Youngster

僕は一人途方に暮れていた。

「こんな、大切な日に僕は・・・」

同性婚が認められて、すぐにでも結婚したいと言う彼に待って欲しいと言った。
理由はいろいろあった。
世間体とか収入とか、本当にいろいろ。
彼はすごく残念そうに焦らなくてもいいかと笑ったのを覚えている。
小さい新聞社で、僕以外のゲイとレズビアンが2人そろって結婚し、その2人が受け入れられているのを見て世間体はクリア。
収入に関していえば、不景気の煽りを受けて最下層の収入だが2年と5ヶ月分の給料をちまちま貯めてようやく一生に見合うだけの指輪が買えるようになった。
まぁ、何度か電気と水道は止まってしまったが、それでも指輪貯金には手を出さなかった。
こんなチキンな僕が、ありったけのお金を持ち、街になんて出るべきではなかったのだ。
きょどきょどしながら銀行の外に出てくるひょろひょろの男なんて、窃盗団からしてみればいいカモだったに違いない。

「まさか、最近噂の窃盗団に財布をまるごと持っていかれるなんて・・・」

鞄にしまうとか、堂々と歩くとか、何かしら対処法はあったはずなのだ。
それなのに僕ときたら・・・。
人が賑わいを見せる街で、ぽかりと穴が空いたかのように静かな噴水の前で僕はうなだれた。
僕の足元のパンくずを食む鳩に今後の相談をしたいぐらいだ。
待たせに待たせた恋人。
彼をこれ以上待たせるのかと思うと胃に穴が飽きそうだった。
チャリン、とコインの落ちる音に反応して前を向けば大道芸人がゆっくりと頭を下げていた。
パントマイマー、不景気な御時世に道楽なんて楽しむ人はおらず、彼の前を大多数が通り過ぎる。
風も冷たくなってきたこの季節に、そんな薄いブラウスじゃ冷えるだろうに。

「それでも彼は俺より金持ちだろうなぁ」

そんなくだらないことを考えてパントマイマーを見る。
時代に乗り遅れたピエロメイク。
凛々しい顔立ちなのに、ピエロメイクなんてもったいないとしか言いようがない。
素顔でやれば婦女子は泣いて喜びそうな顔だろうに。
それに比べて僕は顔立ちもイマイチ、きっと彼のブラウスよりも安いシャツにだっさいサスペンダーで緩くなったパンツを引き上げている。
元々削っていた食費をさらに削って、貯めたお金はどこにもないのに、ガリガリになった僕だけが残った。
彼がいつも綺麗だと眺めているシルバーのお店。
そこの一番安い、シンプル過ぎるリングがお目当てだった。
2年と5ヶ月も貯金に励んだってのに、それだけ貯めるのにすら苦労した。
ビッグスクープなんて早々取れなくて、家出猫や鳥、少々卑猥な店の広告が売り上げを占める粗末な新聞社。
そこで僕がどれだけ働こうとも雀の涙ほどの給料しかない。
残業代なんてものはないし、賞与もない。
給料はパブでアルバイトをしている彼の半分。
中々会えないし、満足にご飯なんて食べに連れて行ったこともないし、チキンだし。
愛想をつかされても仕方が無いなぁ、とへらりとした笑いが込み上げる。

「鳩になりたいな」

明日からの飯にすら困る。
そういえばキャッシュカードも身分証も財布の中だったと思い、ため息がとまらなくなった。
鞄からもう不要になったチラシを取り出す。
彼お気に入りのシルバーのお店で、気配を殺しながらもらったものだ。
何年も前のチラシで、古くてインクが薄れた紙をじっと見つめる。
今日は彼にプロポーズをして、それからこの指輪を嵌めてあげるつもりだったのに。

「13って・・・細い指だよなぁ」

ぐるぐると何度もペンで囲った13の文字。
このチラシを眺めながら毎日毎日記事を書いた。
この記事が注目されれば、君にこの指輪を買ってあげられるって。
うまくいかない事ばかりで、結局2年と5ヶ月もかかり、結局愚直なほどにこそこそと貯めるしかなかったのだけど。
くたびれた僕のどこが好きなのかといえば貴方は誰よりも優しいからと言うのだ。
優しくなんかない。
意気地なしなだけなのに。
窃盗団に立ち向かって財布を返せの一言すら言えないんだから。
暮れて行く夕日を眺めて、時折パントマイマーの動きに笑って。
ここ数年で一番情けない僕。



ため息もつき過ぎて、肺が潰れそうになった頃、パントマイマーの動きが少し早くなった。
あたりはいつの間にか真っ暗で、世間の簡素なイルミネーションで広場が照らされている。
パントマイマーの脇に収まりそうなほどの、小さな少年がパントマイマーにぶつかった。
商売の邪魔だろうと思った。
しかし何やら話をしているようで、少年が笑い、パントマイマーがため息をつく動きを見せる。
なんだ、知り合いだったのか。
パントマイマーは若く見えたが、あの少年は息子なのだろうか。
いや、歳が離れた弟かもしれない。
パントマイマーが少年の頭を撫で頬にキスをした。
それを合図にパントマイマーは店じまいをしたようだ。
拡げられたトランクケースは僅かばかりのコインが入っている。
予想通り、僕の給料を日割りにしたよりも多かった。

「僕にも、何かできたら良かったのだけれど」

特に芸の持ち合わせもなく、路上で一日立つ度胸もない。
転職は何度も考えたが、記事を書く以外に何もできない。
その前に、記事を書くための取材だってままならないのだ。
今書いている記事も、家出猫が隣町の肉屋で飼われていたという、面白くもなんとも無い記事だ。
有名な女優の交際ゴシップなんて取れれば、もっと華やかになるのだけれど。
彼お気に入りのシルバーのお店は店じまいを始め、イルミネーションだけが楚々と光る。

「こんばんわ」

突然の声に驚き、ぐるりと前を見た。
そこにはさっきのパントマイマーがいて、仰々しく頭を下げていた。
横にいるのは少し不満そうな少年だ。

「この財布はあなたのものですか?」

差し出された財布は確かに僕のもので、僕は慌てて飛びつく。

「うちの子がね、その財布を拾ったんです。失礼ながら少々中を拝見し、少々中身を拝借しました」
「え゛?!」
「返してやるだけ、ありがたいと思え!」
「こら、黙りなさい」

慌てて中を見ると少々どころか、ほとんどなくなっていた。
僅かばかりの紙と、コインがあるだけだ。

「か、返して下さい!このお金は無いとダメなんです!」
「まぁ落ち着いて」

これ程ピエロメイクに苛立ちを覚えたことは無い。

「私たちは今日、家賃を払わなければならなくて、すぐにお金が必要でした」
「でも、それが人のお金をとっていい理由にはならないでしょう」
「まぁまぁ。みたところ、貴方はあと2週間は待てそうだと思うわけです」

ぐしゃぐしゃになったチラシをギュッと握り締めた。
恥ずかしくなって、新聞にくるむ。

「一枚の紙を入れて置きました。その紙があれば、そのチラシの中で1番高いものが手に入ります」

パントマイマーと少年はそれだけ言うと手を繋いで去って行った。
有無を言わせない言い方に、結局何も言えなかった。
ぺらぺらになった財布の中から一枚の紙切れを取り出す。
それは写真だった。

「国会議員と・・・女?」

写真をひっくり返すと国会議員とお騒がせ女優の名前が書いてあった。
ハッとしてもう一度写真を見れば確かにその通りで。
さらに写真をひっくり返すと情報ソースとレストランの名前が記されていた。
携帯電話で店の予算を調べれば財布に残っている金額がギリギリの値段。
取材費用なんてもらえない俺からしてみれば、このゴシップは今後を左右するほどのものだった。
この情報を売ればしばらくは遊べるだけのお金が手に入る。
でも僕がゴシップを書けるとも思えない。
それでも手の中の写真を手放すことはできなかった。

「よ、よし」

僕は心の中で彼に頭を下げる。
そして一世一代のギャンブルをするのだ。
情報ソースが街中のピエロだけれど、結局自分が掴んだスクープでもないけれど、彼をさらに待たせるけれど。
せめて意気地なしは卒業してから君にプロポーズがしたいんだ。

***

「なんで財布返したんだよ!あの金があれば家賃も払えたし、今日は肉が食べられた!それどころか、情報までやりやがってー!」
「情報屋なんだから、お金は取ったでしょう。それで家賃は払えます。・・・お肉は無理ですが」
「あの情報の方が家賃より高い!」
「はぁ・・・人の財布を盗むなと言うのに、盗みを働く貴方が悪いんですよ。こう言う時は保護者がきちんと詫びを入れないといけないんです」
「保護者って言うな!」
「恋人だと言われたいのなら、子供みたいな言動を謹んだらどうです」
「う・・・うー・・・」
「それに私は彼を気に入っているから、あの情報を渡したんですよ」
「はぁ?」
「彼は私が1番好きな新聞社で1番好きな記事を書く人です。やかましいゴシップなんかよりも、読みやすくて事実に忠実で1番信頼しています」
「ふーん?」
「彼はゴシップを書きません。書けないのか書く機会がなかったのか、まぁ何れにせよ、あの情報がどうなるかは彼の腕次第ですよ」
「・・・他人の腕で賭け事なんて趣味悪いぞ」
「ふふ。いやぁ、明日の新聞が楽しみですねぇ」
「ああ!もう、俺、あの情報売った方が良かった気がする!」
「貴方が盗みをきちんとやめたら、私だって他人でギャンブルはやめますよ」




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