物心ついた頃からナマエはそばにいた。倫くん、倫くんと俺の後ばかり追ってきては転んで泣いて、ああ、この子は俺が守らないといけないんだと思った。

「うわ、倫太郎きもい」
「なんでその体制で打てるんだよー」

無邪気にただ揶揄うような声。別にいじめられているわけでもない。子どもながらに体幹に優れ、柔軟性があった俺は威力こそ今程はないがある程度体制が崩れてもスパイクが打てた。むしろ彼らの声色には尊敬の色すらのっていたと思う。しかしきもいと言われて良い気がするはずもなく微妙な反応を返した俺に少し離れた位置から見学していたナマエが声をかけた。

「倫くんは世界で一番かっこいいんだよ!」

俺を見つめる瞳はキラキラと輝いていて、興奮したように頬は紅潮していた。かわいいな、と思った。その日からは暇さえあればナマエに俺はどのくらいかっこいいんだっけ?と尋ねては彼女からの世界で一番かっこいい!を期待した。きっかけは些細なこと。ただか弱くて、守らなければならない存在はいつの間にか可愛くて愛おしいから守りたい存在になっていた。






中学生の半ばから・・・いや、本当はもっと前からかもしれない。ナマエが俺を避けるようになった。小さい頃はテストの点数やかけっこで一位を取れたことを嬉々として報告しにきてくれたというのに、受験する高校すらも教えてくれなくなった。俺は稲荷崎から推薦の話が出ていたけれど、受けると言えずにいた。もちろん最終的には行くのだろう。でもナマエのことを聞くまでは決めきれない。彼女が塾に行くタイミングを見計らって家に行った。久しぶりね!なんて喜ぶ彼女の母親に進路を尋ねた。倫太郎くんは推薦を貰ったのよね、勉強も運動もできるなんてすごい、と妙に俺のことを褒めるおばさんは困った様子だった。

「あの子県外に行きたいっていうの。でもほら、何もできない子だから・・・」

何もできない子、というのに関しては理解できなかった。おばさんは何故かいつも俺ばかりを褒めるが彼女の方が勉強はできるし、俺が部活をしている時間は料理や家事だってこなしている。だけど今はそこじゃなくて県外に行きたい、と言っていることの方が気になった。

「どこの高校が良いとかあるんですか?」
「それが特に決まってないみたいなの。愛知にある高校よりレベルの高いところに行こうとしてるみたいだからそれは良いんだけど心配なのよ」
「それなら稲荷崎はどうですか。兵庫ですけど俺推薦貰ってるので」

中学に入ってより勉強に力を入れるようになったナマエはもっとレベルの高いところのいける。おばさんはナマエにできる限り高い学歴を求めている。それなのに倫太郎くんがいるならいいわね!なんて喜ぶ彼女は自分の娘の成績をしっかりと見たことはないのだろう。しかし自分から教えてやるつもりはない。最近避けられているため、念の為俺がそこに行く予定なことは言わないで欲しい、と頼むとおばさんは喧嘩でもしたの?と不思議そうな顔をしながらも頷いた。


推薦だからか入学するよりも早く部活動に参加することになり、ナマエの引っ越しの手伝いができなかった。入学式の前日に本人が部屋に入ったらしいが、帰ってきた時間が遅く、思いの外練習がハードで疲れ切っていたため明日の朝行けば良いか、と布団に潜り込んだ。しかし当日起きたら時間はギリギリですでにナマエは学校に行っていた。自分も急いで学校に向かった。かなり遅い時間だったからかクラスが張り出された紙の前にはあまり人がいなかった。すぐに自分の名前を見つけたが、同じクラスにはナマエがいなくて少しがっかりする。入学式が終わったら声をかけに行こうかな、と考えながら新入生の列に並んだ。


教室で同じクラスの女子と話すナマエに声をかけると思った以上に驚いてた。ぽかんと口を開く彼女も可愛いと思ったが、やはり喜んではくれないことを悲しく思った。少しでも一緒にいる時間を増やしたくてマネージャーに誘った。それはもうしつこいくらいに。部員目当てのロクでもないやつが入部するのを防ぐため二人以上の推薦が必要だったがそれは侑か治を丸め込めばなんとかなるだろうと思っていた。まさか北さんが一緒に推薦してくれるとは思わなかった。

「面識あるんですか?」
「入学式の日に少しな」

普段からは考えられないくらいに優しく笑う北さんになんだか嫌な予感がした。北さんが嫌な感じとかそういうことじゃなくて、なんだろう・・・。自分にとって何か良くないことが起きているようなそんな予感。
それは当たっていたのだと嬉しそうに北さんに声をかけるナマエを見て確信した。今まで彼女の頭を撫でることができたのは俺だけだったのに。あの笑顔は俺に向けられていたのに。彼女はもう俺のそばにいない。






部活がある日は家が近く、帰る時間が被るため一緒に帰ることができるが部活がない日はそうもいかない。クラスが違う上に帰る約束もしていない。まだ明るい時間だが一人で帰らせたくはない。急いで荷物を詰め込むとナマエの教室へ向かった。運の良いことに彼女のクラスはまだホームルームが終わっておらずスマホを触りながら廊下で待つことにした。しばらくするとドアが開き、人が出てくる。その中に体を縮こまらせてさらに小さくなった彼女がいた。

「ナマエ、帰ろ」

声をかけるとピクリと体を揺らす。

「・・・私クレープ食べて帰りたいから先に帰ってていいよ!」

やんわりと拒絶するようなナマエの言葉にズキズキと胸が痛む。避けられ始めてすぐに声をかけていればこんなことになっていなかったのだろうか。明らかに俺と一緒に帰りたくない様子だったが気付かないふりをして、どうにか二人で帰ることができた。





「え。倫くんなんで分かったの・・・?」

自分の分とナマエの分を迷いなく注文する俺に彼女は驚きの声をあげる。

「なんでだろうね」

君は知らないだろうね。ふっと笑って彼女の小さな口元にクレープを押し付けた。ナマエが行きたいお店も、好きなクレープも、トッピングも分かるよ。食べ物を与えると簡単に誤魔化せることも食べるのが遅いことも。小さい時から変わらない。
なかなか減らないクレープを見てまた笑う。ふと、目が合って時が止まったように感じる。思わず視線を逸らすとナマエ以上に減っていない自分のクレープが視界に入った。

「一口食べていいよ」
「えっ!い、いらない!」

何を遠慮しているのか、一瞬喜んだくせに全力で断られた。何か余計なことでも考えてるんだろうな。

「お腹いっぱいだから少し食べて欲しいんだけど」

育ち盛りの男子高校生がこんなもので満たされるはずがないが、彼女は自分以上に残っていたクレープを見て信じたらしい。俺のクレープが減ってないのはナマエを見てたからだけどね。鈍感な彼女は角名のクレープに唇を寄せてパクりとかぶりついた。
上機嫌なナマエがあまりにも可愛くて無意識に頭を撫でていた。サラサラな髪も暖かく小さな頭も変わらない。だけどいつからだろうね。ナマエがこんな顔をするようになったのは。




[*prev] [next#]
TOP

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -