ファミレス

仁くんの夏休みも最終日。
有給休暇を申請したのにもかかわらず拒否されてしまった。

「ホント、ホンットごめんね!本当ならプールだってなんだって連れて行ってあげたいのに!先輩この野郎・・・!」
「いいよ。仕事だもん、仕方ないってば」
「あああぁぁぁ!!!どうして仁くんはそんなにいい子なの?!」

ゴリゴと頬ずりをすると仁くんは嫌そうな顔をした。
名残惜しいどころの騒ぎではないけど仁くんから離れて鞄を手に取る。
せめて、定時で帰ってやる・・・!

「18時30分までには絶対家にいるんだよ!」
「うん。いってらっしゃいー」

そして俺は家を飛び出た。

***

おじさんは走って家を飛び出して行った。
別にそんな気を使って俺と遊ばなくてもいいのに。
長い休みには少し遠出をしたし(旅行を提案されたけどそれは遠慮した)休日はいっつも僕に構ってくれていた。
そこまでしてくれなくても僕は十分に楽しい生活をしているのに。
おじさんが会社へ行くと僕は出掛ける準備をする。
今日は野球部の手伝いに行くのだ。
秋に試合があるらしく、練習に打ち込むためにボール拾いを下級生に任せるらしい。
本当は野球部で足りている作業なんだけど家で1人じゃ暇だろうからってダイくんが呼んでくれた。
8月になってからほとんど平日は毎日のようにボール拾いに行っている。
おかげで日焼けした僕は夏休み前よりも随分真っ黒になった。

「よし、準備できた!」

キャップを深くかぶって学校へ向かう。
ちゃんと戸締りも確認した。
鍵はきちんと鞄にしまってもう慣れた通学路を歩く。
学校までは徒歩で20分。
もっと遠い学校へ通っていたこともあるし別に苦ではない。
のんびり歩いて、近所の人にも挨拶をする。
引っ越しが多いともし何かあった時に挨拶をちゃんとしてないと誰も助けてくれないと学んだ。
大人が行くお店ばかり並んだ界隈で生活していた時には楽だった。
みんな優しくしてくれたし。
住宅街だとあまりうまくいかない。
母子家庭ってだけで変な目で見られる。
きっと今だっておじさんは周りになんか言われてるんだと思う。
親戚の子だと言われると少しさびしい気もするけど事実だ。
どうしておじさんの家にいるのかって言われたら学校のためって言ってる。
お母さんはって聞かれるとおばあちゃんの家にいるって答える。
お父さんは知らない。
ぼんやり覚えているけど別にいい思い出じゃない。
もやもやといろいろ考えていたら学校へ着いた。

「おはようございます」
「おはよー、仁くん」

基礎練習の時にはやることがないからスポーツドリンクを作る父兄の手伝いをする。
空っぽのドリンクボトルに粉を入れて水で溶かして。
お昼前に皆が食べるおにぎりを影へ運んだ。
練習が始まれば飛んでくるボールに気を付けながらボールを拾っていく。
いつだって僕の首にはペットボトルがぶら下がっていて、それを飲みながら校庭を走るのだ。

「仁、持ってくよ」
「大丈夫だよ。運べる」
「ほんとかー?お前チビだからなー」
「今に洋だって抜いてやる!」
「俺はもっと大きくなるぜー?」

嫌味な顔して僕を笑うのは同じクラスの水沢洋だ。
うちのクラスで一番大きい。
そしてダイくんに憧れている。
だから真っ先に友達になったのは洋だった。
結局いっぱいになったボールかごを2人で監督のところまで運んでまたボールを拾う。
僕はこの作業が好きだ。

「なぁ、仁も野球部入らねぇ?」
「入らない」
「なんでだよー。遠藤先輩も喜ぶぞー?」
「スポーツ苦手なんだって。無理」
「ちぇー。お前よりサボってる部員だっているのになー」

