ショッピングモール

子供が感じる時間流れと大人の感じる時間の流れは違う。
ひどくゆっくりと時間が経っているような気がして、まだまだ仁くんを知るには時間が必要だと思っていた。

「おじさん!今日ね、身体測定があって、身長が4センチ伸びてた!」
「ジーザス・・・!」
「おじさん?!」
「俺は仁くんのことが大好きだけど、背は低くてもいいなんて夢を見てたのに・・・!」
「嫌だよ!僕だっておじさんぐらいの身長になりたい!遺伝子的には可能性がある!」

あとどれぐらいだろうかと背伸びをする仁くんはだいたい俺の胸元ぐらい。
きっと俺よりは大きくなれない気がするけれど、きっとこれからがっしりと筋肉とかがついて大きくなるんだ。

「子供の成長ってやつは、嬉しさと悲しさが入り混じりるね・・・」
「なんか深いこと言ってるけど、背が伸びたぐらいで大げさだと思う」

いやいやいや、世の中の親ってやつは結構これに悩んでると俺は思うんだよ。
・・・理由は違えども。

「そういえば体重は?増えてた?」
「体重はそんなに?」
「もー!ちゃんとご飯食べないから!」
「えぇー・・・食べてるよー」
「マナちゃんと同じぐらいでしょ!」

仁くんは本当ならもっとたくさん食べてもいい時期なのに、たくさんご飯をよそっても子供茶碗分ぐらいしか食べない。
遠慮してそうなのかと思っていたが、ここ最近それが遠慮ではなく、本当にそのぐらいしか食べられないんだとわかった。
食が細いことを咎めることはあまりしたくないが、成長期が来たのなら話は別だ。

「おじさんは仁くんの歳の頃には、仁くんの軽く2倍は食べてたね」
「嘘!」
「本当ですー!今なんか前よりも食が細くなったぐらいなんですー!」
「えぇー」
「というわけで今夜は豚丼です!仁くん、豚丼好きだから、たくさん食べれるでしょ?」

笑って言うと少し恥ずかしそうにし、頷くことで豚丼が好きだと肯定する。
仁くんは牛丼よりもさっぱりとした豚丼の方が好きなのだ。
それにキムチをのせるとさらに喜ぶところが、飲兵衛の姉に似たんだと思う。
仁くんの背を押しながらリビングへ入る。
綺麗に整えられたリビングを見て、仁くんが帰宅してから片付けをしたことがわかった。

「今日も掃除してくれたの?ありがとう」
「お風呂はまだためてないけど、お風呂掃除はしたよ」
「お風呂掃除もありがとう。お湯ためてくるから、仁くん先に入っちゃってね」
「うん」
「あ、宿題は?」
「終わった」
「さ、さすがだ・・・」

仁くんは明日の準備をすると言ってカラーボックスの前にしゃがみ込んだ。
俺はその間に風呂に湯をために行き、仁くんが使うバスタオルとタオルを出す。
備え付けの棚で、仁くんにはまだ届かない位置にあるその棚を見て、もしかしたら割とすぐにその棚に仁くんの手が届くようになるのかもしれないと思った。
そうなったら俺の楽しみの一つである、お風呂の準備をしてあげるっていうこともしなくなるのだろうか。
そんなの絶望するほど悲しいだろ。

「おじさん?」
「え?」
「僕、お風呂に入りたいんだけど」
「あ、ごめんね。ハイ、タオル」
「うん」

あっという間に、子供は大きくなる、か。

「仁くん、おじさんと一緒にお風呂」
「嫌だよ!早く出てって!」
「えっちょっ、あ!」

仁くんに脱衣所から蹴り出され、ドアも勢いよく閉められた。
鍵がかからない脱衣所のドアに手を伸ばし、意を決して開けようとしたその時。

「開けたら、おじさんとご飯食べないから」

子供はすぐに大きくなるもんだった。
気がついたらもう思春期迎えてた。
甥っ子と一緒にお風呂イベントはもう過ぎ去っていた。

「悲しい!おじさん悲しいよ!」
「豚丼作ってて!」

このあと歯を食いしばりながら米を研いだ。

***

子供の成長が早いと実感し、これはもう甥っ子とお出かけイベントは早めにやらないと一生ないのではないのかと思い、週末に焦って外出に誘った。
行き先は近所のショッピングモールだ。
駅から直結で行きやすいし、やっぱりなんでも揃っているっていうのはありがたい。

