>> 踊れ、恋情の最中で





何もかも忘れさせてやるよ。そう言って低く嗤った男の顔が忘れられない。




俺は一人失恋の悲壮感に項垂れていた。俺は蘭のことが好きだった。その筈だった。疑う余地は微塵も無いと思っていたし、事実性的な感情を抱いたことすらある。それが世間一般の高校生の男女の関係だと思っていた。確かに世間の男子諸君に同意を得ることは容易いだろう。しかし俺は気付いてしまったのだ。小さい頃から大事に温めてきた感情がいつの間にか変化していたことに。つまり俺は、告白する以前に失恋を経験してしまったわけである。これを正確に失恋と定義するかはこの際無縁のこととしておく。


「…で、工藤君は俺を呼び出してぐだぐだ愚痴る、と」
「…俺の事情を知ってるのはお前と志保位なんだからしょうがねぇだろ。志保なんか呼んでみろ、俺は明日呼吸をしているか分からない」
「……確かに否定は出来ないな。志保ちゃん絶対面倒がるだろ」
「そういう結果お前にお鉢が回ってきたわけだ。ただ酒飲めると思って付き合え」
「…了解。けど酔っ払いの面倒見るのはごめんだからな」


黒羽の苦笑いに、ほろ酔い加減で俺は上機嫌に笑う。黒羽の面倒見の良さと付き合いの良さはきちんと理解している。俺が呼び出しさえすればバイトや怪盗の仕事が入っていない限りはやってくるし、面倒に巻き込んでも文句を言いながら手伝ってくれることもしばしばだ。友人としてはこれ以上に文句の付けようがない男だと思う。それが分かっているから、最近俺は黒羽にべったりなのだ。学部も異なるというのに俺は毎日黒羽と会話をし、一緒に飯を食い、夜中まで遊んでいる。学部内にも友人がいないことはないが、黒羽に比べれば付き合いは格段に希薄だった。


「…工藤、そんなハイペースで飲んでると潰れるよ」
「黒羽がいるだろ。俺の家で潰れても誰も文句は言わねぇ」
「一方的な失恋がショックなのは分かるんだけどさぁ。俺も経験したことだし?前向きになることも必要だよ、割り切らねぇと」
「割り切れねぇから飲んでんの!口煩く言うなら追い出すぞ」


ムッとして唇を突き出して怒ったような顔をしてみせると、黒羽はそれは勘弁してくれと日本酒に口を付けた。ハイペースで飲んでいると俺に指摘して見せた黒羽だったが、アイツこそ結構な勢いで日本酒の一升瓶を開けている。辺り一帯の床には俺の飲んだビールの空き缶が乱雑に散らかり、気軽に手を伸ばせるような位置にはつまみの類が一群をなしていた。二人で飲むのには些か量が多過ぎると思ったが量があるに越したことはないと適当に封を開ける。次から次へと手が伸び終いには一人で袋を空にしてしまった。今までこうして酒で何かを清算してしまおうと思ったことはなかった。忘れてしまいたいほどの喪失感に出会ったことが無かったからだ。俺が、工藤新一が江戸川コナンになってしまってから暫くすれば蘭への恋情は友愛に変わった。いっそ鮮やかなまでの方向転換に面食らってしまったのはつい最近のこと。いつの間にか変化していた感情にも気付かず工藤新一としての日常に戻った俺は、以前と変わらず中途半端な関係を続けていた。平行線を保ち続けたまま高校を卒業し、大学進学と共に自然消滅という形で俺達は道を別った。それから暫くして、気紛れで付けたテレビが垂れ流していた連続ドラマを適当に追っているうちに気付いた唐突な失恋は、精神的に甚大なダメージを俺に与えた。過去最大の恋愛感情はいとも容易くまるで砂上の楼閣のようにさらさらと崩れ去ってしまったのだ。瓦解した足場と共に底見えぬ暗闇に放り出されてしまったようだった。


