「ナマエ、帰ろ」

珍しく部活が休みの日。そんな日に限っていつも一緒にいる友人はバイトが入っていた。角名に見つからないようにこっそりと帰ろうとするナマエだったが、すでに廊下で待ち伏せされていたため無視することもできなかった。

「・・・私クレープ食べて帰りたいから先に帰ってていいよ!」

嘘ではない。一緒に帰らなくて良い理由を求めて頭をフル回転させた結果、高校の近くに美味しそうなクレープ屋さんがあったことを思い出したというだけで実際に食べて帰るつもりだった。

「じゃあ俺も行く」
「倫くん別に甘いの好きじゃないでしょ?」
「クレープだったら甘くないのあるじゃん」

最もな返しにうっと言葉を詰まらせる。結局一緒に帰ることになった上に過ごす時間を増やしてしまった。数秒前の自分の言葉を恨みながら靴を履き替えた。






「スペシャル苺クレープのブラウニーがトッピングされてるのと・・・照り焼きチキンクレープを一つずつ」

ナマエにどこのクレープか聞くこともなく迷いのない足取りでクレープ屋にたどり着いた角名はこれもまた迷いのない注文をする。クレープ屋はナマエが思い浮かべていたところだったし、色々な種類がある中で食べようとしていたクレープもピタリと当てられている。しかも苺だけで5種類あるにも関わらず、だ。

「え。倫くんなんで分かったの・・・?」
「なんでだろうね」

驚きの声をあげるナマエにふっと微笑んで意味深な笑みを浮かべる。むっと口を尖らせたナマエの口にクレープが押しつけられた。

「おいしいっ!」

唇についたクリームをぺろりと舐めては口を開きモチモチの生地を咀嚼する。それからしまった!とうような表情をしたかと思えばいただきますと小さな声で挨拶をする。気を取り直してクレープの上にのせられたブラウニーにも落とさないように器用に噛みつくナマエは食べ物を与えられると悪いことは忘れる都合の良い頭をしていた。そういうところは治と似ているのかもしれない。角名は頬をぱんぱんに膨らませ幸せそうにご飯を食べる治を思い出していた。

ナマエは食べることは好きなのに食事のスピードがかなり遅い。どのくらい遅いかというと小学生の頃なんかはなかなか食べ終わらなくて昼休みまで食べさせられていたくらいだ。高校生になった今では友達を待たせないために昼は少ない量で済ませているため、たまに部活前にお腹を鳴らしては侑に笑われていた。そんなナマエのクレープはまだ半分以上残っているのだが、角名がそれ以上のクレープを残してこちらを見つめていた。パチリと目が合い固まる。逸らしたら負けな気がする。ナマエは勝手に勝負をし始めるのだがそんなことを知るわけもない角名が先に視線を逸らし、チラリと自分のクレープに目を向けたかと思うとこちらに差し出してきた。

「一口食べていいよ」
「えっ!い、いらない!」

一瞬喜びそうになった自分を叱り全力で断る。これ以上倫くんに甘えるわけにはいかない。しかしそんなナマエの心を知らない角名はお腹いっぱいだから少し食べて欲しいんだけど、なんてことを言う。それなら、と角名のクレープに口を寄せるとパクリとかぶりつくと自分の甘いクレープとはまた違った美味しさがあった。思いがけず二種類のクレープを食べることができて機嫌の良いナマエは角名の前では久しぶりの笑顔を見せる。

「そんなに美味しい?」
「うん!」

へへ、と力の抜けるような笑い方をするナマエの頭に大きな手のひらがのせられる。甘やかすように頭を撫でられて複雑な気持ちになった。甘やかされるのは悪い気はしない。でもこういう日常的な行動一つ一つで自分が劣っていることを自覚してしまう。彼は私の行きたいお店を、食べたいものを当てられる。ちょうど困っているタイミングで助けにきてくれる。それすらもお前の考えてる程度のことは全部分かる、と言われているように感じる。一度もそんなことを言われたことはない。ただの被害妄想なのも分かっている。倫くんは観察眼が鋭いからたくさんのことに気付くというだけ。分かっているのに彼がそばにいるだけで私は劣等感を感じ続けるのだ。








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