もう少し。もう少しでナマエが自分のところに堕ちてきてくれると思った。
後輩から久しぶりに部活に顔を出さないか、と誘われた。何も言わずに行ったのはわざとだった。ほんの少しナマエのことを突き落とす何かが欲しかった。部活をしていたときは早くナマエと帰りたくて残らなかった自主練も、今までで一番長くいた。どうしたんだろうと後輩たちが言っている声が聞こえたけれど、久しぶりだから、と言えば納得してくれたようだった。
ドキドキしながら靴箱を見に行った。ナマエの靴はあった。ナマエは俺を待っている。心を柔らかい羽で撫でられるような擽ったい感覚。上がる口角を懸命に戻して自分の教室のドアを開ける。
ふわりとナマエの小さい体が宙を舞った。自分の使っている机に膝をかけて窓の外を見下ろしていた。今にも消えてしまいそうな後ろ姿に思わず声をかけた。傾いていく体を必死に抱きとめて、その愛しい生き物を自分の胸の中に閉じ込める。
「何・・・してるの」
強張った声にナマエの肩がぴくりと揺れる。何かに怯えるようなその瞳を見たら、安心させなければいけないと思って冷たくなった頬を撫でた。
「けんま・・・・」
「なに」
小さく掠れたその声は耳元でなかったら絶対に聞こえていなかった。
「はなれたら、いや」
ひゅっと小さく息を呑んだ。ナマエが俺を求めてる。ゾクゾクと快感が駆け抜ける。ナマエが、自分の意思で、俺と離れたくないと言っている。俺と離れるなら、俺と一緒にいられないなら、ここから飛び降りて、灰になっていたかもしれない。ナマエの命まで手に入れたような気分に陶酔する。ポロポロと溢れていく涙が綺麗で、ずっと手元に置いておきたいくらいに輝いていた。
「離れないよ」
机の中に入れていたタオルは地面に落ちていたから、ポケットに入れていたハンカチでナマエの涙を拭った。
「俺は、俺だけはナマエとずっと一緒にいる」
この日、俺は確かなものを手に入れた。