メール

夏休み、どうして俺にはないのだろう。
仁くんを1人残して会社に行く毎日が辛すぎる。

「ちゃんとお留守番できる?!知らない人が来てもドアあけたらいけないよ?!何かあったら俺の携帯に連絡するんだよ?!」
「・・・おじさん会社遅刻するよ」
「宿題ちゃんとするんだよ?お昼ご飯は冷蔵庫ね?チンするときはあたためボタン1回押すんだよ?それから夕方になったらクーラー止めて換気するんだよ?お昼寝するときはクーラーの温度少しあげてちゃんとタオルケットかぶって寝るんだよ?それからそれから」
「そんな毎日毎日確認しなくても大丈夫だから!ほらっ!」
「うわわっ!」

仁くんに押し出されるようにして玄関を出る。
振り返れば大丈夫だからと言うようにジト目でこちらを見ていた。

「じゃあいってきます」
「いってらっしゃい」

俺はちゃんと仁くんが鍵をかけたのを確認してから会社へ向かう。
1人で家に残すのは不安だが毎日毎日先輩の家に預けるのも気が引ける。
今年出来上がった先輩のマイホームには達弥さんが所長を務める会計事務所が併設されている。
そんな達弥さんは今年から夏休みのお昼ご飯を毎日作っているらしい。
仁くんにも友達がいるから毎日預けてたら遊びにも行けないし。
しかしまぁダイくんには感謝している。
ダイくんは学校じゃ人気者らしい。
野球がうまくてすでに甲子園常連の高校に推薦も決まっていて。
さすがにお兄ちゃんなだけあり微妙な時期に転入したのに仁くんは友達が豊富なようだ。
野球部から広まった仁くんの友達の輪、いっそ部活をしてみればと言ったけど結局首を縦には振らなかった。
どうやらお金の心配をしているようで。
それぐらいかまわないのに。
俺はその時に姉と仁くんの生活が見えた気がした。
おそらく姉の稼ぎは今の俺より低かっただろうし料理もあまりできない姉だったし。
たった2人の姉弟、たった1人の甥っ子。
もっと気にしてやるべきだったと最近は思わざるを得ない。
携帯で天気予報を見ていたら夕方から雨が降るかもしれないことが判明。
ベランダに干してしまったので仁くんへメール。

『夕方から雨かもしれないから雨が降ったら洗濯物を中に入れてね(>_<)無理はしなくていいからねV(^-^)Vおじさんお仕事頑張ってくる(^o^)/いい子にしてるんだぞ★』

返事はなし。
いつも、いつものことなんだけどね・・・!
仁くんは携帯なんか持ってなかったけど夏休みが始まるのを機に携帯を買ってあげた。
やっぱり心配だし、実際仁くんが頼るのは俺しかいないから。
俺の実家に連絡するわけにもいかないし姉は未だに行方知れずだし。
それに少しでもスキンシップが取れたらと思って買った。
無料だからたくさん電話かけてと言ったのに俺の携帯は1度も鳴ったことはない。
メールの返事はないが見てはいるらしいのだ。
おつかいを頼んでも掃除を頼んでもやってくれている。
なんというか、母親があんなんだからしっかりしてるとは思っていたけど俺としてはもっと甘えて欲しかった。
トマトがあんまり好きじゃないらしく我慢して食べる時以外は特に嫌な顔もしない。
寝るときだってほしいと言えばベッドだって買ってあげるのにいらないと言う。
勉強机もいらないと言うし小さなタンスを買ってあげた時もあまり喜ばなかった。
言わせてもらえば子供が俺の家に預けられた時点でもう姉が俺に迷惑をかけてるんだから仁くんは気にせずに甘えたらいいのに。
そういうわけにもいかないのが仁くんらしい。
会社についてもプライベート携帯は机の上。
仁くんは寂しい思いをしていないだろうか。
あぁ・・・心配だ・・・家に帰りたい。

「子育てって難しいですね、部長」
「・・・お前の仕事は携帯を眺めることか?」

先輩に仕事を追加されてしまった。
鬼畜・・・!
達弥さんは何でこんな人を選んだんだ!
俺の方がいいパパになったに違いないのに!

