08:水と油、狒々と狼
「み、ミツル・・・落ち込まないで・・・」
「・・・無理」
ミツルは身体測定のカードを胸に抱えて床にめり込んでいた。
「きょ、去年から伸びてないなんて・・・」
身長が伸びていなかったらしい。
・・・5センチも伸びたことは黙っていよう。
ふと前を見ると壁にめり込んでいる人がいた。
「・・・去年から伸びていないだと・・・!」
委員長だ。確か町田裕二君。彼あんなキャラだったかな・・・。
「あー・・・委員長も落ち込まないで」
慰めてみた。委員長はズルズルと落ちてきてミツルと同じように床にめり込んだ。
するとミツルは委員長のとこまで這っていき、ひそひそ話し始めた。
「ね、委員長」
「えっと、間々原くんだっけ?」
「うん。あのさ、身長いくつだった?」
「167・・・去年から伸びてないんだ」
「僕より6センチも高いじゃない。僕161・・・去年から伸びてない・・・」
「せめて170ほしいよな・・・」
「うん・・・」
・・・空気重っ!
「ほら、まだ高1だよ?これからじゃない?」
「そうかなっ!」
「まだ伸びるよなっ!」
めちゃくちゃ元気になった。
「うんうん。だから気落ちしないで」
「ところで柏木くんだったか、君身長いくつだった?」
「え゛」
どうして聞いちゃうわけ?!俺君たちより明らかにでかいじゃない・・・!また床にめり込むよ?!
「俺達の聞いただろう。一人いわないのはずるいぞ!」
「そーだそーだ!」
「・・・1・・・75」
案の定床にめり込んだ。
「175とかっ・・・!」
「170越えてる奴に励まされたっ・・・!」
二人の間に妙な友情が芽生えた頃に二人の手を引きながら次の測定に向かった。
「3キロも増えてる・・・!」
今度は俺が床にめり込んだ。
くそっ・・・部活引退してからダラダラしてたしな・・・!畜生!!!
「たかが3キロだよ、イッセイ!」
「そうだよ!気にすることないよ、柏木くん!」
体重も増えなかったらしい二人は最初こそ太りたいと言っていたが俺の落ち込み具合をみて黙った。・・・腰回りの贅肉は夢じゃなかったのか。
後の検査はさして何もなく、順調だった。ミツルは委員長とウマが合ったらしく、はしゃいでいた。・・・委員長クールで真面目なイメージが台無しだ。
「あっ委員長も僕を馴れ馴れしく呼んで!」
「間々原、とか?」
「あだ名でもいいよ!」
「あだ名かあ・・・難しいなあ」
真剣に考える委員長はやっぱり真面目だった。クールではないが。
「ところでさ、委員長は中学もここ?」
「そうだよ。うちのクラスに他校生は君たちと残りは5人いるかいないかってとこかな」
「そうなんだ。オリエンテーションは何をするの?」
「役員決めて、後は部活説明。ウチは絶対なんかしらの部に所属しなきゃならないから」
「え゛」
ミツルが固まった。無理もない。ミツルは中学時代は立派な帰宅部だった。SHRが終われば速やかに帰宅していたから。
「イッセイっ委員長っ!どうしよう・・・!僕部活とかクラブ本当苦手で」
「うーん・・・俺はスポーツ推薦枠だから部活は決まってるしなあ・・・委員長は?」
「俺は茶道部。中学も茶道部だったし、それに生徒会入りたいから部活は楽なのにしようと」
「・・・茶道部って楽なの?僕にもできるかな?」
「茶道部は活動日数が少ないんだ。間々原にもできると思うよ」
ミツルはなにやら思案顔だ。本当は同じ部活に入りたいがそうもいかない。
「柏木くんはスポーツ推薦枠なの?ウチスポーツ推薦合格者稀なのにすごいね」
「そうでもないよ。ただスポーツしかできないだけ」
実を言えば学力はこの学園の最下層なのだ。なのでスポーツしかできないと言うのもあながち間違いではない。
「イッセイはすごいんだよ!サッカーうまいの!」
「じゃあ部活はサッカー?」
「そうなるのかな」
「あれ?決まってないの?」
「いや、元はバスケ部なんだけど中学はサッカー部と兼部してて」
「推薦はどっちでしたの?」
「どちらも押した。両方とも強化合宿に行ったんだ」
「ねっねっ?イッセイすごいんだよー!」
「間々原が嬉しそうだな」
本当っ可愛いっ・・・!
