違いなくオーレンだった。

「君のお姉さんがギャラリーやカメラマンを引き連れていってくれて助かったよ」
「あ・・・いえ、姉は有名ですから」
「音楽をしていて鈴鹿千鶴を知らなければ潜りだからね、彼女の演奏は実に素晴らしい」
「どうも」
「そんな鈴鹿千鶴が毎回僕の演奏会に男と来るから彼氏なのかと思っていたよ。あんまり似てないね」
「よく言われます」
「あの鈴鹿千鶴を相手に彼氏を奪うとするならピアノで君を虜にするしかないと思っていたんだが」
「は?」
「彼氏でないのなら方法はいくらでもあるかな」

心臓がヤバいぐらいにバクバクしてる。
何を言ってるのかがよくわからない。

「君は彼女か彼氏はいる?」
「しょーちゃん!帰るわよ!」
「あっ!ねーちゃん!」
「あら、オーレン!こんなところにいたのね!!演奏素晴らしかったわ!」
「す、鈴鹿千鶴っ!」

いつもより大きな声を出すねーちゃん。
そんなに大きな声を出したら・・・。

「オーレンさん!今日の演奏についてですが」
「今度行われるクリスマスコンサートの」

ほら、一気にメディアの人が押し寄せてきちゃった。
オーレンは舌打ちをすると俺の手に何かを押しつける。

「連絡をして。絶対来て」

俺はねーちゃんに手を引かれて会場を後にする。
手にはオーレンに押し付けられたクリスマスイベントのチケットをしっかり握りしめていた。

「ねーちゃん、オーレンと知り合いだったの?」
「ふんっ知らないわよ、あんな奴!」
「・・・知り合いなんだ」
「一度大学に来ただけよ!女子大にまで来てっ!あああああ未だに腹が立つ!」

よっぽどのことだったらしい。
ものすごいスピードで歩くねーちゃんに引っ張られながら会場を後にした。

チケットの裏にはメールアドレスと電話番号が書かれていた。
恐る恐るメールをする。
悩みに悩んだのに結局登録しました、とだけ。
チケットにはオーレンが奏でる愛のクリスマスライブと書かれていた。
15曲の演奏があるらしい。
チケットはペアチケット。
メッセージは『SuzukaChizuruとおいで』と書かれていた。
俺は荒々しいピアノ演奏をしているねーちゃんのもとへ行く。

「ねーちゃん」
「・・・しょーちゃん」

目が怒っている。

「まだ怒ってるの?」
「別に」

ねーちゃんやっぱり怒ってる。
ねーちゃんの隣に無理矢理座ってチケットを出す。

「オーレンにもらったんだ。ねーちゃんと来てって書いてあった」
「行くの?」
「それにね、ねーちゃんがオーレンに怒ってるのは知ってるけど・・・」

俺はねーちゃんに笑いかける。

「ペアチケットなんだ。俺ねーちゃん以外にクリスマスライブなんて一緒に行ってくれる人いないから」
「・・・はあ・・もうっ!行ってあげるわよ!しょーちゃんの頼みだもの!」
「ありがと」

レッスンルームを出てしばらくするといつものねーちゃんの音。
その音を聞きながら俺は字を書いた。
なかなかの出来映え。



クリスマスライブ、少し早めにねーちゃんと待ち合わせをした。
でもねーちゃんは待ち合わせに来なかった。
ライブに行くとオーレンに言ってしまったし、何よりオーレンに会いたかった。
毎回愛を囁くメールと電話。
きちんと愛を返したことはないが俺はオーレンが好きだった。
でも1人でクリスマスライブなんて気が引ける。
オーレンには行けないとメールしようと思っていたらねーちゃんからメール。

『遅れるから先に行ってて』

俺は分かったと返信して、心なしか軽い足取りで会場に向かった。

会場は老若男女、たくさんの人。
受付の女の子にチケットを差し出す。

「すみません、鈴鹿千鶴が来たらコレを渡して下さい」
「かしこまりました」

ねーちゃんの名前は音楽をしていればみんな知ってるから受付の女の子も笑顔で対応してくれた。
さすが有名人、俺のねーちゃん。

会場は暗くなり、ライブが始まる。
オーレンはにこやかに笑って会場にいるみんなに手を振った。
会場からは盛大な拍手。
いつもなら右隣にはねーちゃんがいるのに今日はいない。
なんだか寂しいクリスマスライブ。
もう15曲目が始まるっていうのにねーちゃんは来ない。
いつもならオーレンから目を離さないのに今日はちらちら入り口を見てばかりだ。
結局落ち着かないままクリスマスライブは幕を引いた。
スタンディングオベーションで終えたクリスマスライブは大成功のようだった。
ねーちゃんを探しに行こうと鞄を手にとるがなかなか会場に明かりがつかない。
すると幕が再び上がった。

「本日はご来場ありがとうございます!」

マイクを持ったオーレンが舞台に上がる。
舞台にはオーレンがいつも使う白いグランドピアノとそれとは別に黒いグランドピアノがある。

「本日16曲目はゲストをお呼びしてピアノ二重奏を演奏させていただきたいと思います」

全身白いオーレンとは対象的な全身黒い綺麗な女の人。
いつも俺の右隣にいた人。

「皆様もよくご存知でしょう。鈴鹿千鶴さんです」

笑顔で観客に手を振るねーちゃん。
なんであんなとこに。

「これから演奏する曲は僕らの愛する人に送ります」

そしてピアノ二重奏が始まる。
曲はベートーベンのエリーゼのために。
俺とねーちゃんの最初で最後だった連弾した曲。
俺は曲が終わるまで舞台に目が釘付けだった。

今度こそ閉幕したクリスマスライブ。
俺は記者たちを押しのけてねーちゃんとオーレンのもとに急いだ。

「ねーちゃん!オーレン!」
「将武!」
「しょーちゃん!」
「素敵なクリスマスプレゼントをありがとう!俺っびっくりしすぎてっ」
「僕が考えたサプライズで」
「ああ!もうやっぱりしょーちゃん大好き!オーレンなんかにあげないっ」
「ちょっと千鶴!約束が違うじゃないか!認めるって言っただろ!」
「うるさいわね!破棄よ、破棄!」
「そんな!認めたからサプライズに参加したんだろう!」

記者の人も唖然として俺たちを見ていた。

「あの、そちらの方は・・・」
「あ・・・その、」

しどろもどろになるねーちゃん。
もうねーちゃんはコンプレックスでもなんでもないよ。

「俺は鈴鹿千鶴の弟で鈴鹿将武と言います。書道を嗜んでいまして、雅号は・・・」



後日俺の本名とねーちゃんとの関係が取りざたされたのは言うまでもない。
書道界の存在不明だった雅号は鈴鹿将武と言う名で広まった。
ついでにオーレンとねーちゃんが付き合っているという誤解記事も。

「ははっオーレンとねーちゃんがキスしてるとこを目撃だって」
「今頃千鶴は発狂してるね」
「学校でもすごい騒がれてるんだってさ。最近ピアノの音が荒れてるよ」
「ねぇ、将武」
「ん?」
「僕は千鶴じゃなくて君とキスがしたいんだけど」

その言葉に笑って俺とオーレンは深いキスをする。

「ねぇ、セック」
「まだ駄目!」




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