「何買うの?」
「仁くんのパジャマ」
「えーいらないよ」
「いるんだよ!」

子供の成長は早いのだ。
パジャマなんて着なくなる未来もすぐそこに迫っているのだ。
ただでさえ今寝るときにパジャマ代わりに前の学校の体操服なんて着ているのに。
それはそれでイイなって思ったから特に何も言わなかったけれど、パジャマもやっぱり見ておきたい。
こっそり作っている仁くんアルバムにパジャマ姿も入れておきたい。
そもそもこのアルバムは姉が作っていたものを引き継いで作っていて、いつか時期が来たら仁くんにも見せてあげようと思っている。
生まれた時から今までの記録だ。

「仁くん!仮面ライダーのパジャマとかあるよ!」
「絶対嫌だけど」
「愁くんなら喜ぶのに・・・!」
「いや、なんか、黒とか紺とか汚れにくい色のジャージがいい」
「もう黒とかいう歳に・・・」

もっとこう、青とか黄色とか緑とか、パステルな感じの色とか着てくれてもいいのに。
汚れにくい黒がいいだなんて、おじさんめげない。

「ねぇ、おじさん。子供服のコーナーは離れようよ」
「え?服のサイズ160でしょ?」
「Sサイズ!Sサイズなの!」
「えー!メンズのSサイズは早いよ!」
「160は嫌だー!洋に馬鹿にされるから嫌だー!」
「本音はそれだな?!」

俺の腕を引っ張る仁くんは今までにないほど必死になっている。
思春期を迎えているのは事実のようで、やっぱり少しだけ寂しい。
でもこうやって何か買ってもらうことが嫌だっていうんじゃなくて、これが嫌っていう意見は嬉しいものだ。
何をするにも遠慮していたのに、少しは遠慮がなくなったのかもしれない。

「よし、わかった!メンズのSサイズにするからパジャマね!」
「ジャージ!」
「ジャージにするなら160です」
「う゛」
「おじさんはパジャマを着た仁くんがいいんです」
「う、うわぁ・・・」

ドン引きされたけど、もうこの顔にも慣れたもんだぜ!

「さっ!パジャマ買おうね!」
「ううんんん」
「嫌そう!」
「ジャージでいいのに・・・」

項垂れる仁くんの手を引き、パジャマコーナーを見る。
大人向けのデザインだから可愛いものはほとんどなくて、俺が求めている感じのパジャマはチェック柄が無難なところだった。
仁くんはめげずにスウェットみたいなパジャマを持ってくるがそれらはすべて却下だ。
薄い生地の、秋口まで着れるように長袖のパジャマが欲しいのだ。
だから間違っても仁くんが持ってくる田舎のヤンキーが着てそうなスウェットはダメなのだ。
センスが母親譲りすぎておじさんはびっくりしてるよ。

「これは?!ほら、犬がいるよ!可愛い!」
「その犬は牙を剥いてるじゃない!目が覚めたときにそれ見たらびっくりするでしょ、おじさんが!」
「うぐぐ」
「これは?!緑と赤のチェックだよ!」
「クリスマスみたいでやだ」
「確かに・・・!」

思春期の服のセンスって難しい。
ついこの間、水着を買ったときにはあんなにすんなりといったのに、パジャマの意見が全く合わない。
仁くんが鬼みたいなのが描いてあるスウェットを持っているのを見て、急いで黒か紺のパジャマを探し始める。
あんな、あんな、ピンク色の鬼みたいなのが描いてある変なパジャマを着せるわけにはいかないのだ。

「おじさんこれ!」
「仁くんこれ!」

パッと仁くんに見せたパジャマは紺色で、白いストライプに目立たないぐらいの星が混ざった柄のものだった。
襟元の白いラインが少しだけおしゃれで、少しだけ可愛らしい。

「ほら!紺色だしストライプだよ!」
「う、うーん」
「大人っぽいデザインだよ」

大人っぽいデザインだと言われて仁くんは少しだけ目を輝かせた。
まだ小学校あがりたての中学生だと思っていたのに、背伸びをしたい年頃になっていた。

「じゃあそれにする」
「ッシ!」
「おじさんはパジャマ買わないの?」
「おじさんはパンツを買おうと思ってるよ。ついでだし、仁くんのも買おうか」
「Sサイズね!」
「仁くん、わかってきたね・・・」

俺が子供コーナーに行かないためになのか、仁くんは俺の手を引き大人向けのパンツコーナーに一直線だ。
俺的には全然仮面ライダーのパンツとかアリなのに、いつかコスプレでも構わないから着て欲しいとさえ思っているのに。
まだ背が伸びきらない今しかチャンスはないのに。

「自分がもうダメなラインにきているってわかっているのに、着て欲しい・・・!」
「おじさん、そのパンツはダサいよ」
「え?!ダサい?!チキンラーメン可愛くない?!」
「・・・たまに洋がスパイダーマンとか履いてるけど、チキンラーメンはないかな」

チキンラーメンの柄とか可愛いって思ったのに・・・最近の子にダメ出しされると買う気にはならないな。
だからって幾何学模様は嫌だし、バンダナ履いてるみたいなのも嫌だからな。
そうなるともう無地のシンプルなものしか残らなくて、仕方ないと思いながら無地のシンプルなパンツを手に取る。
仁くんも気に入ったものを幾つか取り、変なキャラクターがのったパンツは俺が元のところに戻した。

「虎可愛いかったのに・・・」
「牙剥いてたからだめ!」
「おじさんのセンスよりは僕の方が」
「いや、おじさんのセンス、ナオくんとリュウくんに大人気だから」
「・・・笑われてるだけじゃ?」

そんなに純粋な瞳で俺のことを見ないで欲しい。

***

おじさんとショッピングモールで買い物をし、下の階で1週間分の食品も買った。
僕がたくさん食べられるようにと来週は僕の好きなものばっかりにするそうだ。

「たくさん買っちゃったね!」
「いつもより多いね」
「たくさん買ったから、たくさん食べるように!」

重くなってしまった荷物をおじさんと手分けして持ち、駅に向かって歩いていく。
控えめに言って、楽しい休日だった。
もう休みが終わるのかって残念になるぐらいに楽しかった。

「カレーと、ハンバーグでしょ。ちゃんぽん麺も買ったし、回鍋肉用の豚肉も買ったし、鮭も買った。あ、サラダ油忘れちゃった」
「それぐらいだったら、明日僕が学校帰りに買いに行くよ」
「いや、もう空っぽだったんだよね。仁くんそこで座って待ってて。俺すぐ買ってくるから」
「うん」

エスカレーターを上ったところにあるベンチに座り、おじさんから荷物を預かる。
おじさんはカバンだけ持ってエスカレーターを降りて行った。
その姿を見送り、最近色々な人から連絡が来るようになった携帯を開く。
主におじさんから電話とかメールがくるだけの携帯ではあるが、最近は洋とかダイくんからもメールが来る。
ダイくんは携帯を持っていないから、主にカズくんの携帯で連絡をしてくるけど。

