この恋だけは勘弁してくれ

ヨネさんと連絡が取れなくなった。
いや、正確には連絡は取れるけれど、一緒に遊んでもらえることがなくなったのだ。
何度か連絡してみたけれど、仕事が忙しいから難しいって言われて、社会人だからそんなものだと納得もした。
でもブログは更新されるし、ゲームもログインはしてる。
たまに夜通し狩りもしている。
…………姉ちゃんに聞く限り、週三風俗もやめてないらしいし。
だから、なんとなく、避けられてるんだろうなって思った。

「うーん。最後に会った時にはいい雰囲気だったと思うんだけど」

徹底的に避けられてるって感じはしなかったし、スポブラ弾いてきたし。
おっぱいは天然物に限るってのは本当だったと思ったのに。
料理も洗濯もできないから、掃除だけでもと思っただけではあったけど、ヨネさんめっちゃ喜んでたし。

「なんでかなー」

姉ちゃんがいないので、僕がゲームにログインをする。
ちょうどかえるくんとまややさんがログインしていた。
すぐにチャットが入り、ボイスチャットに切り替える。
姉のふりを率先してするわけではないけど、姉と声まで似ていて良かったと思う。

『まおちゃんこんばんはー』
『まおちゃーん! 聞いてよ! かえるくんったら信じられないの!』
「えー? 何かしたんですかー?」
『かえるくんったらね!』
『ちょっ、待っ』
『ヨネくんおすすめの風俗行ったっていうの!』
『ぎゃー!』

ヨネさんおすすめっていうと、ソープかおっパブかな?
引くほど通ってるもんな……。

『ヨネくんと穴兄弟よ! 最低!』
「えっ、相手まで同じ人にしたんですか?」
『だってシンディちゃん可愛いかったんですよー。ギャル系のあたまゆるふわ系。アレはハマるやつです。ってか、穴には突っ込んでませんよ。ソープなんで』
『いや、それでも、いくら可愛くても相手まで同じにするとか信じらんない』
『もー。まややさん潔癖だなー。もし俺がまややさんとそーゆーことしたら、まややさんの元彼と俺も穴兄弟ですよ』
『ぎゃー!』
「ブフッ」
『お、まおちゃん笑いましたね?』

確かにそうだと思ったら、つい笑ってしまった。
姉ちゃんがどう思うかは知らないが、僕は確かにこの世には穴兄弟多いと思ったのだ。

『まぁ、でも、ヨネさんとシンディちゃんめっちゃ仲良いらしくて、ずっとヨネさんの話ししてましたけどねー』
「通い詰めてるらしいですよ」
『うん、通い詰めてそう』

シンディちゃんってのは、お気に入りのソープ嬢だったはずだ。
わざわざ予約を入れて月曜日から楽しむぐらいにはヨネさんのお気に入りだ。
月末のデスマーチの時以外は毎週のように通っているし、この間姉ちゃんがゲームをやってた時に聞いた風俗も絶対そこだ。
見たことはないし、見る勇気もないけど、ヨネさんドストライクの女の子であることには間違いない。

『まややさんだって、イケメンマッチョなデリヘルいたら絶対常連になるじゃないですか』
『それはそれ、これはこれ』
「否定しないんですね」
『マッチョは癒しだからね! どお? オーディンの新作の鎧! 純白も似合うでしょ』
「ははっ」
『そんなこというなら俺のアーチャーの新作、妖精の衣装を見せましょう!』
『え! かえるくんが課金してる!』
「本当だ!」

かえるくん、ずっと無課金だったのに、ついに課金したのか!
ピンクとグリーンにクリーム色が混ざった衣装は可愛くて、何よりも鎧の時よりおっぱいの揺れ方がダイレクトに見える。

『ソープ行って、気が大きくなって、勢いで課金しちゃいました……』
「凹んでる……」
『まおちゃん……慰めてください……今日はパンチラ多めの配信でお願いします……』
「嫌ですよ」
『そんな……!』
『かえるくん最低だな!』
『ヨネさんに許されるセクハラが俺だと微塵も許されない……!』

ヨネさんのセクハラは別次元っていうか、ふざけてんだろうなって思うんだけど……かえるくんのはガチだったな……。
無課金じゃなくなったの、悔しいんだな……。
どのイベントでも課金してなかったもんな。

『誰も慰めてくれないし、俺の評価ただ下がりなんで、ダンジョン行きましょう! アーチャーでワーウルフ一掃して見せますよ!』
『お? 私のオーディンに勝つつもりか?』
「僕は戦斧にします!」
『まおちゃん戦斧使えたっけ?』
「ヨネさんに教えてもらって、今特訓中です! 素材も一緒に集めてもらいました!」
『ヨネくんそーゆーとこあるよねー』
『ハァ……! ヨネさんが抜け駆けしてる……!』

