14日間限定の飼い猫

噂には尾鰭がつくもの。
都市伝説と化した『飼い猫』。

ある日突然小さめの男が話しかけてくる。
可愛らしい彼は名前を『猫』と言い、他には何も語らない。
そして彼はこう言うのだ。

『僕を飼ってくれない?何でもするよ』

その甘い声に落ちない男はいなくて、彼は数日間だけの飼い猫になる。
何でもというのは本当に何でも。
掃除に洗濯、力仕事。
そしてセックスの相手までしてくれる。
そして数日間過ごしたら朝に飼い主を見送り、帰宅したら消えるらしいのだ。
また会いたいと願う人も少なくはなく、求めて探せど二度と会えないのだという。
あまりにしつこく探せば殺されるんだとか。
猫は猫、飼い猫なのは数日間で野良猫と変わらないらしい。
誰にでも媚びを売る猫のように彼は今日もさまよっているらしい。

そんな都市伝説は常連となったダイニングで取り引き先の常務に聞いた。
でっぷり太ったこの男は私の身体が目当て。
目を見てればわかるのだ。
人を舐めつけるようにみるその視線が私は嫌いだった。
でも部長に頼まれ専務に頼まれさらには社長にまで頼まれれば断るわけにも行かず、知り合いが多いこのゲイの溜まり場になっているダイニングに連れて来たのだ。
あわよくば他に目がいかないかと。
それも叶わずひたすら下ネタに持ち込む取り引き先の常務を見て、気を利かせたバーテンが取り引き先の常務の酒だけリキュールを多めにしたり濃い酒ばかりを勧めて早々に潰してくれた。

「マコトちゃんも大変ね」
「マスター、いたんですね」
「いるわよー。失礼ねっ。タクシー呼んだからそのデブ、タクシーに詰め込んじゃいなさいな」
「ありがとうございます」
「アタシ達と飲み直しましょ!ほら、お客様ー!タクシー来ましたよ!」

取り引き先の常務をタクシーに詰め込んで、後のことを運転手に全て任せて店に戻る。
荷物はカウンターに移動してあり、一息つきたいからとバーテンに炭酸水を注文する。

「大変でしたね。あのデブ絶対マコトさん狙いじゃないですか」
「ははっ私の取り引き先の常務だよ?酷い言われようだ」
「うわっそうなんですか?すみません!」
「かまうものか。デブでかまわないよ!あぁ、これチップ。君のおかげで今日私は無事だったからね」
「気にしないでいいのに。でもありがたくいただきます」

にこりと笑うバーテンは私好み。
持ち帰りたいところだがホールにいる涼しい顔をした彼がバーテンの彼氏だ。
末永くお幸せに。

「あらっマコトちゃんソーダ?!信じらんない!」
「マスターが来るまでですよ」
「じゃあジントニックでならしてからウィスキーいきましょ!」

バーテンはジントニックに大きめのライムを添えて私とマスターに差し出す。
マスターはホールキャップの人を呼び後を任せて私と乾杯した。



店は閉店間際。
ウィスキーで酔いつぶれたマスターをホールキャップとバーテンがスタッフルームに運んでいく。
疲れてたのかマスターはいつもより酔うのが早かった。
静かになってきた店内で残り少ないスコッチを飲む。

「ねえ、お兄さん」

ふと振り返れば案外可愛い少年・・・いやここは未成年は入れないから青年かな。

「どうしたの?それに私はお兄さんって歳でも無いけれど」
「僕を飼ってくれない?何でもするよ」

まさかの都市伝説。

「私は本物しか持たないし買わない主義でね、もしその誘い文句が偽物ならば他をあたってくれないか?」
「都市伝説を真似ただけだとでも?僕が本物だよ」

年齢や身分を証明するものは何もないし身につけているものもありふれている。
外見からの情報は皆無だ。

「じゃあ信じてみようかな」
「ありがと」
「君の払いは私が出そう。いくら?」
「お生憎様、それぐらいはあるから」

彼は金額が書かれたバインダーにポケットから出した一万円札を挟むとカウンターに置いた。
俺はホールにいる子にお金はカウンターに、と伝えて店を出た。

「私は電車が嫌いだからタクシーを使うけどいいかな?」
「もちろん」

適当なタクシーをつかまえて自宅があるマンションへ。
我ながら生活感がない部屋。
モノトーンを基調とした部屋は寒々しい。
電気をつけて暖房を入れる。

「適当にくつろいで。服も適当に着たらいい」
「見事に何もない部屋」
「装飾とか思い出とかそういうのが好きではないんだ。ところで君の名前は?」
「猫」
「そう。名前とか欲しい?」
「つけたいならば」
「ならいらないな。シャワーは?」
「一緒に入りたい?」
「私は飼い猫や飼い犬と一緒にシャワーを浴びたり寝たりすることはしないよ」
「冷たい人」

皮肉が混ざる寂しそうな目をして猫は私を見た。



猫は出て行くわけでも何かするでもなく家にいた。
なんでもすると猫は言ったがハウスキーパーを雇ってる私には彼になにもさせることはない。
なので猫は何をするでもなく毎日ソファーに丸まっていた。
何日目かに猫の腹がなってようやく飼い猫なのに餌も与えてないことに気付いた。
私は食事は昼食しかとらないので家ではほとんど食べないのだ。
知り合いのレストランに電話をしてディナーのデリバリーを注文する。

