この恋だけは勘弁してくれ

翔平くんを部屋にあげ、ひとまず暖房をつける。
春が迫ってきたとはいえ、夜は冷える。
その証拠に翔平くんの頬と鼻は真っ赤になっていた。

「全く、いつからいたの?」
「学校帰りに来たから、六時ぐらいですかね?」
「四時間近く外にいたの!?」
「でもゲームしながら待ってたんで、そんなに待った気はしませんでしたよ」

翔平くんが中華丼を温め始め、俺は豚汁用のお湯を沸かし始める。
久々に会ったから緊張するかとは思ったけど、思ったよりも平気だった。

「久しぶりですね」
「そうだね」
「二ヶ月ぶりぐらい?」
「そんな経つ?」

なんともない顔をして笑ってみせたが、翔平くんと連絡を取らなくなった日は覚えている。
二ヶ月は言い過ぎだろ。

「ヨネさんと遊べない間に、実力テストと模試と期末テストがありましたよ」
「お、懐かしいな」
「それに、もう春休みなんですよ」
「そんなもの……あったな……」

唯一課題がない春休みが好きだったのに、高校生になると春休みすら課題が出て途端に嫌いになった長期休みだ。

「あれ? でも今日学校から来たんでしょ?」
「今日が終業式でした」
「へー。もうそんな時期なんだね」

ちょうどお湯が沸いたところで、一つ目の中華丼が温まった。
二つ目の中華丼を温めている間に、カップの豚汁を準備してテーブルへ置く。
残りの時間で簡単に片付けでもしようと、部屋に脱ぎ捨ててあったシャツを拾い、脱衣所にあるカゴの中に突っ込んだ。
スーツのジャケットも同じようにカゴに入れ、溜まった洗濯物を選別していく。
山のように洗濯物があるが……とりあえずこのカゴの中のものは、この週末にまとめてクリーニングへ出そう。
洗濯物を選別し終わったところで、キッチンからチンって音がして、中華丼が温まったことを教えてくれる。

「ヨネさんー! 温まりましたよー!」
「ありがとうー」

部屋に戻れば飲み物まで翔平くんが準備をしていてくれて、冷たい烏龍茶がコップになみなみに注がれていた。
温まったばかりの方の中華丼を俺の前に置き、カップの豚汁の蓋も取ってくれる。
……ヤバい、またお世話されてるな。

「いただきまーす!」
「いただきます」

中華丼をガツガツと頬張り、豚汁で流し込む。
冷えた体がじーんと温まる感じがして、デスマーチ明けの中華丼と豚汁は鉄板になりそうだった。

「ヨネさん」
「んー?」
「ヨネさんは恋をしてるんですか?」
「それ、翔平くんも知ってたの?」
「かえるくんに聞きました」
「みんなして冷やかすけどさぁ、俺に恋ってのは難しいよ」

シンディちゃんがうっかりかえるくんに言ってしまったみたいだが、もうはぐらかすのもお手の物。
まややとまおちゃんがめっちゃ聞いてきたからね。

「仕事が忙しいからですか?」
「いや、そうではないけど」
「じゃあ、なんで難しいんですか?」

あぁ、仕事が忙しいからと、言っておけばよかったな。

「あのね、前にも言った気がするけど、俺は風俗のお姉ちゃんたちがいれば満足だから、恋人とセフレとかは要らないの」
「でもそれ、難しいっていうやつの理由じゃないですよね?」
「別に良くない?」

翔平くんは真剣な顔をしてこちらを見ていたが、何も聞くなと言われているのを察したのか、静かになった。
黙々と中華丼を食べ、豚汁を啜っている。
俺もそれに倣い、黙々と中華丼と豚汁を啜った。
んー……沈黙が重いったらないな……。
いや、俺のせいなんだけども。
こんなことならテレビでもつければよかったかな。
リモコンはどこだ……しばらくテレビすら見てないから何がどこにあるのかわからないぞ……。

「ごちそうさま」
「早いね」
「ヨネさんはゆっくり食べててください」

翔平くんは空になった容器を片付け、ついでに俺の荒れた部屋のゴミも片付け始めた。
これはまたシンディちゃんとみかちゃんにゴミを見るかのような目で見られるやつだ……。