野球部でのボール拾いは好きだがどうも野球部に入ろうとは思えない。
おじさんは好きな部活をしていいって言うけどそもそも部活に入ったことがないからよくわからないのだ。
少年団だってクラブだってしてなかったし。
それに本当に元々スポーツには向いていないのだ。
チームを分けての練習試合が始まれば僕の仕事は終わりだ。
後は校庭の隅っこで影に隠れながら試合を見ている。
ボールがバットに当たるいい音が響く。
ダイくんはここ数日調子が良いらしくホームランを毎日のように飛ばしている。
すごいことなんだってことはよくわかる。
野球の推薦が決まっているらしいダイくんの未来は明るい。
ダイくんの兄弟はスポーツが得意で勉強は苦手なんだって。
カズくんの兄弟は勉強が得意でスポーツが苦手らしい。
でもナオくんとリュウくんを見ていればよくわかる。
ナオくんはかけっこでリュウくんに勝てないんだもんな。
カズくんもダイくんに勝てないって言ってた。
でもダイくんは毎日カズくんに勉強教えてもらってるし、ルリちゃんもマナちゃんに勉強教えてもらってる。
ぼーっと見ていたらいつの間にか試合が終わっていた。
片付けを手伝って監督に挨拶をしてダイくんと一緒に帰る。
しばらくは野球部の皆も一緒だ。
ダイくんは本当に人気者だ。
方向が違う人から別れて、最後はいつも2人になる。

「今日もありがとなー!助かった」
「ううん!僕も楽しかったよ」

歩くスピードを落としてダイくんの家に向かう。
今日は達弥さんがご飯を御馳走してくれる。
達弥さんは男の人だけど立派なお母さんだった。

「ねぇ、ダイくん」
「ん?」
「ダイくんは達弥さんと聡さんが親で恥ずかしいって思ったことある?」

下を向いて歩いてたら足音が止まった。
振りかえるとびっくりするほど怖い顔をダイくんはしてた。

「お前バカにしてんの?」
「ち、違うよ!ただ、その、いいなぁって」
「は?お前にも廉兄がいるだろ?」
「うん。そう、そうなんだけど。でもやっぱお母さんとお父さんがって聞かれるしそれでいじめもあるじゃん」

母子家庭だってだけで変だっていじめられたこともある。
お母さんが水商売をしていただけでいじめられたこともある。
お母さんのお友達のオカマのお姉さんと買い物をしてたら気持ち悪いって言われたりもした。
たくさんたくさん色んな事があった。
でもダイくん達はお父さんもお母さんも男なのにこんなに人気者だ。
それにこんなに仲が良い。
家族で出掛けて、授業参観にだって来る。
でもみんなダイくんをバカにしたりしない。

「うだうだ考えるなよ。俺等はたっちゃんとさっちゃんの悪口言われたらナオだって怒るぞ」
「そうなの?」
「そうだよ。リュウなんかまだたっちゃんから産まれたんだと思ってるし、マナは前の両親の記憶があるのにたっちゃんとさっちゃんをママとパパって言うぞ」

そうなんだ、全然知らなかった。

「俺とカズ兄は恥ずかしくてパパとママって呼べないが紹介する時は父と母ですって言うしな」
「僕はまだおじさんですってちゃんと紹介できたこともないのに。すごいね」
「恥ずかしいなんて思ってねぇもん。俺は前の両親のが恥ずかしいね」
「そうなの?」
「俺は家出したんだよ。カズ兄は捨てられたんだってさ」

よくもそう簡単に言えるものだ。
僕なんて自分でおじさんの家に来たんだって言うのも苦しいのに。

「ロクでもない親だったよ」
「まだ会ったりする?」
「いいや。もう裁判所で親と会えないって決まってるから、俺等」
「そうなんだ」
「仁はお父さんいねぇの?」
「いるよ。どこかに」

どこにいるのかは知らないけどね。
おじさんに聞いても答えてくれないしお母さんも教えてくれなかったけど。

「仁の家も面白いな。お母さんもお父さんもどこかにいるなんだな」
「うん」
「でも廉兄はどこにいるって言えるだろ?」
「うん、今は会社にいる!」
「それだけで幸せなんだぜー?カズ兄の両親なんか早々に親権放棄して今はいるかいないかもわかんねぇんだぜ?」
「みんな大変なんだね」
「別に大変じゃねぇよ」

ダイくんにきょとんとした顔をされた。
お母さんもお父さんもそんなんじゃ大変じゃないのかな。
僕でさえ大変だったんだから、もっと大変だったに違いないのに。

「だって俺の親はもうたっちゃんとさっちゃんだからな!」

照れくさそうに笑うダイくんは本当に幸せそうだった。
あぁ、羨ましい。
きっと僕が抱いた感情は嫉妬だったんだ。

「仁も今楽しいだろ?」
「うん・・・楽しい、と思う」
「ははっ!廉兄傷付くぞー!」

僕だって幸せなのに、くだらない。

***

急いで仕事を終わらせて定時で逃げるように帰る。
呼びとめられても俺は残業しない!
エレベーターのボタンを壊れるほどにプッシュして猛ダッシュで駅へ。
それから駆け込み乗車で電車へ乗り、急いで家に帰る。
ピンポン3回押せば仁くんが出迎えてくれた。

「ただいまっ!」
「う゛ぶっ、お、おかえりなさい」

ぎゅうぅっと抱きしめたまま仁くんを引きずって家に入る。
あぁっ夏休みが終わるまでもう5時間と25分しかないじゃないか!

