目をこらせば

耳をすませばという映画を知っているだろうか。
聖蹟桜ヶ丘が舞台だと噂されるアレだ。
漫画作品が映画になっている有名なアレ。
小学校の時に映画を見て、中学校の時にタイタニックを見て俺は運命を信じた。
死ぬのは嫌だったので耳をすませば的運命の出会いがしたいと思った。
俺の雫ちゃんはミルクティー色の髪をしたすこしわがままな年下の女の子。
俺も聖司になるためにバイオリンを始めた。
才能がなかった。
では漫画版聖司になろうと美術部に入った。
やっぱり才能がなかった。
まぁ、いい。
俺は雫ちゃんを泣かせる聖司にはならずにすんだだけの話だ。
俺の家からわざわざ聖蹟桜ヶ丘に通うと自転車でシャーのやつができないので家の近くにある図書館に通うことにした。

「ふふふ・・・現実は甘くないな」

どこを見ても俺の雫ちゃんはいなかった。
眼鏡かけたパッとしない子ばかり。
しかし明日には現れる。
明日でなければ明後日。
明後日でなければ明明後日。
そう考えながら俺は毎日図書館へ通った。



気付けば中学生活も高校生活も終わっていて大学4年。
おまけに司書になろうと言うのだから俺はただの馬鹿だ。
しかし習慣とは恐ろしいもので未だに図書館へ通っている。
蝉の鳴き声を聞くより蝉の死骸を見る方が多くなってきたシーズン。
雫ちゃんに期待することは最早なく、俺は若草物語を真剣に読んでいた。
姉妹間の愛情にも似たこの思いやりは実に美しい。
最近は電子書籍も出回るし紙媒体の可能性なんて誰も信じていない。
若草物語だって俺が去年借りた時からわずか2人しか読んでいなかった。
夏休みの読書感想文にでも使ったのだろう。
若草物語は表現も行動もストレートだから読書感想文は書きやすい。
朝借りた本を夕方には返すサイクルもいつもと同じだ。
たまに外で読みたくなるのでいつも本は借りるようにしている。
例え図書館内で読むとしてもだ。
帰り際には難しい本だったら1冊、簡単な本だったら3冊は借りる。
速読術はないので普通に読むのだが図書館に通いつめたおかげで本を読むのは大分早くなった。
カウンターでベルを鳴らして司書を呼ぶ。

「これ、返却で」
「読み終わるなら名前書かなければいいのに」
「もしかしたら読み終わらないかもしれないじゃないですか」
「はいはい、嶋くんはいつもそう言って読み終わるもんねー」
「そうでした?」
「しらばっくれることばかりうまくなる。昔は可愛いかったのに」
「いつの話ですか」

俺が来始めた頃からいる司書のおばさんは馴れ馴れしい。
別に悪くはない。
むしろこの静かな図書館でコミュニケーションが取れることは楽しみの1つだ。

「借りる本は決めてあるの?」
「まだ」
「後はやってあげるから決めてきなさい」
「じゃあよろしくお願いします」

俺はふらりと海外文学コーナーへ移動する。
若草物語に感動するとどうも赤毛のアンやオズの魔法使いが読みたくなる。
ふんわりとなる気分がクセになるのだ。
赤毛のアンが見あたらないのをみるとこれは貸し出し中かな。

「あの、嶋さんですか?」
「は、い?」

振り向けば少年・・・高校生かな?
俺の後輩・・・にしては制服が真新しいしな。
高校の後輩かと思ったが制服が違う。
不安そうに俺を見ているんだが・・・誰だかわからない。

「し、嶋、輝之さんですか?」
「そう、だけど。ごめん、誰?会ったことあったならごめんね」
「あっ俺、俺、菅野です!菅野佳久!」

菅野くん・・・やっぱり覚えがない。

「あの、ごめんね。やっぱりわからないや」
「あ、会うのは多分初めてです!」

ますます訳が分からない。
何の用以前になぜ俺の名前を知っている。

「お、俺、図書館来て、それで、いつも貸し出しカードに名前あって、誰かなっていつも思ってて、それで、さ、さっきカウンターで名前聞いて、もしかしたらって」

まくし立てるように喋る高校生。
話を聞きながら読んだことある本を手にとり開いてみる。
俺の名前からいくつかしたに菅野佳久の名前を見つけた。
それから別の本も見てみたら確かに俺の名前の下に菅野佳久の名前。
この本なんか俺の名前に挟まれてるのに何も気付かなかった。
耳をすませばじゃなくて目をこらせばだな。