「翔平くん、部屋の片付けはいいよ」
「ついでだから」
「いや、でも」
「なんでですか? 彼女が片付けてくれるからですか?」
「そういうんじゃ」

そこまで言ったところで突然翔平くんがテレビをつけ、びっくりするほどの大音量にした。

「ちょっ、翔平く」
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん!」
「翔平くん!?」
「ヨネざんのクソ野郎ー!」
「え!?」

とりあえず近所迷惑にも程がある音量で流れるテレビを消し、その音量に負けない程の声で泣く翔平くんをなだめにかかる。
なんだ、突然どうしたんだ。
クソ野郎って言われたけど、俺何もしてないでしょうよ……!

「なに、なんなの突然」
「ヨネさんが恋なんかしてるから!」
「いや、だから」
「僕がどんだけヨネさんを好きだと思ってるんですか!」
「う゛っ……!」

俺の胸にあまりにも勢いよく翔平くんが飛び込んできた。
息が止まるかと思った。

「ヨネさんが女の子大好きなのも、僕が男なのも、ちゃんとわかってるけど、失恋する覚悟なんかこれっぽっちもできてないんです!」
「う、うん」
「ミニスカート履いたら興奮するんじゃないかとか、偽乳に興奮しないかとか、パンチラしたら興奮するんじゃないかとか、もう一回ちんこしゃぶったら勃つんじゃないかとか、朝勃ちついでならとかワンチャンとか考えるんですよ!」
「いや、性欲に直球だな」
「女の子みたいに可愛く喘いだら、男でもいいかもとか思って落ちるかもって思ってるんです!」
「君、猪みたいに喘ぐじゃない……」
「練習しました!」

全く、何をしてるんだ……。
そんなことばっかりして、また乳首が大きくなったらどうするんだ。

「また笑ってる!」
「いや、違うよ」

制服なんか着てくるから、翔平くんはもう俺のことを好きじゃないんだと思った。
ホッとするよりも先に、ショックを受けた。
失恋するのはこうも辛いのかと思ったのだ。

「翔平くんは、まだ俺のことを好きだったんだな」
「嫌いにさせてくれなかったヨネさんが悪いんですよ!」
「そう?」
「そうです!」

俺は、翔平くんに優しかっただろうか。
いや、そんなことはなかった。
翔平くんが、諦めが悪かったんだ。

「俺も翔平くんが好きだよ」
「う゛、う゛ーっ! 恋じゃないくせに、またそうやって、僕をぬか喜びさせて」
「いやいや、俺は翔平くんに恋をしているんだよ」
「……ほ、本当に?」
「今日、ミニスカートで来なかったら、もう俺のことは好きじゃないんだって、俺だって悲しかったよ」

翔平くんは、鼻水まで垂らしながら、ぼろぼろと涙を零し、ブサイクな顔で泣いていた。

「でも俺は、やっぱり恋人ってのはいらないや」

あぁ、そんなに泣かないでくれ。
どれだけ泣かれても、俺は翔平くんを幸せにできそうにないんだ。
そんな責任は負える気がしないんだ。

「付き合うとか、セフレになるとか、そういうことをすると責任が伴うでしょ。一人じゃないから、相手のことを考えないといけないじゃない。結婚とかいい例でしょ。相手の親とか子供とか、責任が重すぎるでしょ。俺にはどうしてもその責任が負えないんだよ」
「なに、それ」
「俺はね、不誠実なわけよ。まともに人と向き合うこともしないし、事勿れ主義だから誰の味方もしないし、なんとなくで生きてんの。だから、他人の人生と自分の人生を隣り合わせにして、一緒に生きていくどころか、一緒に過ごすこともしたくない」

翔平くんがぼろぼろと泣き、また俺の胸に飛び込んできた。
俺の背中に腕を回して、ギリギリと締め付けてくる。
俺のシャツはぐっしょり濡れているのに、シャツは冷たいどころか、翔平くんの止まらない涙のせいで温かい。
全く、男を見る目がないね。
好きだと言いながら、抱きしめ返してもやらない男なんて、好きになるもんじゃないよ。

「責任がとか重いとか、そういうのは付き合ったことがある人が言うもので、ヨネさんは、そんなことしたことないじゃないですか」
「まぁ、概ねないかな」
「僕と付き合った時の責任なんて、僕を幸せにするぐらいのもんなんです!」
「だから、それが難しいんだよ」

