特に何か用事があったわけではなかったけれど朝、早く起きたからなんとなくボーダーに来た。土曜の早朝なんて人が多いわけがなくて、ランク戦のブースを見るけれど、そこにあったのは二つの番号だけだった。
こんな朝早くから来る物好きはどんな人だろう。自分のことなんて棚にあげて、モニターを見上げる。
画面では孤月使い同士でぶつかり合っていた。一人は女の子でもう一人は男の子。終わったら相手をしてくれないかなぁと考える。もちろん男の方に。辻は女の子が大の苦手だった。ランク戦で囲まれれば何もできずにすぐ落とされるし、話すことも、触れることなんてもっての外。

トリオンに差がなければ孤月同士の小競り合いで折れることなんてなかなかない。どちらも一歩も引かず、実力も拮抗しているようだった。十本勝負の残りは一本で、現在リードしているのは女の子だった。引き分けか、男の敗北かを決める勝負。しばらく決着はつかないだろうと思っていた。なかなか決まらない勝負にイライラしたのか男が乱暴に孤月を振り回す。女の子の左腕が落ちるが少年の胸はガラ空きだった。あぁ、これは少女が勝つなと思っていた。
落ちた少女の腕が飛んでいく。トリオン体なのだから痛みはないはずだ。痛覚をゼロにしていなかったとしても動きが鈍るほどにはしていないはずだ。少女が丸い目を見開く。その顔が恐怖に染まるのをみた。

どくどくと心臓が脈打った。そんな顔を見せないで欲しかった。少女の全ての感情を、まだ見たことのない喜びの感情も、怒りの感情も、恐怖する感情でさえも自分に向けてほしいと思った。孤月以外にもトリガーを使っているようだったから、正隊員であることは確かだった。自分の手元にあった携帯で調べていく。自分の感情が歪んでいるのは分かっていた。自分らしくない行動であることも理解していた。カツカツと爪の先が音を立てて端末を操作する。

「あった」

ミョウジナマエ。孤月のポイントは4500とそう高くない。自分が近づける手段を考える。あの調子だとまだ師匠はいないだろう。自分の孤月のポイントはマスタークラスに届いている。これならいける。ランク戦のブースから出てきた少女・・・・ナマエに声をかけようとついていく。スーハー、と深く深呼吸をする。ナマエは飲み物を迷っているようで、右手をあげてどっちにしようかなぁと細い指を動かす。

「あ、あの・・・」

ガタンとペットボトルが落ちてきた音がして、辻の声がかき消される。しかしナマエには届いていたようで潤いのある髪を揺らしながら振り向いた。
パチリと瞬きをしたナマエの瞳と目があって、ばちんと身体中に電流が走ったような気持ちになる。考えていた言葉が全て消えて、頭の中が真っ白になる。はくはくと口を何度か開閉して言葉を詰まらせる。早く、早く喋らないと。焦って体を震わせる辻をナマエが急かすことはなく、じっとその言葉を待った。ごくりと口の中に溜まる唾液を飲み込んで覚悟を決める。

「お、俺の、で、弟子にな、りませんか?」

驚いたような顔をしたナマエの目が見開かれる。こんな表情もするんだ。先程の戦闘時と同じような表情の使い方だったのに、受ける印象は全く違った。可愛い。接点がない二人にはあまりにも唐突すぎる言葉だったのに、それを悔いる余裕もないほどに辻はナマエに夢中だった。その呼吸一つさえも見逃したくなくて、自然と自分の息を殺していた。

「よ、よろしくお願いします!」

ぺこりと頭を下げたナマエに息が止まる。自分の言葉に返してくれた。投げた自分の気持ちが返ってきた。鈴のようなナマエの声が辻の鼓膜を揺らす。ナマエの返事一つで辻の胸が満たされて、その言葉に、声に陶酔した。






気付いた時には作戦室にいた。ナマエと話した後の記憶は緊張からか完全になかったけれど、辻の心は幸せに満ち溢れていた。ボーダー用の端末に表示される名前を見てまた満たされる。

「辻ちゃん、どうしたの?彼女でもできた?」
「いえ」

辻が握りしめていたのはボーダー用の携帯端末だから犬飼もそんなものではないと知っていて聞いていた。それが分かっているから辻は慌てることもなく、首を振った。

「弟子を取りました」

犬飼の驚きの声が作戦室内に響く。
これからやってくるであろう幸せな未来に想いを馳せて辻は緩く微笑んだ。









白い訓練室内でナマエが横たわった。自分から言った訓練だけど、自分の刃がナマエに傷をつけるのだと思えばバクバクと心臓がうるさく音を立てた。この音は聞こえてはいないだろうかと心配になってグッと隊服の心臓のあたりをを掴んだ。
震える手を押さえ付けて孤月に力を込める。カタカタと音を立てる孤月を振り上げる。左腕をその刃が掠ってナマエから少量のトリオンが漏れる。ふぅ、と自分が吐いた息が四肢を投げ出した彼女と重なったのは気がせいではないと思う。

「し、師匠」
「ひっ!ひゃい!」

声をあげた辻を見てナマエが笑う。怯えた表情から柔く唇が緩んだ。可愛い。すごく可愛い。この表情は、ナマエの感情は自分に向けられている。じわじわと広がる喜び。彼女からの感情はこんなにも心地良い。

「一気に!お願いします」
「ゎ、かった」

歯を食いしばってナマエの右腕を落とす。次いでトリオンの漏れている左腕、右足、左足と落としていく。少し震えたナマエがもぞりと体を動かす。あぁ、そうか。手足がないから動けないんだ。今、彼女は自分の意思で立ち上がることができないんだ。
ぞくぞくと背中を快感にも似たようなものが走る。息が浅く、荒くなっていく。頬がいつもとは比べ物にならないほどに赤く染まる。体の奥から湧いてくる熱に頭がおかしくなりそうだった。

「だ、大丈夫、ですか!?」

ナマエの瞳には自分しか映らない。彼女が頼れるのは自分しかいない。可愛い。好きだ。愛おしい。

「師匠・・・?」

不思議そうなナマエの声が響く。それに応える余裕もなく、自分の瞳に溜まる水滴でナマエの姿が揺れるのが酷く腹立たしかった。






















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