暑い夏にもっと暑くなる話

初めて会ったのは高校の入学式。
校門に咲いている桜の木から散る花を一生懸命になって追っていたから。

「何してるの?」
「花びらを捕まえてる」
「ふーん?」
「地面に落ちる前に拾うとね、幸せになれるんだって」

変わった奴だなって思った。
散りゆく花を愛でているわけではないんだ。

「あ、」
「何?」
「頭、花びらが」

そっと俺に手を伸ばして、髪についていた花びらを取る。
にまにまと笑って俺を見る。

「君は花びらを捕まえなくても幸せから寄ってくるんだね」
「迷信・・・つか迷信ですらないでしょ、ソレ」

変な人、それが俺の第一印象。



教室で彼と2人きり、それが日常になっていた。
天城の家は店やってるから両親が家にいるし、俺の家は母親がいるからこの空間と時間が大切だった。

「浜田、キスしていい」
「舌入れないなら」
「やった」

幸せを分けてよと始まったこの行為が特別になったのはいつだったか。
恋人だといえる関係になったのはいつだったか。
でも男同士のセックスを覚えたのは割と最近。
天城のセックスが割としつこいとわかったのは昨日。
変わらないのは幸せの方から僕に寄ってくると言うこと。
いつだって天城からキスをする。

「浜田の唇は柔らかいな」
「硬い奴のが珍しいだろ」
「そう?俺のは?」
「・・・柔らかい」
「その顔好き」
「こっち見るな、変態」

わざわざ言わせて楽しんで。
悪趣味だ。

「したくなっちゃった」
「無理。今日親いる」
「ホテル行ってみる?」
「嫌。他人がセックスした場所だぞ?」
「じゃあココ」

ゆっくり伸びてくる手は俺の頬を挟む。
あぁ、寄ってくると思った時には天城の柔らかい唇が触れた。

「きっとココなら誰もセックスしたことない」
「そうかも知んないけど・・・」
「背中痛くないように抱えてあげるよ」
「無理だって。俺重いもん」
「頑張るよ」

微笑んだ天城に押されながらのキス。
啄む音が無音の室内に響く。

「・・・やっぱり抱えるのは無理だよ」
「いけると思うんだけどなぁ」
「だから、俺が上に乗る」

天城は細めていた目を見開いた。
それから溶け出したチーズよりもでろでろの顔になった。

「じゃあお言葉に甘えて」
「やっぱり持てないんじゃないか」
「そう、持てないの」

天城の膝に乗って、熱くなりはじめた息を吐いて。
おそらくこの教室で初めてセックスをした恋人になった。
校庭には運動部もいたし他の教室には人もいたはずなのに。
記憶に残っているのは少し艶めかしい天城の顔とお互いの熱い息だけだった。



桜が咲き始めた頃、俺達は卒業した。
第2ボタンを欲しがった天城の為にボタンの交換は全部断った。
俺がもらいたいのもあげたいのも天城だけ。
それぐらい真剣に恋人をしていた。

「天城!」
「あ、浜田」

ようやく見つけた天城は入学式と同じように桜の木の下にいた。
まだ散らない桜の下、少し憂鬱そうな顔。
人が大好きな天城には辛い卒業式。

「へこむなよ」
「寂しいじゃない」

元気付けであげようと思って俺は天城に近寄る。
でも天城の学ランを見て、それから近寄るのを止めた。
正確には動けなくなった。

「天城、ボタン」
「ん?あぁ、あげたの」
「誰に?」
「大好きな人。すごく好きな人」

照れたように笑う天城が知らない人に見えた。
誰だお前。

「もう幸せを分けてくれなくていいよ」
「そっか」
「今までありがとう」
「ううん。いいんだ」
「俺に付き合わせてごめん。それじゃ」
「うん。元気でな」

別れが寂しいなんて顔はしていなかった。
当たり前のように目の前から消えた天城。
残されたのは俺と咲き誇る桜。
まだまだ散らない桜の花びらは俺に幸せを運んでは来なかった。



恋人ごっこ、ソレが一番しっくりくる。
天城とセックスをした教室に行って、キスをした場所を巡る。
咲き誇る桜を眺めて、内緒で手を繋いで歩いた道を歩く。
小さなポケットに無理矢理2つの手を詰めて、何気ない顔をしながら指を絡ませた事もあった。
暗いから見えないと別れ際にキスをしたことも、普通のカップルに紛れて河辺で花火を見たことも。
その後に橋の下で隠れてセックスをして、虫さされに悩んだのもまるで昨日のことのよう。
思い出の全てを清算するように、嘘の愛を清算するように天城との記憶をなぞった。
日が暮れる頃、たくさんあるような気がしてた思い出も嘘の愛も清算し終わってしまった。

「案外少ないもんだな」

適当に拾った木の枝で誰の家かも分からない塀を傷つけながら歩く。
よく天城がやっていた。
道標を付けているんだと言ってた。
やっぱり俺には理解できなかった。

「ただいま」
「あら、おかえり。アンタに手紙来てるわよ」
「誰から?」
「さぁ?ピンクの封筒に名前だけ。彼女なんじゃないのー?」
「いないから」

さっき振られたばっかだし差出人なしなんて気持ち悪いし、だから捨ててやろうと思ったのに。
捨ててやろうと思ったのに、見慣れた字で書かれた俺の名前をみてどうしようもなくなった。
封筒の中にはあの時無かったボタン。
メッセージもなく、ただそれだけが入っていた。
寄ってきた幸せは逃げる直線、夜の9時。



走って走って、夜10時。
迷惑とか夜遅いとか何も考えずにチャイムを鳴らす。
出てきたのは天城で、酷く驚いた顔をしていた。
俺は何も言わずに手に持っていたボタンを天城に投げつける。
誰にもあげなかったボタンを全部、それこそ袖のボタンも裏ボタンも全部。

「・・・ボタン」
「俺も、すごく大好きな奴にボタンをあげたの」

どうなりたいかなんて言わなくてもわかってると思ってた。
いつもいつも幸せから俺に寄ってきてたんだ。
でもいざ幸せを掴もうと思ったらどうしたらいいのかわからなかった。
顔から火が出そうで、目から水が出そうで足は浮いたようで何がなんだかよくわからない。

「意地悪してごめんね」
「うん」
「浜田は無理してて、仕方なく俺といたのかと思ったら怖くなったんだ」
「無理してない」
「でも一番は幸せから俺に寄ってきて欲しかったんだ」

そこら中に散らばったボタン。
ただの布になった学ラン。
ボタンと学ランはもう離れ離れ、変わりにくっついたのは俺等の唇。



クーラーのない部屋で全裸で扇風機の風に当たる。
はしたない夏の過ごし方、もう5回目。

「暑い・・・」
「クーラー買いに行かなきゃね」
「天城がクーラー貯金でテレビなんか買うからだ」
「地デジ対応のじゃ無かったんだもん」
「やっぱり電化製品俺が買うべきだった。地デジ対応テレビ、2人暮らし始めたときにはもう出てたじゃんか」

暑くて暑くて汗が止まらないのに俺等はくっついたまま離れない。
どうせシャワー浴びるからいいんだ。

「ボタン冷たい」
「もうメッキも剥がれたね」
「ボタンかチャームかわかんなくてちょうどいいじゃん」

お守りのように、結婚指輪のようにずっと首からぶら下げてたボタンはもうただの丸い金属になってた。
キラキラ光っていた金属は今や鈍く光るだけ。
それでも外さない。

「浜田、キスして」
「ん」

顔中にキスの雨、最後はやっぱり柔らかい天城の唇に。

「幸せが俺に寄ってきた」
「じゃあ次は俺の番」
「喜んで」

幸せに愛された俺等は扇風機から送られてくる人工的な風を受けて今年も暑い夏を過ごす。
風鈴代わりに鳴るのはお互いの首からぶら下がるお互いの第2ボタン。
きっと来年も同じ音をさせているに違いない。
暑い夏にもっと暑くなる話でした。




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