殺人鬼の最後
人を殺すことは人を愛することに似ていた。
人を愛すればその人のことを考えて胸が苦しくなる。
人を憎めばその人のことを考えて胸が苦しくなる。
好きな人が笑う様を見るとこちらも笑う。
憎い人が苦しむ様を見るのはこちらは笑いが止まらない。
好きな人が涙を流せば悲しい。
憎い人が威勢が良ければ悲しい。
止まらない愛情と憎しみが混ざり合うこともあろう。
しかし俺の殺人は純粋な憎しみだった。
俺の愛した人は憎い人に軽蔑と侮蔑にまみれた言葉を浴びせられ、俺の前から消えた。
俺に媚びる様が気に入らなかったのだと言った。
俺はお前の存在が気に入らないと言った。
憎い人は何も知らないのだと喚いた。
殺した。
殺してやった。
無残なほどに。
愛した人の顔は霞むのに、憎い人の死に様は忘れられない。
頭がおかしくなりそうだ。
狭い檻の中、じっとしていると何も知らないのだと喚く憎い人がさらに喚き散らす。
耳障りだと頭をぶつければ頭がぼーっとして心地よかった。
檻を出られた時には世界は変わっていた。
檻の周りの畦道だけが変わることなくそこにある。
好きな人が足繁く通っていたバーはまだそこにあり、嬉しく思って足を伸ばした。
安いウィスキーだと思いながら飲めば奥の扉に気付く。
サッと差し出された紙にはロックナンバーと他言無用の文字。
どうやら人を選んで扉の先へ案内しているらしい。
あたりを見渡し、そっとキーに手を触れて、ナンバーを打ち込む。
開かれた扉の先にはブースごとに薄いカーテンがかかるテーブル。
適当に腰をかければ寄ってくる男がいて、俺の前にしゃがんだ。
年齢不詳の男だった。
久しぶりの口淫にしばし酔いしてれていると、だんだんと周りの声がきこえてくる。
「君は本当に人をおかしくするね」
「そう?」
「そうじゃなきゃ、私はこんな趣味を持ちはしなかったよ」
「昔、それ言われたなぁ」
「ほう?」
「昔付き合ってた男が人を殺したの」
「君の前で?」
「違うよ。でもまぁ似たようなものかな」
「やけにさっぱりしてるね」
「そりゃそうだよ。だってどうでも良かった男だもの。お金と車があったから付き合ってただけ」
「そんなことを言うと、今度は君が殺されるよ」
「平気だよ。彼はまだ檻の中。それに僕の所業をリークする、ウザい奴を殺してくれたんだもの。彼は何も知らない」
「その子を殺しちゃったんだ」
「そう。自分のことを好きだと言った人を殺したの。馬鹿みたい」
重なる言葉が多すぎて、大きくなりかけた自身がするりと萎えた。
目の前にしゃがむ男はせっせと舌を動かすが俺はそれどころではない。
その声が愛した人に似ているから余計にだ。
「本当馬鹿な男。ウリとか浮気とか露出狂だとか、いろいろバラされたけど何も信じなくてさ」
「それだけ君が好きだったんだろう。恋は盲目だ」
「そろそろ潮時だと思ってたのに本当迷惑だよ。毎回毎回キスマークなんかつけてくれちゃってさ。だから傷付いた振りをしていなくなったの」
「傷心だから探すなって?」
「そ。清々した」
吐き気まで込み上げてくる。
男に水を頼み、具合が悪いと伝えるとすぐにいなくなった。
「彼は君のことを何も知らない綺麗な子だと思っていたんだろうね」
「んぁっ。そ、呆れる。それで人まで殺すんだから、馬鹿な男」
「君はぶっといちんぽをけつまんこに突っ込まれて、それを人に見られるのが大好きな子なのにね」
「んは!やぁだー。下品な言い方しないでー?」
「ほら、こうすれば君のけつまんこは喜んで吸い付く」
「あっあん!あぁっん!」
限界だった。
彼に似た声で俺の境遇のようなことを語る口が。
話すのをやめろと怒鳴り込もうと、震える足で立ち上がる。
すぐ横のブースにいたのは男が2人。
薄茶色の髪に大きな黒い瞳を見て、俺は世界が逆転したことを知る。
「嘘、なんで?」
その言葉だけで充分だった。
憎いと恨んだ人の顔が笑顔に変わり、俺にほらね、と言った。
好きな人の顔が歪み、馬鹿じゃない、と言った。
怒りと喪失感に襲われ、いないとわかっているのに己が殺した憎い人を探した。
俺は殺す人を間違えたのだ。
俺が愛した人は俺を愛していなかった。
俺が憎んだ人は俺を愛していた。
ぐるぐると回る世界に吐き気がして、嘔吐した。
それでも走ることをやめられなかった。
気が付くと墓場にいた。
そこに眠っているのは俺を好きだといい、俺に殺された彼だ。
檻の中で片時も頭を離れなかった彼が眠っている。
「もう遅いだろうけど、ごめんね」
血に濡れた手で墓を触れば暖かい気がした。
はて、誰の血だろう。
「唐突に君と話がしたくなったんだ。君は天国にいるんだろうから、地獄にいる俺に会いに来て」
いつのまにか手に握っていたガラス片は鋭利に尖っていた。
首に何度も何度もガラス片を刺し、飛び散る血で世界は赤に染まる。
白い菊が赤い菊に変わり、俺の周りには赤い池ができていた。
ひゅーひゅーと鳴る喉から言葉を紡ぐことはできるだろうか。
「君が・・・君が会いに来てくれたなら、あの時とは・・・ち、違う、告白の、返事をしよう」
赤く染まった池に沈み、果てる。
これは死後に繋がる君と俺との約束なのだ。
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