「…もう忘れてしまった方が楽だと思うけどなぁ」
「…俺だって忘れてしまいたいよ」


黒羽の甘い誘いに俺はそう呟いた。その瞬間黒羽の紫紺の瞳が獰猛な輝きを得たのに、俺は気付かなかった。俺は、相当酔いが回っていたのだ。





「…なら、何もかも忘れさせてやるよ。一時だけでも、目前のことしか考えられないようにしてやる」





黒羽はそう言うといきなり俺の上に伸し掛かる。俺は慌てて身を引くが黒羽は強引にそれを遮り押し倒した。人一人分の重みがその分だけ俺の動きを制限する。当の俺はパニックと全身に回った酔いで正常に頭が働かなかった。これはいったいどういう状況なのだ。全く現状を把握できない。照明で陰になった黒羽の表情は見えず、彼が何を考えているのか全く読み取れない。狼狽えるばかりの俺の唇を、黒羽は強引に奪った。突然のことに上手く息継ぎが出来ずに暫くすると酸素を求めてまるで魚のように口を開けるが、それを好機とばかりに黒羽の舌が口腔内に侵入する。初めての本格的なキスに動揺した。こんな黒羽は知らない。慣れたようにこの行為を仕掛けてくる黒羽は、まるで別人のようだった。


「…は、抵抗、しねぇの。そのまま続けるよ、俺」
「…何がしたいのか、俺にはお前の真意が掴めないよ」
「…真意、ね。何がしたいかなんてそもそも、お前も気付いているだろう。…セックスだよ、ただ生理的な欲求を満たすためだけの非生産的な行為だ」


俺の沈黙をどう受け取ったのか、拒絶は許さない、と黒羽は目を細めて言った。そのまま長い指が首筋を這い、ぞくりとした感覚が俺の背筋を駆け上がる。華麗なマジックを生み出す綺麗な指先が俺の平たい身体を撫で回していく。そう考えただけで俺は震えた。男同士だという嫌悪感は微塵も無かった。ただその間黒羽は無言で俺のシャツを肌蹴させていく。胸元に唇を寄せると乳首を思い切り吸い上げる。予期せぬ感覚に俺はみっともなく女のような甲高い叫び声を上げた。


「ひっや…!んっ…!」
「…初めての割には感じるんだ。へぇ、結構淫靡な身体だな」
「う、るせぇな!さっきのは不可抗力みたいなもんで…」
「ふぅん、不可抗力、ね。これから先そんな言い訳じゃ通用しないんだから素直に認めてしまえばいいのに」


そう言うと黒羽はつつーっと胸元から腹部にかけて指を這わせる。それだけで俺の体は律儀に反応を返すのだから都合が悪い。黒羽はくすりと意地が悪そうに笑った。そのまま下腹部に到達した指先はベルトのバックルを外しスラックス内へと侵入する。下着の中にまで潜り込んできた時点で焦った俺は、慌てて黒羽の手を制止する。これ以上はよくない。友人の一線を越えれば何が待っているか分からない。


「待て、黒羽!これ以上は…!」
「…俺、拒絶は許さないって言ったよね。工藤は忘れたいと言った。俺はこの先を望んでる。完全に利害は一致してるんだよ」


抵抗を無視して黒羽は下着に手をかけた。普段は晒すことのない部分が外気に触れて身震いした。乳首を軽く弄られた時点で反応していたモノを長い指が弄ぶ。長いこと自分で処理していなかった分反応が早い。数回扱かれれば半勃ちどころか殆ど完勃ちに近い状態だ。俺は居た堪れなくなって目を逸らす。黒羽の微かに笑った気配が伝わって俺は一層赤面した。それも束の間次の瞬間にはぬるりとした感触が這って俺は股間を凝視する。黒羽が、俺の勃ち上がった性器を躊躇いなく口に含んでいる。俺はあまりの光景に逃げようと腰を引いたが、黒羽の腕が絡み付いてそれを許さない。赤い舌が見え隠れして俺の性器を舐め上げる度に嬌声が口をついて出るが、あまりの快感に口を閉ざす余裕すらない。あられもない声を上げてよがる俺を黒羽は上目遣いで見遣ると、舌と口の動きを一層激しくした。追い詰められて行く感覚に確かに、何も考えられなくなる。


「…あっ、や…っ!んっ…!んうっ…!」
「…淫乱。もうイきそうだろ」
「…あっ、…んっ…!んんっ…!」
「…イってもいいよ」


黒羽はぐり、と舌を先端に押し付けた。途端に限界だった俺の身体はびくびくと痙攣して精液を吐き出す。黒羽はそれを搾り取るように何度か根元から先端を行き来した後、ちゅぱ、と派手な音を立てて唇を離し見せつけるように赤い舌で唇を舐めた。白濁とした液体が絡み付いている赤い舌は、酷く扇情的だった。はぁはぁとまだ肩で息をする俺に黒羽は顔を近づける。それはもう雄の本能を隠すことなく前面に出した男の顔だった。欲情した瞳が俺を捉える。その瞳に映る俺の姿も大概いやらしかった。この閉鎖的な空間に欲情した獣が二匹、飢えた瞳でその先の快感を渇望している。


「…お前だけだなんて許さない」
「…くろ…!」
「……お前のせいだよ、工藤…」








「ひああっ…!くろば、くろば…!だめ、も、イく…っ!」
「…工藤…っ!っは、もう少し、堪えろよ…!」
「むり…っ!んんんっ、だめっ…」


行為も終盤を迎えると黒羽の背中に躊躇いもなく爪を立てる。そうでもしないと溺れてしまいそうだった。跡が残るなどと心配する余裕は微塵も無かった。黒羽は痛みに僅かに顔を顰めたが、腰を打ち付けるスピードに変化はない。俺の性器を片手で扱きながら最初よりも格段に大きくなった黒羽の性器が後孔を器用に抉っていく。俺はもう限界に近く、我慢しろと言われたところで不可能な話だ。何度か穿たれれば呆気なく果てる。二度目の射精は酷い疲労感をもたらした。しかし感覚が敏感になっているところを構うことなく本日一度も達していない黒羽がぐちゅぐちゅと掻き回すので、気がおかしくなるかのような更なる快感を与えられた俺は果てたにも拘らず立派に硬度を取り戻している。口からは言葉にもならぬ甲高い声が引っ切り無しに上がる。両足を大きく開かせた黒羽は時折首筋に吸い付いて赤い跡を残しながら、激しく腰を振ると低く呻いて体内に大量に精液を注ぎ込んだ。体内に迸る熱い液体に、敏感な身体は再び胸元まで白濁色の液体を飛ばす。裸の身体の間には二度も出したからか俺の精液で随分濡れていた。黒羽はそれを指で掬って糸引く液体を舐める。それに赤面した俺は慌てて叫んだ。


「ばっばか!舐めんじゃねぇっ!」
「…いいじゃん、別に、もう最初に飲んだわけだし」
「そういう問題じゃない!」
「…でも、一時でも忘れられただろ」
「っそれは…!」


快感に染まっていた自分の頭を思い出して俯く。確かに忘れていたのは事実だ。否定はしない。しかし簡単に認められるほど俺は神経の図太い人間ではないのだ。返す言葉が見つからず言いあぐねていると疲労感からか睡魔が急速に俺の身体を支配する。寝てはならないと思うのに、もう、眠気には逆らえない。思考は、そこで途切れる。


「…寝ちゃったか。ああ、何て俺は卑怯なんだろうな。付け込むような形で有耶無耶な関係を築きたいわけじゃなかったのに。どうも上手く行かないな」


黒羽は小さく呟いた。寝息を立てる工藤の髪を優しい手付きで撫でてやる。独占欲だなんてみっともない。そう思うのに、自分だけを見てほしいという気持ちは日増しに大きくなっていた。上手く抑え込んでいけると思っていたのは最初の頃の話で、コントロールし切れなかった感情が今日遂に爆発してしまったのだ。これからどんな顔をして会えばいいのだろう。黒羽は自責の念に頭を悩ませながら洗面所へと向かう。何もかも忘れてしまいたいのは、自分の方だった。




 


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