「部長、俺の夏休みはいつですか」
「あると思うなよ」
「佐々木さん、俺夏休みないらしいんだけどどうしたらいいかな」
「働けばいいと思います」
「川田くん、佐々木さんが冷たいんだけど」
「デフォルトじゃないですか」
「なんかみんな俺に冷たくない?!」
「そんなことないですよ。はい、滝沢さん」
「な、中井くん・・・笑顔で渡す書類の量じゃないよね?」
「リーダー確認が終わらないと部長提出ができないんです。さっさと働いてください」
「あ、リーダー確認でOKのヤツはそのまま俺に流せ。俺今日家族で外食予定だから残業してらんない」
「部長今日家族と外食なんですか?いいなー」
「下の娘と息子が行きたいって言うからさ。たぶん中華」
「中華だったら僕美味しいとこ知ってますよ!後でメールしておきますね!」
「子供が食べれそうなところでよろしく。辛いの食べられないんだ」
「了解でーす。ほら滝沢さん、早くしないと部長が困るんですよ」

なんだかな・・・!
みんな似たような年齢だからって冷たいよね!
俺は鳴らない携帯をそのままに書類チェックをしていく。
片手は電卓計算、片手は誤字チェック。
俺だって仁くんの為に定時帰宅がしたいから必死なのだ。

なんとか頑張って残業1時間と少し。
先輩は怒れる達弥さんに謝りながら急いで帰宅した。
どうやらリュウくんとナオくんが待ちきれなくてだだをこねているらしく大変なようだ。
俺も携帯を開いて仁くんへ帰るよメール。

『仕事終わりました!今から帰るよ(^з^)-☆Chu!!』

家まで電車で20分、徒歩10分。
いつなるかと携帯は握り締めたままだったのにやっぱり返事はなかった。
い、いつものことだからっ!
『(^з^)-☆Chu!!』がうざかったとかじゃないから!
家についてピンポンを3回、俺が帰宅した合図。
ガチャリと音がして仁くんが出迎えてくれた。

「お帰りなさい」
「ただいま」
「お風呂、わかした」
「本当?仁くんは働き者だなぁ」
「・・・帰るってメールきたから」
「ありがとう」

頭を撫でると仁くんは唇をぎゅっと噛む。
ちょっと照れているらしい。

「せっ洗濯物も、たたんだ。でも、まだしまってない」
「じゃあそれはおじさんがやるよ。洗濯物までやってくれて、おじさんは助かりました」
「う、うん」

褒められ慣れていないのかまだ俺に遠慮しているのか。
自分からお手伝いしたことを報告するようになっただけでも進歩かな。
最初は人形みたいに動かなくて、しばらくしたらやたらに掃除をするようになった。
新しい環境に慣れないうちは何もしないでいると不安になるらしいって先輩に聞いた。
だから褒めてあげたり一緒に何かをするように改善はしてみたんだけど。
夜に眠れない様子もないしおねしょ(中学生でも環境が変わったり不安だったりするとするらしい)をするようなこともないし。
まぁ他人の子を育ててきた先輩よりはまだ楽なのかな。
俺から見ればまだまだ小さい仁くんの背を押しながらリビングへ。

「宿題は順調なの?」
「うん。今日は読書感想文も書いた」
「早っ!おじさんいつも夏休み終わってから書いてたよ?!」
「・・・夏休みの宿題だよね?」

姉に似ないで真面目に育ったらしい。
父親に似たのかとも考えたが考えるのをやめた。

「よし、毎日頑張ってる仁くんにご褒美!次の休みにどっか連れて行ってあげる!」

そう言うと仁くんは俺を見上げて、それから黙って寝室に消えた。
まぁ・・・すぐ隣なんだけども。
何かいけない事を言ってしまっただろうか。
心配になって寝室を覗いてみる。
仁くんはタオルケットにくるまって丸くなっていた。
そろりそろりと仁くんに近付いて、すぐ横に腰を下ろす。
しばらく仁くんを見ていて、いい加減声をかけようと思っていたら1度も鳴らなかった仁くん専用の着歌が鳴った。
ちなみにディズニーのあの有名な音楽だ。

『ぷーるにいきたい』

微動だにしない仁くんの頭付近を撫でる。
びくりと1度だけ身体が跳ねて、また動かなくなった。
俺はそのメールに了解と返事をした。




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