入学してからしばらくたって呪術高専での生活も慣れてきたように思う。一つ上の先輩達とも、伏黒くんとも仲良くなれた。
「狗巻先輩伏黒くんどんな反応しますかね」
「すーじーこ」
「意外ときゃって女の子みたいな反応しますかね。それともうわああああって野太い声出して逃げ出したりしますかね」
「ツナマヨ、こんぶ!」
「うーん、ごめんなさい。まだわからないです」
「明太子」
「あ、今ちょっとむってしたのは分かりました。大体の感情は読み取れるようになってきましたねー。これで私も狗巻マスタ、」
「何してんだ」
「ぎゃあああああああ」
「お、かかあああああああ」
思いもよらぬ方向から声をかけられたせいで伏黒くんを驚かすどころか私達が驚かされた。逃げ出そうとしていた狗巻先輩と一人だけ逃すものかとその制服を掴んだ私を呆れたような顔で見ている。
「俺の机に何置いてんだよ・・・」
「い、狗巻先輩から伏黒くんへのプレゼント!」
「おかか!お!か!か!」
「あ、今のは分かりましたよ!私を売ろうとしてますね!」
「お前も先輩売っただろ。たった今」
「しゃけしゃけ!」
「と、とりあえず開けてみたらどう?」
誤魔化すようにして箱を勧める。大丈夫。中身は見られてない。ナマエはまだ伏黒を驚かすことを諦めていなかった。訝しげな顔をしながらも基本的に優しい、というか対応を面倒臭がっているのか少し警戒しながら箱を開く。
「何もないぞ」
「え、」
恐る恐る狗巻先輩を振り返るが先輩も首を傾げている。
「ちゃんと入れたんですよね?」
「しゃけ」
「何をだ?」
「小さい蜘蛛!狗巻先輩がさっき捕まえたんだって・・・」
「そんなことだろうと思ってたが俺は別に苦手じゃない」
えー、つまらない!と口を尖らせる二人の頭に伏黒は手を垂直に下ろす。痛いいいい、とナマエが大袈裟に痛がると禪院先輩のしごきと比べると可愛いもんだろうが!と怒る。確かに、と頷くナマエと狗巻。
「そいつか?先輩が捕まえたっていう蜘蛛」
「え・・・びゃあああああ!」
伏黒の視線の先はナマエの机。その上にいた小さな蜘蛛を視認したナマエは叫び声を上げて飛び上がる。
「と、とととと取って!どっかやって!」
喧しく騒ぎ立てるナマエに狗巻はニヤリと口角をあげた。
「お、か、か」
「ぎゃあああああああ!何するんですか狗巻先輩!最低!最低ですううううううう!」
「すじこー」
「お前もさっき俺にやろうとしてただろうが」
「伏黒くん!助けて!狗巻先輩ごと教室から追い払って!」
「明太子」
「お前が狗巻先輩を連れてきたんだろ、だそうだ」
「だいたいこんな見るからにか弱い乙女にそんな蜘蛛を押し付けたところでビビるのは分かってるんだから面白くないですよね!?」
「こんぶ・・・?おかか、しゃけしゃけ」
「あー!!!!今のはわかりましたよ!か弱い?乙女?いやいや、面白いよ、とか言ってますよね」
「しゃけ!」
小さな蜘蛛を手のひらに乗せて差し出す狗巻とそれから全力で逃げ回るナマエに朝っぱらからよくそんなに元気があるものだ、とげんなりする。この間これよりでかい蜘蛛みたいな呪霊祓っただろうが・・・。
「あれ?何してるの?」
「先生いいいいいいい!助けて!先輩がいじめてくる!」
「あはは、楽しそうで何より」
五条は狗巻が手に持っているものを確認すると若いっていいねぇなどと一切助ける気のなさそうな言葉を口にした。ナマエは顔を真っ青にする。そうだ、この人は頼りにならないんだった。
「おい、棘!授業始まるから来いって」
「真希先輩!」
絶望したナマエに一筋の希望が舞い降りる。やっぱり持つべきものは頼もしい先輩だ。
「真希先輩ありがとうございます!」
「ん?あぁ?」
やけに瞳を輝かせているナマエに真希は不可解そうな顔をしながらも狗巻を引きずって帰った。
「お前蜘蛛みたいな呪霊はなんとも無かったのにあんな小さいのがダメなのかよ」
「呪霊は命の危険を感じるからそれどころじゃない。蜘蛛というか虫は全部無理」
呪術師をしていれば虫が無理なんていうことを言う者はなかなかいないため伏黒には理解できない。真希なんかは蜂が教室に入ってきても素手で捕まえて逃しているし、自分自身も素手ではないが下敷きなどで追い払うだろう。先日は乙骨先輩が廊下に出たゴキブリを一瞬にして葬り去っているところを目撃したばかりだ。
「うーん、恵は女心が理解できないねー」
はは、と笑う五条をナマエはお前が言うなと思いながらムッと睨む。
「そういえば真希先輩が乙骨先輩をパシらずに自分で呼びに来るの珍しいですね」
「あぁ。憂太ならもうすぐ海外に行くからねー。その前に日本で一通りこき使われてるんでしょ」
「え!先輩海外に行っちゃうんですか!?」
「まぁ、修行みたいなものかな」
海外でも任務に忙殺されるし大変だねー、などと言う五条も特級術師。経験者があるのだろう。一瞬可哀想だと思ったがヘラヘラしている口元を見てそうでもないな、と同情したことを少し後悔した。
「まだ教えてもらいたいことたくさんあったのに」
「お前そんな接点あったか?」
合同の授業以外で特に話しているのを見たことがないため伏黒は首を傾げた。
「ほら、憂太はいるでしょー!こ、れ!」
ふざけて小指を立てる五条にナマエは顔を顰める。
「そんな相談してません!乙骨先輩も急に呪術師になったみたいですし、強いし、優しいし頼りがいあるのでちょっと特訓手伝ってもらってたんですよ!」
「まぁー、こんなところにいたらそう簡単に男なんてできないよねー。僕がグットルッキングガイだからって惚れるなよー」
「あ、それだけはないです」
「ちょっと!そんな素早く否定しなくても!」
伏黒は授業そっちのけでギャーギャーと口論を始める先生とクラスメイトを横目で見ながら本来であれば今授業しているはずの教科書を開く。しかし思考は違うところにある。授業で一日中一緒にいるのにミョウジと乙骨先輩が特訓していることを全く知らなかった。乙骨先輩は特級術師であるため開けられる時間は少ないだろう。そうなると時間を合わせているのは必然的に等級がまだ低いミョウジだ。乙骨先輩が放課後から任務に行くところも見たことがある。いつ特訓なんかしているんだ?朝方か夜中くらいしか時間はない。そんな時間に高校生の男女が二人で寮を抜け出すなんて大丈夫なのか?自分には全く関係ない話なのに悶々と考えるのをやめられない。
「伏黒くん?どうしたの?」
いつの間にか口論を止めていたナマエは教科書を開いて虚空を見つめる伏黒に声をかけた。
「ナマエやめな。恵くんはそういうお年頃よ」
「あっ・・・」
「まだ何も言ってねぇよ。なんなんだよお前ら・・・」
五条の悪ノリを本気にしたナマエは大丈夫だよ、ちょっと遅い厨二病だよね、わかってるよ、とでも言いたげな菩薩のような笑みを浮かべている。
少し考え事をするだけでこれかよ・・・と少し、いや、かなりイラつきながら早く授業してください!と教科書を叩いた。