ギリギリと俺を抱きしめる腕の力が強くなる。

「結婚がとか相手の親がとか子供がとかそんなの些細なことに思えるぐらい、僕がヨネさんを幸せにしてみせます! だからヨネさんは精一杯の愛で、僕を幸せにしてください!」
「……じゃあ、俺は何をしたらいいっていうの?」
「ぎゅってしてください! それだけで僕は幸せでいっぱいなんです!」

眉尻をこれでもかと下げ、ぼろぼろと涙を零し、涎を垂らして、鼻水なんか俺のシャツと翔平くんの鼻で糸を引いている。
俺よりも七歳も年下なのに、これが生涯最後の恋だとでも言いたそうな顔をして。
あぁ、翔平くんは、本当に必死で、恋をしてるんだな。

「ははっ、思ったより、翔平くんを幸せにするのは簡単なんだな」

必死な顔で俺を見る翔平くんを、今度は俺が自分の胸に収めた。
人はそんなに簡単に変わるとは思えないし、俺の行動が事勿れ主義の成れの果てだと思わないこともない。
でも、久しぶりに恋をしたし、こんな俺に必死で恋をしている人がいるんだから、少なくともこれをきっかけにしてみようと思えたのだ。

「お゛あ゛あ゛ぁ!」
「幸せでいっぱいになるとか言いながら、ゴジラみたいに泣くじゃん」
「失礼い゛ぃ!」

翔平くんを俺から引き剥がし、涙と涎と鼻水まみれの顔をティッシュで拭いてやる。
なんかもう、泣きすぎて首まで真っ赤だな。

「フッ……寝顔も喘ぎ声もブサイクなのに、泣いた顔までブサイクは、俺に笑われるよ」
「彼氏になったなら、そういうところも可愛いって言うもんです!」
「ハハッ、それは難しいな」

まっちゃん、俺、デキ婚はしなそうだわ。

***

『あのね、みんなに謝らないといけないことがあるの』
『え? まおちゃんどうしたの?』
『んー、許す!』
『かえるくん、早いな』

いつものメンバーでぐだぐだしていると、まおちゃんが突然切り出してきた。

『実は、このアカウント、弟と共有してて』
『そうだったの?』
『へー』
『それで、みんなと喋ってたの、弟の時もあって』
『『『それは全然わからなかった!』』』
『顔も似てるんだけど、声も似てるんだよね』

驚くのもわかる。
俺も翔平くんに会ってなかったら、未だにわからなかった気がする。

『ってか、ヨネくん驚いてなくない?』
『確かに』
「俺、知ってたってか、知ったっていうか」
『大晦日の日に、うちの弟がヨネさんに会いに行って、それから結構お世話になってるんだよね』
「そうなの」
『ヨネ、お前、言えよー!』
『え゛ー! ヨネさんちょっとー!』
『マジかよー! もー! 私もまおちゃんの弟に会いたいよー!』
「いたいけな高校生だから、まややはちょっと」
『どういうことなの?』

隣にいる翔平くんにマイクを向けると、嬉しそうな顔をしていた。
……いつものメンバー揃ってるし、喋りたかったんだな。

「こんばんは!」
『……え?』
『え、まおちゃん?』
『いや、でもヨネにマイクのマーク付いてたぞ』
「まおの、弟の方です!」
「その自己紹介笑うわ」
『『『いや、混乱する!』』』
『似てるでしょー?』
「似てますかー?」
『似てる! わかんない!』
『見分けられない!』
『え、ってか、弟くんはヨネの家にいるの?』
「お泊まりです!」
「違いますー。帰れって言っても帰らないんですー」

いや、本当に、帰らないのだ。
翔平くんは春休み中のほとんどを俺の家で過ごしていると言っても過言ではない。
いい加減にしなさいと怒ってはみたものの、そんなのは二日と経たずに忘れられた。

『ヨネさんの部屋とか、猥褻物しかなさそうなのに、高校生入れていいんですか?』
『ヨネの隣にいるってだけで、もう不安だもんな』
『弟くん、危ないよ。隣にいるのは近年稀に見る変態なんだよ』
「みんなひどくない?」
『大丈夫ですよー。だってヨネさん、うちの弟の彼氏ですもん』