「多分サッカーの方が成績はよかったからサッカーになると思う。詳しい話は近いうちにあるんじゃないかな」
「なんだか柏木くんはさらりとすごいなあ」
「んなことないよ」
そもそもバスケ部とサッカー部の兼部を始めたのは『間々原さん』を忘れるためだったのだ。なにかに打ち込めば忘れられると思ったがまあ無理だった。
それにサッカーでゴールを決めるたりシュートを打つとミツルが笑うので必死にやってたらバスケよりうまくなってしまった。本末転倒。
春休み中に数日間だけどちらの部にも参加しているのでどちらに転んでも平気だ。あ、ミツルがマネージャーとかたまんない。マネージャーとかいなかったけど。
「僕サッカーもバスケもできないしな・・・ねえ、僕も茶道部入っていい?迷惑じゃないかな?」
「平気平気!俺もいるから」
「よし、頑張るぞ」
「じゃあ部活は安心だね。ミツルは委員会どうする?」
「び、美化委員とか!」
可哀想に・・・。よく掃除当番押しつけられてたもんね・・・。
「そうだ。間々原さ、副委員長やりなよ」
「無理無理無理無理無理無理無理無理無理」
断るを通り越して拒絶だ。
「そんなに拒否しなくても」
「だ、だって」
「副委員長は委員長ほど面倒じゃないし、それにみんなの輪にはいるにはちょうどいいよ?」
委員長、流石だ。友達がほしいオーラがでまくってるのに引っ込み思案なミツルにはちょうどいいかも。名前も覚えてもらえるし。
だがしかし、ミツルに副委員長は無理だと俺も思う。ミツル人前に出たりするのあまり好きじゃないし。
「書記とか会計はないの?」
「会計はないけど書記はあるよ。クラス委員は委員長、副委員長、書記の構成だから」
「ミツル、書記やりなよ。字綺麗だし、人前で喋ったりしないよ?」
「でも、でも」
「俺が副委員長やるから、ね?」
にっこり笑って諭してみる。委員長も俺がフォローすると言ってミツルの背中を押してくれた。
「じゃ、じゃあ頑張ってみる!立候補したらなれるかなっ」
「毎年クラス委員はみんなやりたがらないから問題ないよ」
ミツルは目をぎらぎらさせて立候補と呟いていた。ソレを見て委員長はまた笑っていた。どうやら委員長のツボはミツルらしい。
教室に全員が揃ったところで委員長から指示があった。着替えた人から昼休みとのことで、体操服を着替えて各自散らばっていく。ちなみにみんな平気で教室で着替えていた。更衣室がないのかと思っていたが更衣室もちゃんとあるらしい。だがここは男子校、何も気にすることはないし面倒だからと教室で着替えるんだとか。
ミツルと委員長は急激に仲がよくなった。俺はちょっと寂しいがミツルが楽しそうだし委員長もいい人なので不快ではない。
俺たちは委員長の案内のもと、学食へ向かった。
「何食べようかなっ!」
「委員長、オススメは?」
「俺も高等部の学食は初めてだよ。好きなもの食べたらいいんじゃないかな」
なるほど。食券販売機で食券を買い、各コーナーへ持って行くらしい。流石私立、種類が豊富だ。
「じゃ、僕うどーん!」
「じゃ、俺Bランチー!」
委員長のキャラ崩壊が著しいがもう気にしない。ミツルもテンションが異様に高いがこれも今更だ。俺はミツルが笑っているだけで幸せだっ・・・!
さて、俺はAランチにしようかなー。
ピッ
横から伸びた手がカツカレーを押した。・・・昨日の夕飯とんかつだったしカレーは匂いがキツいだろうが・・・!
「あ、選べないのかと思って選んであげたんだけど。カツカレー、ハズレないし」
「ははー。ヨシキ君、これはどうも」
「そんなに感謝なんかしなくていいよ、善意だから」
「いや、マジでおかまいなく。できればほっといてほしいなあ」
青筋を浮かべながらくそ野郎と話をする。ミツルの手前仲良いふりをしていたい。
「あっ!ヨシキもお昼?」
「おう。ミツル何食べるの?」
「キツネうどんといなり寿司!」
「俺もそうしよー」
ピッ
「ちょっとイッセイ君、俺キツネうどんといなり寿司の予定だったんだけどなぜにカツ丼?」
「いや、選んでもらったお礼に俺も選んであげようと思って」
ミツルと委員長がコーナーへ走っていったのを見届けて青筋を浮かべた笑顔が青筋浮かべた顔に変わる。
「テメーふざけんなよ」
「仕掛けたのはソッチじゃない」
額をくっつけ、胸ぐらをつかみあげながら話す。せっかくのミツルとの初ランチタイムがこいつのせいで・・・!
「トンカツ昨日の晩に食べたしカツ丼とかランチには不向きだろうが!」
「カツカレーなんてにおいが服に付くしカロリー高いだろうが!」
「カロリーなんか気にしてんな、ナルシスト野郎!」
「なんだと?!変態野郎と違って身体に気を使うんだよ!」
「ハイ、そこまでー!」
「西!」
西と呼ばれた男が間に入り俺たちを引き剥がす。
「高岡がちょっかい出すからだよ。ごめんねー、えーっと」
「柏木一星です」
「柏木君ね。高岡ちょっと機嫌が悪くて。俺のと差し替えるよ、何がいい?」
ミツルにカツカレーとバレた今、これを食べないわけにはいかないし何より西とか言う彼は悪くないので丁寧にお断りする。
「いえ。結構です」
「そう?」
「オイ、西!俺と変えてくれ」
「お前はテメーのを食え」
「ではミツルと委員長を待たせてるんで」
仕方なくカツカレーを手に握り、その場を去った。
結局オリエンテーションはカレーくさいまま受ける羽目になった。
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