「も、もし、もし嫌じゃなかったら俺と付き合って下さい!」
「え゛」
「う、運命だと思いませんか?!耳をすませばみたいな!」
「は、はぁ」

いやいやいやいや。
俺はミルクティー色の髪をした雫ちゃんを待っていたのであって文学少年を待っていたわけではないんだが。
そもそも男同士で運命も何も。
俺より小柄な少年相手に勃起する自信ないし。

「じゃ、じゃあ友達!そ、それじゃだめですか?」
「あの、年齢とかあるでしょ?」
「だ、だめ、なんです、か・・・?」

そんな泣きそうな顔しなくったって。
俺が悪いみたいじゃない。

「うっうぅ・・・だめ、ですかぁ・・・?俺、俺読書の邪魔しないから、だから」
「わ、わかった、わかったから。友達ね、友達」

今にも泣きそうな(泣いてる?)少年を慰めて適当な本を取るとカウンターへ移動する。
何が楽しいのか知らないが菅野くんは俺の周りをちょろちょろ動き回る。

「嶋さん本好きなんですね!俺も大好きなんです!」
「うん。少し声のボリューム落とそうね」
「あっご、ごめんなさ、ごめんなさい」

慌て口を塞いだり周りに謝ったり手にしている本の貸し出しカードを出し忘れたり忙しい子だ。
長居すると迷惑になると思ったので菅野くんを連れて外に出る。
自転車でシャーのやつをするために買ったママチャリのカゴにカバンを放り込む。
菅野くんは相変わらずいろいろ喋りながら俺の周りをちょろちょろしていた。

「俺、帰るけど。菅野くんは?」
「一緒に帰らせて下さい!」
「別に良いけど。・・・チャリとってきなよ」
「俺チャリないです!走ります!」

俺はため息をついたのに菅野くんはにこにこ笑っていた。

「後ろ、乗る?」
「い、いいんですか?」
「いいよ。送って行くよ」

そして早く帰ろう。
後ろに菅野くんを乗せて俺の雫ちゃんとやる予定だった自転車のシャーのやつをして帰る。
背中は人の体温で無駄に熱い。

「家どこ?」
「通り過ぎました!」
「言えよ!」
「嶋さんの家でいいです!覚えて帰ります!」
「よくないだろ!」

自転車を止めて後ろを振り返る。
未だに背中に張り付いて顔も見えない。

「あのね、何がしたいの」
「嶋さんと遊びたいです。好きなんです」
「好きって、あのね・・・。とりあえず友達って言ったでしょ?」
「一目惚れなんです。名前、見てて、それで」

そんな泣きそうな顔されてもどうしようもないんだけど。
最早お手上げ、何を言えばいいかもわからない。

「家、行っちゃ駄目ですか?」
「いきなりは・・・」
「じゃあ俺の家!」
「駄目駄目。また今度、ね?ほら送るから」

しぶしぶ、と言った感じで来た道を引き返す。
図書館近くのマンションが菅野くんの家らしい。
送る必要もなかったじゃないか・・・。
ようやく俺から離れて後ろから降りる菅野くんにカバンを渡してやる。

「はい、カバン。またね」
「も、もう帰るんですか?!」
「うん」
「す、少しだけ、お茶とか」
「いらないよ」

カバンを菅野くんに押し付けてペダルに足をかける。
するといきなり菅野くんが飛びついてきて俺の顔をつかんだ。
何が起こったか理解する頃には唇がベタベタに濡れてひんやりとしていた。

「・・・は?」
「あ、あ、あの、嶋さんが可愛くて、それで、」
「え?」
「あの、優しくするから、痛くしないから、俺っちゃんと嶋さん気持ちよくするから」

菅野くんはもじもじとしながら股を擦り合わせていた。

「・・・・・え゛?」
「だめ、ですか?」

もしかして俺が雫ちゃん・・・?




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