落ち着かなくて、作戦室内をウロウロと歩いていれば、鬱陶しいと二宮さんに追い出された。普段、ランク戦前は犬飼先輩と最終調整をするはずなのに、いきなり外に放り出されればどうすれば良いのかわからない。せっかくミョウジさんが見にくるのに。
師匠らしいところを見せられるかな。情けないと思われないかな。前回のランク戦とは違って丸一日考える余裕があった分、余計なことまで考えてしまう。格好悪い姿を見られて見限られてしまったらどうしよう。どうすればミョウジさんにかっこいいと思ってもらえるのだろう。ランク戦直前だというのに考えるのは勝敗などではなくて、ナマエのことだった。
ぐるぐると回る思考の中歩き回り、到着したのは個人ランク戦のブース。流石に今個人ランク戦をすることはできないが、もしかしたら彼女がいるかもしれない。そんな期待をしながら当たりを見回す。
「ナマエ先輩、そんなんだから強くなれないんですよー」
「分かってるよー・・・」
ぴたりと動きを止めて声のする方をみた。拗ねたように口を尖らせるナマエとそれを突く緑川。
「俺がスコーピオンの使い方教えるって言ってるのに」
「で、でも私孤月が合ってるし。それすらあんまり使いこなせてないのにスコーピオンもだなんて無理だよ」
「選択肢は増えた方が良いでしょー」
「それはそうだけど・・・・」
随分と仲良さげに身を寄せ合っている。身長が近い分顔も近くにあって頬同士を擦り合わせているようにすら見えた。
「グラスホッパーも使ったら?ナマエ先輩小回り聞くんだから辻先輩じゃなくて俺に弟子入りした方が良かったんじゃないの?」
聞いていられなかった。見ていられなかった。自分の前ではしない表情をしていたから。自分が一番近くにいるわけではないと改めて思わされてしまった。知らなかった。緑川と仲が良いことも。でも、だなんて反論をすることも。見たことがなかった。奪られてしまうと思った。
ギリギリと歯を噛み締めて二人の間に割って入る。緑川は特に悪気があって言ったわけではなかったが近づいてくる辻を視認し、げっと顔を歪めた。
「ミョウジさん」
「あ、師匠!」
緑川の視線を辿り、その先にいる辻に気付いたナマエは頬を緩めた。駆け寄ってきたナマエが酷く可愛くて、愛おしくて、憎らしかった。
「ぅ、ランク戦、見るんでしょ」
長い間視線を合わせることは難しくて、ナマエとは反対側に顔を逸らせば緑川と目が合った。その目には今まで見てきた誰よりも熱がこもっていることに気付いてしまう。仲の良い先輩を奪られて嫌だった?自分の弟子候補が他の人の弟子になっていて嫌だった?話の途中で割り込まれてしまったのが嫌だった?どれでもいい。緑川には悪いがどう思っていたって良かった。ナマエが自分を見てくれるのなら、他の人なんてどうだって良かった。
「あ、そろそろ時間ですね!師匠は準備しなくて大丈夫なんですか?」
落ち着きがなくて作戦室から追い出されただなんて言えないから目を逸らした。それにナマエは首を傾げるが問い詰めることない。
「楽しみにしていますね!頑張ってください!」
きゅっと口角を上げてにっこり笑うナマエが可愛らしい。弧を描いた唇に触れたくなる手を押さえつけて、こっちに来て、とナマエを連れて歩いた。ちょこちょこと自分よりも小さな歩幅でついてくる。なんだか暴れ回りたい気分になった。
「お、辻ちゃん帰ってきた。ナマエちゃん、ランク戦ここでみるの?」
「実況があるところで見た方がいいんじゃ・・・」
「おい、時間だ」
キョトンとする犬飼と氷見だが、そうゆっくり話していられる時間はなくて、オペレータールームに入る。
「っミョウジさんは、そこで、見てて」
一つ椅子をひいてから辻もその後を追う。飲み物まで用意をする暇はなかったが、ナマエの手にはミルクティがあったから大丈夫だろう。
どくんどくんと心臓が音を立てる。ナマエがモニター越しに自分を見ているのだと思うと、身体中に痺れが走った。
「辻ちゃん、準備は良い?」
見透かしたようなタイミングで犬飼は辻の背中を叩いた。びくんと震えるがそれは武者振るいだと信じたい。
「犬飼先輩。辻くんにちょっかい出さない。転送開始されるよ」
背中から手のひらが離れていく。目を瞑り、深呼吸をする。
再び目を開く頃には景色は変わっていて、腰にある孤月の柄に触れる。深く息を吸い込んだ。
ギン、とブレード同士がぶつかり合う音が響く。オペレータールームには氷見もいるが、ナマエは二宮隊の隊室で一人、手に汗を握りしめていた。モニターに大きく映し出された師は、二人に挟み撃ちされて危機的状況だった。
頑張って師匠。負けないで。願いも届かず、辻のブレードを持った右手が飛んだ。
「ぁ・・・・」
どくんと心臓が大きく音を立てた。肩から流れるのは赤い血などではない。トリオンだ。これは生身ではなくトリオン体だ。自分に言い聞かせるように呟いた。分かっているのに。それでも体が反応してしまうのは止められなかった。
「ハッ、」
呼吸が浅くなって、視界が歪んでいく。キーンと耳鳴りがして、耳を塞いだ。
これはトリオン体。本当の体じゃない。
本当に?
大丈夫。切られた体は戻ってくる。
戻って来なかったら?
トリオン体は痛くない。
そんなの自分の体じゃないから分からないでしょう?
「ぅ、」
異常な程に震える体を押さえつけて、張った涙で揺れる視界にモニターを入れる。
戦闘体活動限界 緊急脱出
辻の体は大きく切られ、光となって飛んでいく。
「ぅあ、や、だ。やだっ!」
大丈夫、師匠はちゃんとベイルアウト用のベットに戻ってきている。
死んでるんじゃない?
ボーダーのトリガーは優秀だ。
本当はあの光が向かった先はベットではなくて、天国なんじゃない?
違うのに。生きているって分かっているのに。体の震えは止まらなくて、あの頃とは比べ物にならないくらい大きくなった自分の体を抱きしめた。