かえるくんが何か叫んでいたが、まややさんにうるさいと一蹴されていた。
面白いったらない。
かえるくんとまややさんだけだと、いつもわちゃわちゃしてていい雰囲気なんだよな。
ナナシさんがいるとナナシさんに面白さを全部持っていかれるからな。

『あ、そういえばシンディちゃんが面白いこと言ってましたよ』
『え? なになに?』
『ヨネさんは恋をしてるんですって』
『えー? ヨネくんがー?』
「ほ、本当なんですか?」
『どうでしょうね。特に気にならなかったから詳しく聞いてないです』
『聞いてよ! 気になるよ!』
「僕も気になる!」
『えー? ヨネさんに聞いたらよくないですか? 別に興味ないですよー。そんな話してたら俺がシンディちゃんと遊ぶ時間がなくなるじゃないですか』

ヨ、ヨネさんが、恋だと……?
死にそうな顔になるまで働いてたのに、そんな余裕がどこに?
もしかしてそのシンディちゃんとやらが?
もしかして、あの家に来たり泊まったりしてるのか?
通い妻のように来ては、ヨネさんの部屋を掃除したり、ご飯を作ったりしてるのか?
もしかして、もしかしなくても、あの家のベッドでそーゆーことをしたりしたのか?
あの、僕が、ヨネさんと寝たベッドで?

『もしかしたら、このパーティーで一番最初に彼女ができたって報告してくるの、ヨネさんかもしれませんよ』

嫌だ、待って、冗談じゃない。

「ヨネさんに恋人とか……」
『もしかしたらですよー。ヨネさん、背も高いし、顔良いし、趣味さえバレなければいい男ですしね』
『え゛ー。私婚活しようかなー。ヨネくんよりは先に彼氏欲しいなー』
『まややさんは細マッチョぐらいで妥協するところからですよ』
『うるさいわ』

全然戦斧を上手く使えなくて、かえるくんとまややさんに迷惑をかけた。

***

ヨネさんに連絡するのが怖くなった。
遠くから好きだと思っていて、失恋するのとはもうわけが違う。

「翔平ー、ヨネさんいるけどゲーム変わるー?」
「いや、いいやー」
「……ヨネさんが恋してるっての、ソープ嬢が言ってただけでしょ? 気にしすぎじゃん?」
「気にしてない」
「嘘ばっかりー。最近遊んでももらえないから拗ねてんでしょ」
「ヨネさんは仕事が忙しいの!」
「そうかもしんないけどさー」
「もうすぐテストだから、勉強したいだけ!」

そう言って姉を部屋から追い出し、ベッドの中に潜り込んだ。
最近はラインの返信すらないことは姉ちゃんには言ってない。
言えなかった。
既読こそつくけれど、それも数日してからだ。
思い出したかのように開かれて、それから連絡はちっともこない。
楽しかった時を思い出すために、過去のラインを遡って、一人で笑うためのトークルームになってしまった。
会いたいですって送りたくても、そんなことをしたら今度こそブロックされるかもしれない。
メッセージを送っても既読にならなくて、惨めに忙しいだけだと慰める毎日になるかもしれない。

「そんなの、悲しくてどうにかなる」

最初の頃は、好きだって気持ちが膨れ上がりすぎて、それなのに受け入れてもらえない悲しさとかで情緒不安定だった。
僕がちんこを咥えた時なんか、全然反応してもらえなくて、それどころか顔に嫌悪が滲み出てて、肝が潰されるような思いだった。
でも、そんなことをしてしまうほど、好きだと思ったのも初めてだった。
若気の至りだと笑えるほど歳もとってない。
七歳も年上の、大人の男の人だ。
うまいことあしらわれて、手のひらで転がされていても、ちょっとだけ側にいれるだけでテンションが爆上がりするほど好きだったのだ。
最初はゲームの攻略ブログで知って、その人が攻略とは別に本気でAVレビューしてて、実況動画を見た時にはゲームの話と風俗の話でカオスになってて、面白すぎて一晩中動画を見てた。
ただ面白い人だなって思ってれば良かったのに、顔が良くて、あまりにも意外だったのを覚えている。
姉ちゃんがたまたま知り合いになって、ちょっとだけ混ぜてもらって、憧れのヨネさんとおしゃべりができた時には眠れないほど興奮した。
姉ちゃんのふりをしたのはヨネさんにちゃんと挨拶するのが恥ずかしかったからだけど、こんなことになるなら最初から弟だといえば良かったかもしれない。
……まぁ、会ってくれたかは、別の話だけど。

「ヨネさん、会いたいです」

寂しさが押し寄せてきて、あの時借りたまま、返すに返せなかったヨネさんのスウェットを手繰り寄せる。
洗濯をしたからヨネさんの匂いなんか全然しないけれど、でもヨネさんが着ていたと思えば、少しは寂しさが紛れるようだった。

「ヨネさん」

ヨネさんのスウェットを抱き、楽しかった数週間前のことを考える。
姉ちゃんの部屋からは笑い声が聞こえ、今日も楽しくゲームをしているのだろう。
今度、新しいフィールドのダンジョン探索を実況するって言ってたから、その動画を楽しみにしよう。
忙しいのが落ち着いたら、きっとまた会ってくれる。
社会人だから、きっと忙しいんだ。

「とりあえず、テスト勉強かな……」

赤点取ったらお泊まりとかさせてもらえないし、お小遣いも減らされちゃうし。
久々に会えたらお泊まりをして、ちょっと夜更かししながら、二人でバイオやりたいな。
せっかく買ってくれたのに、全然やれてないし。

「どうか、僕に恋をしてください」

叶わないとわかっていても、願わずにはいられない。

***

テスト期間も終わり、ヨネさんとまともに連絡が取れなくなってから一ヶ月が過ぎた。
もはや実況動画とブログでヨネさんの今を垣間見る程度になってしまった。
今は毎月あるデスマーチの前らしく、帰宅する時間は深夜が近い。
……まぁ、風俗も行ってるからその時間なのかもしれないけれど。
最近は可愛い小さな下着を履くことも無くなり、ミニスカートだってクローゼットの奥深くに仕舞われている。
かえるくんがヨネさんは恋をしてるとは言っていたけど、ヨネさんのブログからは恋人の気配は感じられない。
まぁ、元々ゲームのスクショぐらいしか写真は上がらないし、他の話なんて仕事が忙しいとか今帰ったとか牛丼食べたいぐらいしか上がらないんだけども。
それでもホッとしているのは事実だ。

「中華丼買って行ったら、喜んでくれるかな」

でも連絡してから行ったらダメって言われそう。
勝手に行ったって、帰ってこないかもしれない。
それに、あの家に彼女がいたら、僕は立ち直れない。

「せめて、僕が嫌いになってから距離を置いてくれたら良かったのに」

中途半端に優しくするなんて、大人なのに、無責任だ。
高校生のゲイなんて、優しい大人に夢を見ちゃうんだよ。
全然ちんこ勃起してくんなくても、次ならもしかしてとか思っちゃうんだ。

「僕は偽物の女の子にしかなれないのに」

おっぱいとまんこが付いてる女の子が羨ましい。
クリがあればヨネさんが好きなセックスができたのに。
僕にはクリもまんこもないのに、余計なものがついてる。

「会いたい」

もう声を聞くだけじゃ我慢ができないし、文字から日常を知ることだけじゃ満足できない。
情緒不安定だとか女々しいとか言われても、ヨネさんが好きだ。

***

翔平くんとまともに連絡を取らなくなって一ヶ月と少し経った。
もう翔平くんから連絡が来ることもなくなった。
気が付けば随分と寒さは和らぎ、すぐそこまで春が来ている。
もうすぐ、俺も一番下っ端じゃなくなるのかと思うと感慨深いものがあるな。

「とりあえず、峠は越えたな……」

年度末の忙しさを初めて経験したが、大晦日なんて目ではなかった。
いつもより早めのデスマーチが始まったかと思えば、四月から入る新卒と中途の入社準備まで重なり、地獄のようだった。
土日を潰してようやく仕事が終わった時には次の土日が来ていた。
この一週間、家に帰れたのはたったの二日。
今の俺からは死臭がしている気がしてならない。

「来週も忙しいんだろうな……」

終電にこそならなかったが、夜の九時は普通に過ぎてしまった。
上司が今日締め切りのものが全て終わった瞬間、残りは月曜日だと声をかけなければ、終電になっていたかもしれない。
なんなら今日はとりあえず無理矢理にでも帰ろうという、上司の計らいで得られたこの時間の帰宅である。

「腹減った……」

何か食べるものを買って帰ろうと思っていたはずなのに、疲れた頭ではそんなことを覚えていられなかったようで、駅からまっすぐマンションまできてしまった。
ちょっと歩けばコンビニはあるが、家を目の前にすると寝たい以外のことは後に回ってしまう。

「明日起きたらなんか買いに行こう。親子丼……いや、やっぱ中華丼と豚汁かなー」

独り言を言いながら帰ってきたのに、自分の部屋付近に人影があって死ぬほどびっくりした。
ヤバイ……結構大きな声で喋ってた……恥ずかしい奴じゃん……。
お隣さんだったらどうしよう。

「あ、おかえりなさい! 中華丼と豚汁買ってきたんで、部屋に入れてください」
「……なに、なんで」

久しぶりに見る、翔平くんが俺を見ていた。

「連絡してから来ようと思ったんですけど、会ってもらえないと思ったんです」

あぁ、なんで、会いに来たんだ。
なんで、ブレザーの制服なんか着てるんだ。
どうして、今日は、ミニスカートじゃないんだ。



※無断転載、二次配布厳禁
この小説の著作権は高橋にあり、著作権放棄をしておりません。
キリリク作品のみ、キリリク獲得者様の持ち帰りを許可しております。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -