>> 嘘吐きダーリン






「愛しい女性は死んでしまった、これは喜ばしいことだろう?」

KIDは、笑いながらそう言った。両手を広げて、まるで、メモリーズ・エッグの時のように。
彼の手からは、ありえないほどの血が滴っていて、彼の手袋を汚していた。

「名探偵も盛大に祝ってくれよ!地獄へ落ちた彼女へ、派手な手向けをしてやるんだ!」

ばらばらと、今日の戦利品“だった”宝石が足元に散らばる。
その姿は、先日の女性の惨殺死体のようで。俺は思わず目を瞑った。
なんだよ、慣れてるんだろ?と、KIDは笑う。
今日のKIDはいつもと違った。狂気に満ちた目を光らせ、狂ったように踊り笑っている。

「殺したのか」

声が震える。違う、と、言ってほしかった。
俺が愛した怪盗は、他人に優しくて、自分の命よりも他人の安全をとってしまうような人で。
そんなKIDが人を殺すなんて、考えられるはずがなかった。
なのに、運命は残酷で。

「あぁ」

おかげで服が汚れちまって、とまた怪盗は笑う。たしかに、ほんの少しだけ紅がついている。
彼の手では届かないところにあるのだから、やっぱりそれは敵のものなのだろう。

「どうして・・・」

「親父は、あいつらに殺された。俺は決めたんだ・・・絶対に親父の仇を討つって!!」

喜んでくれよ、なんて、俺の職業を知っていて、この怪盗は言う。
喜ぶわけがないだろ。ここで喜んだら、お前の好きな名探偵はいなくなってしまうんだよ。

分かってる。
この男は本気で喜んでほしいわけじゃない。
喜ばない俺を見て、探偵である俺を確かめている。

自分の狂気を、止めてもらうために。





「俺は、」





怪盗の眉がピクリ、と動いた。
その動きはまるで、俺の裁きを待っているようだった。
でも、俺は、

「信じられないんだ・・・!」

そうだ、俺がこの現実を信じられるはずがなかった。
だって、俺の中のKIDは、他人の死で泣いてしまうような人間なのだ。
たとえ恨んでいる相手だって、手を差し伸べてしまうお人よし、それがKIDだ。
俺が犯人を追って危険を冒そうものなら、必ずと言っていいほど助けてくれて、俺の仲間を何度も救ってくれた。

飛行船から落ちたとき、自分の危険も省みずに一緒に落ちてくれた。
遊園地で依頼された事件のとき、橋から落ちた俺を救助し、爆弾を外してくれた。
飛行機が落ちかけたとき、誰よりも的確な指示を出し、滑走路を作ってくれた。
宝の事件のとき、元太たちを危険に晒さないよう先回りをし、見守ってくれていた。
青嵐の事件のとき、俺へのヒントをたくさんくれた。

そんなKIDが人を殺すなんて、考えられなかった。
KIDのことだ。本当はいろいろな手段を使って、手下たちを逃がしたはずだと。

「変わっちまったんだよ・・・」

辛そうな、悔しそうな声。その声を、俺は前に聞いたことがある。
そうだ、あれは、

『くそっ・・・!』

奇術愛好家殺人事件。
目の前で殺された浜野利也。悔しそうに床を叩いた土井搭克樹。彼こそが怪盗KIDだった。
人の死を悼む声だけは、今も昔も変わらない。
なら、

「おまえじゃ、ないんだな・・・?」

KIDの目が揺らぐ。見透かされた、という、恐怖。そして、ほんの少しの絶望。
お前じゃないんだろう。俺は再度問うた。

そうだ、こいつが、人を殺せるわけがない。

あの、強くて優しい怪盗が。
あの、人のために自分の目的を投げ出してしまうような怪盗が。
あの、ずっと俺を見守っててくれた怪盗が。

どうして気づかなかったんだろう。どうして、疑ったりなんかしたんだろう。

さっきまでの自分に猛烈に腹が立つ。
一瞬でもこいつの奇術(ウソ)に騙された、その事実に腸(はらわた)が煮えくり返ってしょうがない。
一番分かっていると思っていたのに。また、対等から一歩遠のいた。
悔しさに唇を噛む。KIDはそれを見て、傷がつくと焦る。その様子に、俺は安堵した。

――――――あぁ、KIDだな。

KIDは俺がどんなことがあっても探偵であることを知っていて、それで試したのだ。
殺人犯となった自分を断罪するか。
それとも、他人から告げられた偽りの真実から目を背けるのか。
俺は後者を取ってしまったが、それが正解だったのかは分からない。
けれど、彼を好きである自分は、探偵である前に、やっぱりひとりの人間なのだ。

「嘘吐き」

「・・・・・・事実を歪曲して伝えただけだ。
 彼らは結局、俺が殺してしまったようなものだから」

きっと、KIDの言う“彼ら”とは、同じ女性に恋をした憐れな男だったのだろう。
その人たちは、逃げられないと悟って、自ら命を絶った。
それでも、この優しすぎる怪盗は、自分のせいだと嘆くのだろう。

それならば、俺は。



「俺に捕まる気はねぇか?」

できれば、自首をお勧めするぜ?



そう言って笑えば、KIDはきょとんとした顔をして。
そうして俺は、KIDの、いや、黒羽快斗の身柄を確保することができたのだ。







そして、愛しい女性は姿を消した。



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