「侑くんに近づかないで!」
「運良くマネになれたからって調子乗ってんな」
「この子の方が侑くんとお似合いなんだから!」
どうしてこんなことになったのだろう。休み時間に空き教室に呼び出されたかと思うと、急に罵倒が始まった。いや、罵倒と呼ぶにはあまりにもお粗末な少し可愛いとさえ思える言葉だったのだが。
「いや、私は別に、」
「マネやめてくんない?どうせ侑くん目当てでしょ」
少し聞いてくれれば彼女たちの勘違いを正すことができるのに話を聞く気はないらしい。侑くん、侑くんと立て続けに話す女の子たちにナマエは微妙な反応を示した。男目当て、というのは否定しきれないのだが相手が宮侑というところに疑問を覚えた。北先輩だったら光栄だし、倫くんなら今まででもよくあったことだから納得がいく。帰りもよく一緒に帰っているためそこを見て勘違いされたのかなと思う。何故侑くん・・・。
「ほら泣いちゃったじゃん!謝ってよ!」
言いがかりが過ぎる。まず私は侑くんにそういう感情は一切ないし、侑くんも私にそう言う感情はない。これは断言できる。それにあったところで私は悪くないと思う。だけど穏便に済ませるには謝るべきなのだろうか。ため息をつきたいのを我慢して謝ろうと口を開く。
「ドジで可愛いとか言われてるけど出来損ないなだけじゃん!」
「男に頼るしか脳がないくせに」
出来損ないの癖に、倫太郎くんがいなきゃダメね。母の言葉と重なりズキズキと胸が痛む。そんなことわかってる。私がドジを踏んでしまったら倫くんはいつも助けてくれる。私は出来損ないだ。ふっ、と視線を逸らす。それがいけなかったのだろうか。バカにされたように感じたらしくその子の表情が歪むみ、右手が振り上げられる。後ろで泣いていた子とその子を支えていた子があ、と声をあげたのが聞こえた。叩いて気が済むなら叩けば良い。どうせ女子の平手打ちじゃ怪我をするなんてことはなかなかないんだから。そう思いながらもぎゅっと瞳を閉じて自分の手で反射的に顔を庇ってしまう。
「ねぇ、何してるの?」
小さい頃から何度も聞いてきた声が響いて思わず目を開く。振り上げられた手を掴んであまり変えないはずの表情は怒りに染まっている。いつぶりだろう倫くんがこんな顔をしたのは。面倒くさがったり騒ぐ侑に嫌な顔をしたりはするが怒ることは滅多にない。確か昔私が一度クラスのいじめっ子に怪我をさせられそうになった時に怒ったくらいだ。
「ち、ちがっ」
「何が?何してるの?って聞いてるんだけど」
ぞくりと背筋を冷たいものが走る。一切温度を感じさせない声に冷や汗が伝う。
「だ、だって!このこが!」
勢いをつけて自分を指差す女の子にびくりとナマエが肩を揺らすと角名はナマエの肩を抱いた。
「こいつ俺と付き合ってるから」
「で、でも従兄弟なんじゃないの!?」
「従兄弟でも結婚できるし」
「けど侑くんに、」
「なんの騒ぎや」
ぐっとナマエの肩を抱く角名の手に力が入った時に背後からよく通る声がかかった。
「北さん・・・」
「あんた侑を好きなんやな?」
北先輩がそう言うと後ろにいた二人が目を合わせ、言われた子は顔を真っ青にしている。同じグループで同じ人を好きになってしまった女子の気まずさは計り知れない。この三人は大丈夫なのだろうか、と一瞬思うがアプローチをかけずに他人を潰すことしかしてない彼女達の自業自得だろう。
「角名、ミョウジを連れて行け」
「はい」
バレー部の中では大きいわけではないのに圧を感じる背中を眺めていると倫くんに手をひかれた。あとは北さんに任せようと言うのでためらいながらも頷いた。女子生徒三人の縋るような瞳は見なかったことにしよう。
「・・・倫くん、ありがと」
繋いだ手をゆっくりと離す。頼りたくはなかったのは確かだが、あそこで来てくれなかったら叩かれていたから。
「俺が守りたかったからしただけ」
「・・・守ってくれなんて言ってない」
黙っておけば良いのに口から飛び出してくるのは素直じゃない言葉。こんな酷い態度ばかりをとっていてはそろそろ愛想を尽かされてもおかしく無い。そうなったら頼ることも無くなるし倫くんもいちいち私を助ける必要がなくなるのだから負担が減るだろう。分かっているのに嫌われたく無いとも思ってしまう。
「もう私のこと助けなくていいから」
「は?ちょっとナマエ何言って、」
「私のことは放っておいて」
キュッと手を握り込んで泣きそうになるのを耐える。なんで。さっき叩かれそうになった時は全然涙出なかったのに。なんで今。唇を噛み締めて堪えているのがバレないように顔を隠して俯く。これで良い。部活ではあんまり迷惑かけないようにいつもよりもっと早くきてできることを済ませておこう。倫くんには近づかないようにしよう。ふぅ、と息を吐き出す。
「無理」
「へ?」
はっきりとした口調で断られて間抜けな声を出す。中学生の時に距離をおいた時は何も言わなかったのに。
「もしナマエが俺のこと無視しても俺はナマエに話しかけるしナマエを助けるよ」
「っ倫くんが私に優しくするたびに私は惨めな思いをするの!一人じゃ何もできなくてそそっかしくてすぐ人に頼って!私の弱さが、出来の悪さがどんどん表に出てくるの!」
分かってる。これが八つ当たりであることくらい。倫くんは何も悪くない。悪いのは、弱いのは私だ。
「別に俺はナマエがドジだから守ってるわけじゃないよ。おばさんに頼まれたからでもない」
まだ少し怒っているような声色に申し訳なさも相まって顔を上げることができない。じゃあなんで私を助けるんだと思う。だってただの従兄弟をいちいち助けるなんて倫くんに何もいいことはないし、面倒臭いだけじゃないか。
「俺、ナマエのことが好きだよ、従兄弟としてじゃない。一人の女の子として」
好きだから守りたいし愛おしいから一緒にいたい。その言葉を嘘だ、とは言えなかった。向けられた視線には確かな熱が籠っていたから。