>> 氷と焔 04





「…教会に行くぞ」
「今からぁ?」
「行きたいって言ってただろ」




朝も早い時間からオレは快斗を連れ出した。先日の会話からは見てとれなかったがどうやらコイツも楽しみにしていたらしい。足早に慣れた道を歩いてゆく。東からの朝日がとても眩しい朝だった。




「…何だよこの規模の大きさ…」
「金かかってんだろ?村のヤツら全員が出して築いたんだよ」
「信仰心ってスゲーよな」




快斗は余程感心したのか教会の外観を食い入るように観察している。時折外壁に手をついて感触を確かめながら凄い、と頻りに褒めていた。もしかしたら建築の方に心得があるのかもしれない。快斗は中に入ってもよいかと訊いた。




「教会は誰にでも開かれてるよ。信仰していようとしてなかろうとな」
「へぇ、てっきり信ずる者にのみ扉は開かれる!って言ってるのかと思ってたけどなぁ」
「そんなに狭い御心でいらっしゃる訳がないだろう?」




笑う快斗よりも先に教会の扉を開く。ここの教会の自慢といえば、神様の像の後ろと天井を飾る豪奢なステンドグラスだった。神様の石像は村外で造られたものが配ばれ、その造形の美しさに誰もが感嘆の溜め息を吐いたものだ。その石像を太陽の光に輝くステンドグラスが装飾し、神々しい雰囲気が教会中に満ちていた。何度見ようとも一度として同一の風景を見たことはなく、ただただその照らし出される美に毎度言葉無く立ち尽くす。快斗も同様なのか一言も口をきくことなく二人して入り口に立ったままだ。つかつかと足音を立て中央に伸びる赤い絨毯の敷かれた道を歩けば快斗は黙ってオレの後に従い、祭壇の近くまで来て漸く、村の信仰はかなり広まってるんだなと小さく呟いた。この村には誰一人として神様を信じていない人間などいない。快斗は外者だからそういった信仰心は持ち合わせていないだろうが、この村では神様は絶対的な支配者であり救世主なのだ。例えそのお姿を見た者がおらずとも。




「…これだよ。これが神様の像だ」
「…うっわ、こりゃ金かかってるわ。こんな出来のいい石像見たことねぇ」
「この国一番の作り手の作だそうだからな」




ふーん、と意味深に頷く快斗に違和感を覚えたが、祭壇の観察を始めた快斗にその真意を問うことは出来なかった。オレは快斗の姿を椅子に腰掛けて眺めることにして、暫し神様に思いを馳せる。今まで、大くの友が神様の元へと旅立った。最期には笑って、行ってくるよと皆が言うのだ。オレも笑顔でじゃあな、と快斗に言えるのだろうか。この温もりから抜けることが出来るのだろうか。自分を見失ったオレは、溜め息を吐いた。




「ああ、新一さんじゃないですか」
「あ、司教様!」
「お連れさんですか?」
「はい。黒羽快斗と言ってオレの家に一緒に住んでるんです」
「…そうですか。どうもよろしくお願いします、黒羽さん」
「…どうも」




入り口から司教様がお見えになって、オレはいつものように挨拶をする。この温厚なお方こそがこの村に神様を導いてくださったのだ。この村では神様のお言葉をお伝えになる使者なのだと崇められている。オレは嘗ては事あるごとに司教様に相談していたが、今では悩みはほとんど快斗に話していたからこの教会に来たのも久し振りだし、司教様に会ったのも久し振りだった。家の小さな像に祈りを捧げるだけにしていたのだ。




「…新一、帰ろうか」
「え?まだ来てそんなに経ってないけどいいのか?」
「…うん、一通り見たしね。いい造りしてますね、この教会」
「そうでしょう?村の外でもこんなに立派な教会なんて中々ありませんしね」
「そうですね。では、このあたりで失礼させていただきますね」
「ええ、またいらしてください」




快斗は何となくいつもの雰囲気と違った。刺々しい空気を纏っている。相変わらず温厚な気配を漂わせていらっしゃる司教様とは真逆で、教会に充満した空気がビリビリと震えているような気さえした。最後にニッコリと笑って快斗は司教様に背を向けるので、オレは慌ててその背を追う。小さく会釈をすると司教様はやはり笑っていらっしゃって、何故か身が震えた。




教会を出てからも快斗は無言だった。名でさえも呼ぶのが怖い。そんな恐怖感を抱かせるような尖った気配だった。オレはこんな快斗を知らないし、何を思っているのかも分からない。あ、と何とか絞り出した声も小さく、そしてその後に続く言葉を今のオレは持ち合わせていない。何だか昨日の光景がダブった。




「…ねえ新一」
「っ…何だ、」
「今晩何食う?」
「…え?」
「オレすっげーカレー食いてぇんだけど作っていいかな?」
「え、いや、うん、…いいけど?」
「やった!いやーオレさぁ、カレーにするか餃子にするかすっげー悩んでたんだよね」




はぁ、と吐いた溜め息に不思議そうな顔をした快斗に脱力する。真剣に悩んだ時間が非常に馬鹿らしい。ふは、と相互にだらしなく笑うと何でも楽天的方向に転がるからどうにも憎めないのが、快斗の長所だと思う。けれどもオレは、いつだってこうして快斗に流されていることに未だ気付くことはない。気付いていたからといってエンドが変化するとは限らないが、少なくともこの手で出来たことがあったはずだ。闇色の雲が、すぐそこまで近付いていた。雨が降るよと言った快斗の背が、漠然と遠くに感じられた。




 


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