「何がしたい?!あっとりあえずごはん食べに行こう、そうしよう!」
「え、家でいいよ」
「夏休みどこもいけなかったじゃん!いっしょにパフェ食べに行こう!」

バタバタとスーツを着替えて財布と携帯をポケットにねじ込む。
それから仁くんの手を引いて外へ飛び出した。
この時間だとファミレスは込んでいると思うが仕方ない。
一番近いファミレスになだれ込むように入り、少しだけ外で待つ。

「仁くんは何食べたい?」
「うーん・・・どうしよう」
「おじさんもどうしようかな・・・」

悩んでいる間に名前を呼ばれたので席へ着く。
結局2人とも何がいいのか選べないままにミックスグリルを注文した。

「優柔不断なところはおじさんに似たね」
「いつもはちゃんと決められる」
「おじさんもご飯の時だけなんだよ」

照れくさそうに笑う仁くんは本当に最近心を開いてくれたなぁと思う。
最初の時なんてチータラとか言ってたのに。
一生懸命チキンを切ってる仁くんはなんて可愛いんだろう。

「・・・おじさん、にやにやしてないで早く食べなよ」
「う、うん」

あれ、これ心開いてくれてる?
ものすごい目をされたんだけどあれ?
思春期の子難しい。
ハンバーグを食べながらチョコレートパフェとイチゴパフェを注文する。
そうするとスムーズに食後に出てくるのだ。

「野球部の練習楽しかった?」
「うん。洋もいたしダイくんもいた」
「そっか。よかったね」
「うん」

仁くんが最近仲のいい洋くんがとっても気になる。
最近食卓の話題によくのぼる彼だがどんな子なんだろうか。
いじめられてはいないようだけども仁くんにチビとか言ってるらしい。
俺としては許せない感じだが仁くんは懐いているようなのでちょっと顔が見てみたい。
っていうか授業参観に行きたい。
仁くんが転校した時には終わってたもんなぁ。
野球部と洋くんの話を聞きながら食事が終わるとパフェがきた。
チョコレートが仁くん、俺がイチゴ。

「きょ、今日ね」
「うん?」
「ダイくんにお母さんとお父さんのことを聞いたの」

自分でも心臓が大きく鳴ったのが分かった。

「カズくんのお母さんとお父さんのことも聞いた」
「どうして聞いたの?」
「・・・なんとなく」

いいたくないのか。
うーん・・・後で先輩に電話を入れといた方が良いのかな。
聞いちゃいけないってもっとちゃんと言い聞かせるべきだった。

「それで?」
「ダイくんがね、達弥さんと聡さんがお母さんとお父さんでよかったって」
「そう」
「それで、僕もおじさんがいてよかったって思った」
「そっか。そう、ふふっありがとう」

それから仁くんは何も喋らないように必死になって生クリームを口に詰め込んだ。
いろいろ考えたんだなぁ。
仁くんはいつも結果しか言わないけど、きっといろいろ考えたんだ。
俺にはいつも無表情に見えるけど実はいろいろ考えて悩んでいるんだ。
話してくれたらいいのにって思うけどなかなかうまくいかない。

「俺も仁くん来てから楽しいよ」
「ほ、ほんとに?」
「うん。仁くんはいい子だからね」
「そ、そう、かな・・・」
「じゃぁいい子な証拠におじさんのアイスを分けてあげる」

パフェの器をくっつけてアイスを移動させる。
嬉しそうな顔、可愛いなぁ。

「あ、ありがとう」
「どういたしまして。この後はどこ行こうか?ゲームセンター行く?」
「いけないんだよ。6時までしか駄目って先生が」
「たまには悪いことしちゃおうよ。ね?」
「う、う、うぅ・・・先生に見つからない?」
「大丈夫。おじさん、逃げるのうまいから」

ニヤリと笑って見せれば仁くんもつられて笑った。
多少の悪いことを教えるのもおじさんの役割だ。




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