まおちゃん、普通に言ったな……。
やべー……みんな黙っちゃったわ。
ホモ無理とか言ってこの楽しいパーティー解散したらどうしよう。
今日、新しいプレイ動画撮ろうと思ってたのに。

『ヨネ、お前……高校生に手を出したのか……?』
『信じらんねー! いたいけな高校生の側にいちゃいけないのヨネくんじゃん!』
『まおちゃんに似てるからって、男もイケるヨネさんすげえなぁもう! 穴さえあればなんでもアリじゃん! 尊敬する!』
「いや、なんでみんな俺が手を出したと思ってるんだ」
『『『お正月姫初めって言ってた』』』

どんだけ俺の下半身に信用がないんだよ。
確かに下心を覗かせてたけども。

「あのね、いくら俺でも多少のモラルがあるから、高校生に手は出しませんー」
『本当ですかー?』
「本当、本当」
「本当に出してくれないんですよ! 未だにちゅーもしてくれないんです! ひどい!」
「やめなさいよ。赤裸々に言うんじゃないよ。恥ずかしいでしょ」
『はあ゛あ゛あ! まおちゃんが言ってるみたいで混乱する!』
『まおちゃんがヨネに甘えてるみたいに見える! 地獄……!』
『高校生可愛い! ちゅーだって!』
『まややもやべぇな……』
『怖いです』
「おばさん怖いわ」
『誰がおばさんだ』
『まややさん、うちの弟、そんな可愛くないですよ』
「姉ちゃんだってナナシさんとかえるくんが思ってるほど可愛いくないですよ。家だと普通に私って言ってますよ。僕っ子はキャラですよ」
『そうなの!?』
『キャラだったんだ……』
『お前、帰ってきたら話あるから』
「やだー。お姉ちゃんこわーい」
『ははっ! まおちゃんもお姉ちゃんだね! 私も弟にそんな感じ!』
『弟って、生意気で嫌になりますよねー』

ドン引きされるかと思っていたが、誰一人否定してくることもなくて、みんなの優しさが身に染みた。
にこにこしてる翔平くんを見る限り、まおちゃんが今日この話をするのをわかってたな……。
受け入れてくれたから良かったけど、こうなると思ったから言ったのかもしれないけど、俺の肝はめっちゃ冷えたわ。
一通りおしゃべりをしたところで、俺のノートパソコンから翔平くんがログインした。
自分のアカウントが欲しいって言うから、買ったものの、あまり使っていないノートパソコンをあげたのだ。
まおちゃんのアカウントから戦斧だけ引き継いできただけだから、キャラクターのレベルは低めだけど。
でもまぁ、俺らが高いからなんとかなるだろう。

『これからはうちの弟もよろしくお願いしますね』
『オッケー』
『大歓迎!』
『メンバー増えたから、レイドも参加できそうじゃない?』
『お、いいね』
「じゃあ今日はレイド行く?」
『レイドで実況も楽しそう!』
『弟君はどう? いけそう?』
「大丈夫です! 死にそうになったらヨネさんと交代します!」
『名案!』
「いや、名案じゃないでしょ。突然のキャラチェンジとレベルダウン対応できないわ」
『大丈夫、大丈夫! ヨネさんなら余裕ですよ!』
『なんとかなる!』
『弟のバックアップは頼みました!』
『彼氏なんだから、いいところ見せろよー』
「ナナシさん、めっちゃ冷やかすじゃん」

ナナシさんの言葉に、翔平くんは満更でもない顔をして俺を見ていた。
幸せいっぱいってか、この野郎。
ここ数日、にやけっぱなしの翔平くんの口元に、初めて俺の唇を重ねてやった。

「っ、は! うわー! わー! ヨネさんがちゅーしてくれた……! 初めて! ちゅーしてくれた!」
『『『『なにイチャイチャしてんだ』』』』
「はーい、寂しい独り身ライフの皆さーん、配信繋げますよー」

恋人がいないやつは、余裕がなくて困るね。



※無断転載、二次配布厳禁
この小説の著作権は高橋にあり、著作権放棄をしておりません。
キリリク作品のみ、キリリク獲得者様の持ち帰りを許可しております。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -