乙骨先輩が外国へ旅立ってしまってからというもの訓練が捗らなくなってしまった。
「まずナマエちゃんがしなきゃいけないのは身体強化だってことはわかるよね?」
こくんと頷いたナマエにぬいぐるみを手渡す。
「走りながらこのぬいぐるみに呪力込めてみて」
先輩に言われた通りに呪力を込めながら走るといつも以上に息が切れるのが早く、すぐにバテた。ばたん、と地面に倒れ込んだナマエの腕からもぞもぞとぬいぐるみが動き出す。
「ひっ!」
驚きに声をあげるが疲れ切っている足は動かない。
「そのぬいぐるみ一定の呪力を込め続けないと起きて攻撃を仕掛けてくる呪骸だから」
「へ?」
怪我をしない程度の力で横から殴られ2、3メートルは飛んだ。
「ごめんね、一度こういうのは一度体験した方が成長するって五条先生が言ってて自分もそうだったから・・・」
乙骨は追撃に入ろうとする呪骸の頭をがしりと掴むとナマエから遠ざけた。その呪骸はどうやら学長から貸してもらったものらしく、僕がいない時は学長に貸してもらうといいよ、と教えてもらえる。
「これ持って走っても大丈夫になったら自分の術式について考えようか」
最初の頃は呪骸を持って走り終わるとすぐに地面に倒れ込み、眠ってしまっていた。自力で立てることもあったが、乙骨先輩が部屋まで運んでくれる日も少なくなかったため、翌日に額を地面に擦り付けて謝ったのは記憶に新しい。優しく、しかし意外にも甘やかさない乙骨先輩が日本を飛び出してから2ヶ月。私はやっと訓練に余裕を持てるようになってきた。乙骨先輩の言葉通り自分の術式について考えてみるが、さっぱり分からない。五条先生曰く、呪符を書くことが上手いけれど正確にはそれは術式の力の一部であって術式ではないらしい。
それでも術式の力の一部であるのであれば、呪符を書き続ければ自分の術式についてわかるようになってくるのでは?と考えて、書き続けた結果部屋の中は呪符まみれになってしまい、すでに自分の睡眠のスペースにまで侵入してきてしまっている。
「え?呪符の処理の仕方に困ってる?どういうこと?」
「・・・・とりあえず来てくれませんか?」
女の子としては足の踏み場もない部屋に人を呼ぶのは気が向かなかったが迂闊にゴミ箱に捨てたりしてどうにかなったら大変だ。
「やだあー、ナマエちゃんのえっち!先生を連れ込もうとするなんてぇ」
ふざけたことを言いながら腰をくねらせた担任は見なかったことにしよう。
「おおお。思ったより大量だ。呪われた部屋みたい」
部屋の扉を開いた瞬間に視界に入ってくる呪符の山に五条は引き攣った笑みを見せた。
「これの処理の仕方が分からなくて・・・」
「うーん、売ろうか」
足元にある数枚を拾ってナマエに見せた。
「このくらいの呪符であればかなりの額で売れるよ。そのお金で呪具とか買っとく?」
確かに呪具があれば多少は戦いやすいかもしれない。特訓に呪具を用いての訓練が追加されるのは大変だろうが。
先生は呪符を買い取ってくれるという人の連絡先を教えると床に落ちていたものをごっそりとポケットの中にしまった。・・・別に良いんだけど何に使うんだろう。先生ほどの術師がナマエの呪符を持つ意味がわからない。封印系の呪符だから苦戦するような呪霊になら確かに使えるだろうけど、先生なら一瞬で祓えるだろうに。
「そんなに呪符を書きたいなら依頼でも受ければ?伊地知に聞いてみてよ」
先生は誤魔化すように軽薄な笑みを浮かべた。
「え?呪符の依頼ですか?確かに封印の呪符が大量に必要だと、小耳に挟みましたが・・・」
「最近呪符を大量に書いていて・・・。依頼を受けることはできませんか?」
「少し調べてみますね。ナマエさんの書いた呪符を見せてもらえませんか?」
依頼を自分から取りたいと言うのだからサンプルとして求められるのは当たり前だと思っていたため、呪符を入れたポーチを渡す。
「放課後にまた来ていただけますか?その時までには調べておきます」
大変優秀な伊地知さんは学生の頼み事でも最速でこなしてくれるらしい。目の下に沈着した隈を見て申し訳ないな、という気持ちとありがたい、と思いが混在する。今度外に出た時差し入れを渡すことにしよう。