「お前は何故呪術高専に来た」
その問いにナマエは迷うことなく答えた。
「もう二度と後悔しないために、です」
「いやー、早いねぇ。こんなに簡潔に一言で面談終わらせる子なかなかいないよ」
白い髪にアイマスクというふざけた格好の男はその見た目の通り軽薄な口調で話した。こんな男が呪術界最強の男だというのだから驚くしかない。
「普通の高校だったら面接で落ちてるんじゃない?」
「普通の学校に入りたいならもっとちゃんとしてますよ」
「それもそうだねー」
ナマエとしては呪術師になるのであれば一番必要なのは覚悟だと、むしろそれ以外に何がいると思ったからこその返答だった。案の定それはほとんど正解のようだった。
「女子の寮はこっちの建物ね」
・・・男性教師のはずなのにこんなに簡単に女子寮に入っても良いものなのだろうか。ずんずんと奥まで進んでいく男を見て思ったが、寮にいるらしい先輩はそういうことを気にしないタチなのかもしれない。ナマエ自身もそこまで気にする性格でもないためまぁいいやと大人しくついて行った。
「おーい、真希―。いるー?いるでしょー、早く出てきてー」
「うっせえ!」
一つの部屋の前で立ち止まり、ドンドンと扉を叩く呪術界最強の男にドン引いていると勢いよく開かれた。
「一回呼べば出てくるんだから静かにしろ!」
眼鏡をかけたその女の子は額に青筋を浮かべている。
なんか・・・申し訳ない。
「ほらー、ナマエ先輩に自己紹介は?」
五条先生に肘で突かれてイラッとする。あなたが呼び出すときに怒らせるからできる雰囲気じゃなかったんでしょうが!
「ミョウジナマエです!呪符を書くのが得意ですが、身体能力は一般人と変わらないし知識不足なので色々とご教授いただけると嬉しいです。よろしくお願いします!」
「真希」
「真希はねぇ、接近戦がすごく得意だよー」
あぁ、やっぱり五条先生のせいで機嫌を損ねてる・・・。
ナマエは隣にいる教師であるはずの男を睨みあげるが本人は気にもとめず、あ、今日新作スイーツの発売日じゃん、とふざけたことを抜かしている。
「じゃ、僕は用事あるからあとは真希に任せるね」
「え、ちょっと待ってくださ・・・・」
引き止めようとするが、五条はその長い足を有効活用し、素早く逃げていった。唖然とするナマエに真希は慣れろと諦めた表情で言った。
「用事もどうせさっき言ってた新作スイーツのことだろうな・・・。」
そんなことを言われるとこれから一年間あの教師に担任をしてもらうことが恐ろしくなってくる。先輩は普通の人でよかった・・・とナマエが呟くと、真希はどこか訳知り顔で視線を逸らした。
「あっちが風呂場でここが共有スペースな」
「人数少ないのに結構広いんですね」
おお!とナマエが歓声を上げるがそれに対する返事がない。どうしたのだろうと顔を上げると自分より高い位置にある真希の目がじっとこちらを見ていることに気づく。
「あの・・・どうし」
「おーい、真希―」
尋ねた声を遮ったのは男の人の声だった。男子禁制じゃないんだ、と思いつつキョロキョロとあたりを見回すが、人は見当たらない。が、先程まではいなかったパンダが背後にいた。
「へ!?パンダ?」
「俺先輩なんだけどなぁ」
パンダから響く太い声にピャッと悲鳴をあげて真希の後ろに隠れた。
「ぱ、パンダが喋った!!!」
「落ち着けナマエ。こいつは呪骸だ。」
「な、なるほど!?」
混乱する頭を静めようと必死に考える。
ここは呪術界で呪術では色んなことができて・・・確か呪骸は内側に呪いを宿した自律可能な無生物のことで、あれ?自律可能ってどこまで?呪骸が先輩?あれ?
「わかりました!パンダ先輩ですね!」
「お前・・・考えることを放棄したな・・・」
「まぁ、それがいいと思う」
「しゃけ」
「!?」
初めて聞く声にまたしてもびくりと体を揺らすと、パンダ先輩の背後から男の子が現れた。
「ツナマヨー」
「・・・・」
よく分からない声かけをしてきた男の子に首を傾げる。
「あー、棘は呪言師なんだよ。呪わないように語彙を絞ってんの」
短く説明をしてくれた真希になるほど、と頷く。先輩は普通の人でよかった、と言った時にどこか微妙そうな顔をしていたのはこういうことだったのか。見た目はパンダにしか見えない呪骸と口元を覆った先輩を見て納得する。
なぜ男の先輩の言葉の意味が分かるのだろうと思ったがそれを聞き取るには慣れるしかないらしい。
「私はミョウジナマエです!よろしくお願いします」
真希にした時よりもより簡潔な自己紹介をする。正直気になることはかなり多いのだが慣れるしかなさそうだ。
「あ、こいつは狗巻棘な」
パンダはまだ聞き取ることのできないナマエを気遣って代わりに紹介した。
「狗巻先輩ですね。・・・慣れるためにたくさん話しかけちゃうと思うけど許してくださいね!」
頑張って先輩語をマスターしますと宣言するナマエに狗巻は頭の上で丸を作ってみせた。
「よかったな棘」
「しゃけ!」
「ほんとよかったな、後輩は真希と違って可愛げがある女で」
ほのぼのとした空気を切り裂くようなパンダの一言。狗巻はなんてことを言うんだとパンダに思うが否定できずに空気が冷える。
「悪かったなぁ、可愛げがなくて」
可愛げがないことに対しては何も思っていないが、言われたらイラッとしたらしい真希は凍るような笑顔をパンダに向けた。
危険を察知した狗巻は可愛げのある後輩ミョウジナマエを担ぐとスタコラさっさとその場から逃げ出した。