「すまないね、私は家で食事をしないから」
「お腹空くし暇で死ぬかと思った」
「暇なのは明日まで耐えてくれないかな」

デリバリーされた夕食をテーブルに並べてあげる。
フォークを渡してやればゆっくり食べ始めた。
口をハムスターみたいに膨らませながら食べるのが猫の癖だと気付いたのはいつだったか。

休日でも平日でも暇つぶしに与えたゲーム機で丸一日遊ぶ彼。
私はコーヒーを飲みながら新聞に目を通す。
久々の休日、予定もないので飼い猫と遊んでやろうと新聞を閉じた。

「猫は何をして遊ぶのかな?」
「なんでもするよ?」
「昔から私は動物の世話が苦手でね、何かして遊んでやったことがないんだ」
「・・・無理して遊んでくれなくていい」

どうやら拗ねてしまったらしい。
眉間に皺を寄せて、厚めの唇は尖らせて。
気まぐれな猫。
私は自室に戻りノートパソコンを持ってくる。
いつものようにインターネットを起動させて開いたページは旅行会社のもの。

「猫」

むっつりとした顔を上げてまた皮肉が混ざった寂しそうな目で私を睨む。
私はノートパソコンを持って猫の横に座り、猫に画面がよく見えるようにノートパソコンを傾けた。

「どこに行きたい?私の休みは明日までだから国外は無理だけど国内ならどこでも」
「旅行するの?」
「出掛けようと思ったんだけど特に行きたいところが無くてね」
「今から?」
「そう。今から」

猫はじっと画面を見てから私を見る。

「そんな急に飛行機なんて取れるわけないじゃん」
「平気だよ。懇意にしてる企業だからね、多少のわがままぐらいどうにでもなる」
「・・旅行じゃなくて、どっかその辺がいい」

実は案外健気なのかも?

服を着替えてドライブに行くことにした。
猫は手にゲーム機を持ってるのにそわそわと周りを見てる。

「コンビニ寄りたい」
「いいよ。飲み物でも買おうか」

猫は私をおいてさっさとコンビニに言ってしまう。
私がコンビニに入った時にはすでに会計まですませていた。

「一緒に買えばよかったのに」
「いーのっ!」

猫はなんだか機嫌が良くてまた私をおいて車に戻った。
・・・ロックかかってるのに。
恥ずかしそうな顔をする猫に苦笑いをしてロックを解除した。

特にどこに行くでもなく車を走らせて、たまに止まってと言う猫に合わせて車を止めていく。
こんな時期は枯れ葉しか舞わないのに楽しそうな猫。
腕を引かれてベンチに座ればカチッと音がする。

「インスタントカメラなんて久し振りに見た」
「さっき買ったの。僕デジカメも携帯も持ってないから」
「どうして?」
「いらないから。だって僕は猫だもの。でも今日は特別」

満足そうに笑う猫を見て思い出はいらないと言えるほど私は酷い人間ではない。
でも猫は意外に敏感な生き物らしい。

「・・・貴方は嫌だったね」

また皮肉が混ざった寂しそうな目をされる。
私は苦笑いでやり過ごす。

「・・・・・帰る」

遊び足りないくせに。
意地っ張りな猫。

翌日、猫はゲーム機で遊ぶことなくただソファーに丸まっていた。

「どうしたの?」
「・・・気分が悪いの」

機嫌が悪いの間違いだろう。
風邪を引かないように猫に毛布を掛けてあげて、新聞を読んでいたら寝息が聞こえてきた。
本当に猫みたい。

仕事の日には餌を与えるだけしか猫の世話をしなくなる。
デリバリーのディナーをもそもそ食べる猫。
今日は中華にした。
フカヒレとたまごのスープがお気に入りらしくにこにこしながら食べていた。

「それ好き?」
「うん。初めて食べる味!」
「そっか、じゃあまた作ってもらおうね」

そう私が言えば少しびっくりしたような顔をして小さく頷いた。
その顔はまたすぐににこにことした顔に戻った。

真夜中に寝苦しさを感じて目を開ければ腹の上に人がいた。
びっくりして一気に頭が覚醒する。

「・・・ね、こ?」
「ねぇ、僕を抱いてはくれない?」
「どうして?」
「・・・僕の気まぐれにつきあってよ」
「無理だよ、今日は疲れてるんだ」

暗い中じゃ表情も伺えない。
猫は黙って私の上から降りた。
毛布を引きずり寝室から出ていく猫に声をかける。

「猫、一緒に寝よう」
「・・・無理しないで。飼い猫とか飼い犬とはそーゆーコトしないんでしょ」
「愛猫は別なんだ」
「嘘吐き」

暗さに慣れた目には彼の皮肉を込めた寂しそうな目がやたら印象的に残った。
毛布と一緒にベッドに入ってきた猫の頭を撫でて私は眠りについた。



翌朝、彼はいなくなっていた。
毛布はまた暖かい。
リビングに行けば彼が遊んでいたゲーム機が置いてあり、彼の服は無くなっていた。
私はベランダに出て久し振りに煙草を吸う。
禁煙3ヶ月目にして失敗してしまった。

「噂なんてあてにならないな」

朝見送ってからいなくなるんじゃなかったのか。
リビングに戻ると棚には見慣れない写真立て。
私はそんなものを置いたりはしないのに。
中には手ぶれが酷い写真が入っていた。
ドライブに連れて行った時の写真。
私の顔もあまりわからないし猫なんて鼻から上しか写ってない。
その写真だけがたった2週間しかいなかった飼い猫の残した爪痕だった。



※無断転載、二次配布厳禁
この小説の著作権は高橋にあり、著作権放棄をしておりません。
キリリク作品のみ、キリリク獲得者様の持ち帰りを許可しております。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -