4枚のカード

ピンクのカードは一番僕が好きだった彼に。
イエローのカードは一番僕を好きだった彼に。
グリーンのカードは一番僕に優しかった彼に。
ブルーのカードは一番僕と一緒にいた彼に。
それぞれにメッセージを書いて、赤いポストに食べさせる。

「みーんなみーんな大好き」

そして僕はこの国を離れる。



飛行機に乗って、バスに乗って。
イタリアの街並みに紛れた僕。

「gelateria、ジェラート屋さんか。いちごあるかな」

店の前でじっと品物を見ていちごがあることを確認。

「Mi da un cono da 3 euro?・・・あー、Fragola」

おじさんが限界までジェラートを盛ってくれた。
僕はにっこり笑って3ユーロを渡した。

「Grazie」

寒いけどやっぱイタリアのジェラートは格別だった。
爪先まで凍えそうな日にジェラートを食べながら近くのベンチに移動する。
後ろから猫がついてきた。

「おいで、君も一人?」



日本は素敵な国だった。
たくさんの人に愛されて僕は幸せだった。
でもみんな僕だけを愛してはいない。

ピンクの男は酒癖が悪くて、よく僕に暴力をふるった。
朝になれば悪かったと僕にキスをして慰めてくれる。
僕はそれだけで幸せ。
でも傷が耐えなくて気がつけば逃げ出していた。

イエローの男は僕がいなきゃ生きていけないが口癖で愛してるとと毎日言う。
僕が家にいないだけで首を絞めたり手首を切ったりする。
終いには僕を監禁して縛り付けて外出を禁止した。

逃げてと僕を逃がしたのはグリーンの男。
いきなり笑って現れて、次にあった時にはボロボロだった。
それでも笑っていて僕の身体を気遣う彼はただただ僕に優しかった。

どれだけ僕がいなくても必ずあの場所にいたのがブルーの彼。
いつも笑っておかえりと囁いてくれた。
温かいご飯と温かい家と温かい人。
何をしなくても何をしても僕を待っていてくれた。

そんな彼らに別れを。
日本での生活は楽しかった。
でもみんな僕だけを愛してはいないから。
みんなに送ったカードにはただ一言『僕を見つけて』と。

これは終わらない鬼ごっこ。
鬼はいるのかいないのかすら僕にはわからない。
だって僕はただの一度も『愛してる』とは言わなかった。
差出人不明のカード。

チャオ、みんな僕を覚えていますか。
チャオ、あの日黙っていなくなった僕を許してくれますか。
チャオ、鬼さんこちら手の鳴る方へ。



「さて、次はどの国に行こうかな」

ポケットから世界地図をだして眺める。
猫は僕の足下で丸くなっていた。

最初はイギリスへ行った。
ビッグベンをただただ一日中見ていた。
気まぐれな天気も可愛いもの。
公園には可愛い姉妹と綺麗なママ。
ピンク色のボールが似合っていた。
排他的な街にはいずらくて滞在1週間目の朝、イタリアへ旅立った。

イタリアでの滞在は現在2週間目、割と居心地はいい。
ミラノの男は色っぽいと聞いていたけどそうでもない。
朝にエスプレッソを一杯頼むのも一苦労。
路地に入れば道がわからなくなる。
ヨーロッパはなんて色のない国なんだろう。

「フランスかドイツか」

フランスはなにが有名だっただろう。
ドイツに行ったら山盛りのポテトとソーセージが食べたい。

「俺はドイツに行きたいな」

久しぶりの日本語に振り返るとそこにはブルーの男。

「つかまえた」

そう言って抱き締めてくれた彼からはいつもの温かいにおいがする。

「たまには追いかけてみないと君はいなくなりそうだから」
「どうしてわかったの?」
「君が手をたたくほうに行っただけだよ」
「意地が悪いね」

涙で前が見えなくなりそう。
足元の猫は僕らを見上げる。

「ドイツに行ったら山盛りのポテトとソーセージを食べよう」
「そうだね」

足元にいた猫がくしゃみをした。
寒さが身にしみたのかな。
僕はやけに温かい。

「知ってる?イタリアでは猫がくしゃみをするといいことがあるんだって」
「そうなの?」

足元の猫はまるで毛糸玉のように丸くなっていた。

「あるよ」

ブルーの男は僕の左手の薬指にシルバーのリングをはめる。

「ずっとずっと言えなかったけど俺は君が好き、愛してる。君からのカードを見て、どうしようもなくてここまで来たんだ。随分と時間がかかったし、遠くまで来てしまったけど俺と家族になってくれない?」

冷たい風に頬をなでられて、涙の跡が凍ってしまいそう。

「僕もずっと言えないでいる言葉があるんだ」

意を決して貴方だけに囁く。

「愛してる!」

鬼ごっこはもうおしまい。




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