「え、仁?」
「えっ」

目の前から声がし、自分の名前を呼ばれて顔を上げる。
目の前には背が高い、おじさんと同じ歳ぐらいの男の人がいた。

「あー、名前、滝沢仁であってる?」
「あの、ど、どちらさまですか?」

目の前に立っていた男の人が僕の横に座り、にっこりと笑って僕を見る。
その顔に見覚えがあった。

「えっ、あの、お、お父さん?」
「お!覚えてた?!」
「ほんとに?」
「じゃなきゃ声かけないだろー」

男の人が僕の頭をわしゃわしゃと撫で回し、この懐かしさにこの人がお父さんなんだと実感する。
いつぶりにあっただろうか。
保育園に入る前か、おじいちゃんとおばあちゃんの家に行く前だろうか。
遠くて薄い記憶の中のお父さんよりも、少しだけ老けている気がする。

「お母さんからもらって仁の写真は見てたけど、本当に大きくなったなー!あんなに小さかったのに!」
「中学生だし・・・」
「もう中学生かー。学校楽しいか?」
「うん。友達も、いるし」
「お前引っ込み思案だったのに、友達できたのか」

お父さんは驚いた顔をしてみせ、また頭を撫でてくれた。
こうやって気安く話されると今まで一緒にいなかったのに、ずっと会ってないのに一緒に過ごしてきたかのように錯覚する。

「お母さんは元気か?」
「あ・・・お母さんとは、今一緒にいなくて」
「え?一緒に住んでないのか?」
「うん」
「そっかー。お母さん自由人だったもんな」
「うん」

お父さんは大変だったなって言いながら頭を撫でてくれ、思ったよりも大変ではないと言いたかったのに言葉に詰まる。
おじさんと一緒にいるのも楽しいのだと言いたいのに、溢れ出そうになる涙を堪えることで精一杯だ。

「あれ、じゃあ仁は今誰のとこにいるんだ?」
「仁くん!!」
「あ、おじさん」

おじさんは急いでエスカレーターを駆け上がってきた。
息を切らしながら走ってきて、勢いよく僕の腕を引いた。

「何の用ですか?」
「あっおじさん、あの、知らない人じゃなくて」
「あー・・・そうか。弟のとこにいたのか。ははっ、元気だったか?レンジだっけ?」
「急いでいるので、失礼します」

おじさんはその場に置いていた荷物を急いで手に取り、僕の腕を引く。
お父さんはにっこりと笑って僕の腕を引く。

「痛っ」
「仁くんっ」
「なぁ、仁。この辺に住んでんだろ?お父さんもそうなんだよ。なんかあったらお父さんに連絡しろよ」
「あっ」

お父さんは僕の携帯を取り、その携帯で自分の携帯へ電話をかけた。
お父さんの携帯と僕の携帯が鳴り、それを確かめるとお父さんは僕の携帯を僕のポケットに突っ込んだ。

「俺も一応な?息子のことは気になるんだよ」
「オイ、番号消せよ!仁くんから離れろ!」
「そんな怒んなよ、レンジ」
「仁くん、行くよ」
「あ、あの、おじさん」
「仁にはさ、もう俺はいらないかも知んないけどさ」

お父さんがそこまで言ったところでおじさんの手が僕から離れた。
おじさんはお父さんの胸ぐらを掴んでいて、いつも見せるような優しい顔はしていなかった。

「お前、いい加減にしろよ」
「オイオイ、まだ話してねーの?」
「話すことはないだろ!」
「仁も中学生なんだせ?もう自分の親のことぐらい知ってもいいだろ」
「俺の姉が母親で、お前が父親だろ。それ以外に知ることはない」

おじさんは早口で、小さな声でお父さんと話をする。
怒っているおじさんを目の前にしながらお父さんは笑っていて、それから僕の方を見た。

「仁、ごめんな」
「え?」
「やめろ!」
「仁のお父さん、本当は俺じゃなくて、レンジなんだよ」

おじさんはお父さんを殴り、それから真っ青な顔をして僕を見た。
それから放り出した荷物を手に取って僕の腕を強く引く。
おじさんは何も喋らず、僕の方も見なくなった。

「お、じさん、本当なの?ねぇ、おじさん?」

おじさんは何も答えてはくれなかった。




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