9日の男

「はあんっ」

彼のペニスが俺から抜けていく。
そこで幸せの時間は終わり。

外資系の会社役員で妻子持ち、俺は彼の愛人。
不満はない、なあんて嘘だけど。

「カバンにいつもの入ってる」
「ありがとう」

彼に渡すプレゼント、蜂蜜紅茶クッキー。
友達が料理教室を開いた時に参加して、それをあげたら喜んでくれて。
だからいつも作って持ってくる。

「君は帰らないでとも離婚してとも言わないんだね」
「言わないよ、貴方に忠実な愛人1号だもの」
「ははっ余計に罪悪感に悩まされるよ」

悩め、そして俺のことを考えろ。
彼はカバンから俺が作った蜂蜜紅茶クッキーを取り出す。
俺から彼の家族へのせめてもの存在誇示。
寂しいね、俺。

毎月9日の夜だけ彼は俺を愛してくれる。
ホント俺って健気じゃない?
馬鹿とも言う。
毎月9日は仕事も休んで朝からクッキーを作って。
それが幸せ。

『今月は会えない』

そうメールが着たときにはもうおしまいだと泣いた。
だってそうじゃない。
もう月一で会うことさえも許されない。
彼のために取った有休、彼と飲もうと思った赤ワイン、彼のために作った蜂蜜紅茶クッキー。
それを一人で堪能して目を腫らした。

それからしばらく彼からの連絡がなくて俺はただゆっくりと毎日を過ごした。
もう9日に用事はない。
幸せな9日はおわったのだ。

「高木さん今月シフトどうします?9日、休みにしときますか?」
「あ、もう9日に用事なくなったからシフト入れていいよ。予約入ってる?」
「ええ。今のところ高木さん指名はないですけど」
「入れてかまわないから。よろしくね」

ブラシを手にお客様のもとへ。
彼女は愛しい彼に会うためにおしゃれに余念がない。

「メイクもしてく?ピーチピンクが入荷されたけど」
「ピーチピンクあるんですか?じゃあお願いしようかなあ」
「メイクはアキコちゃんがいいんだっけ?アキコちゃんもうすぐ来るからそれまでに髪は仕上げるね」
「ありがとうございます!高木さん今日優しい!」
「いつもでしょ?」

綺麗にふわふわの髪に仕上げて。
彼女の髪はまるでお姫様。
ワンポイントの花飾りは俺が選んだアクセサリー。
メイクを仕上げてさらに美しくなる彼女。
すごく綺麗。
女って羨ましい。
俺もこんなに綺麗になれたなら彼はいなくならなかっただろうか。

昨晩なんとなく蜂蜜紅茶クッキーを作った。
今日は9日。
彼に会うわけでもないのに。
仕事場にクッキーを持って行けばみんな喜んで食べた。

「たくさん作ったから、仕事の合間にでも食べて。予約数見る限りじゃ今日もお昼食べれなそうだから」

この日本にお昼をきちんと食べれる美容師なんてどれぐらいいるんだろう。
おしゃれをしない女の子はいないから美容師は忙しくて仕方がない。
本日俺指名のお客様は4人。
夜遅くならなければいいのだけれど。

笑顔で帰る女の子たちに励まされてようやく仕事は終わった。
時計を見ればあと2時間もすれば9日は終わる。
寂しいような疲れたような。
片付けを終わらせてスタッフルームへ戻ると蜂蜜紅茶クッキーは評判が良かったようで、ボックスには数枚しか残っていない。
置いたままにするのもよくないのできちんと持ち帰る。
また焼いて来てあげよう。
みんな喜んでくれたから。
次はアイスボックスクッキーに挑戦しようかな。
アキコちゃんはチョコレートが好きだからチョコレートクッキーでもいい。
でも宮川くんはチョコレート嫌いだったかな。
よく覚えていないからプレーンも焼いてあげよう。

車に乗り込みマンションへ向かう。
酔っ払いにカップル、サラリーマン。
幸せそうだったり疲れていたりみんな様々。
みんなに良いことがありますように。
ボックスから蜂蜜紅茶クッキーを取って一枚食べる。
ほんのり甘くて、おいしい。
このレシピを考えた友人は天才だな。

車を駐車場にとめてコートと手袋を身につける。
職業柄この時期の手はひどいもので。
今度ハンドケアをしてもらいに行かなきゃな。
由香里ちゃんおすすめのお店がいいとみんなで騒いでたから今度俺にも教えてもらおう。
荷物とクッキーボックスを手に取りマンションへ。
常駐の警備員さんに挨拶をして部屋へ向かう。
ドアの前に人影があった。
不審者かと思ったが警備員さんは知らない人を中に入れないし、部屋を間違ったんじゃないかと考えて声をかけようと思った。
でも声は出てこなかった。

「あ、おかえり」
「・・・どうして」
「今日は9日だからね」

よく言う。
今まで連絡もしなかったのは貴方じゃないか。

「実は離婚してね、嫁と娘に捨てられてしまった」
「え?」
「正確には僕が君の蜂蜜紅茶クッキーしかお菓子を食べなかった結果がコレだ」
「・・・馬鹿な人」
「君はこんな僕を愛してくれる?」
「おまけにずるい人」
「ははっどうかな」

答えなんて決まってる。

「俺を愛人じゃなくて恋人にしてくれるなら」
「喜んで」





※無断転載、二次配布厳禁
この小説の著作権は高橋にあり、著作権放棄をしておりません。
キリリク作品のみ、キリリク獲得者様の持ち帰りを許可しております。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -