「ねぇナマエバレー部のマネージャーしない?」
「しない」
何度目かのやり取りにため息を吐く。何度言われても倫君がいる限りするわけないのに。そう思いつつもそれを言えないのは優しい従兄弟を傷つけたくないと思っているからだった。
「でもナマエがバレー部入ってくれたら俺も安心なんだけど」
何度断っても誘ってくるのは母親からナマエの面倒を見るように言われているからだろう。もうそんなことしなくてもいいのに。
ここ最近はたまたま廊下で会った時だけでなくわざわざ教室まで来て勧誘してくるがナマエとしては地獄だと分かっている道に進んで行くわけがない。
「角名しつこいんやないか?」
どこか圧を感じる声の方向に顔を向けると見覚えのある澄んだ瞳。
「北さん・・・」
北さんって言うのか・・・。と頭の中でメモをする。
「2年のところでも角名がしつこく勧誘しとる言われてるんやけど」
「何でここに・・・」
角名が引き攣った顔で尋ねるとこれを渡しに来たんやと一枚のプリントが手渡された。北先輩もバレー部なんだ。じっと二人を眺めているナマエと北の目が合う。
「あの時の子やんな。もう体育館は覚えたか?」
揶揄うような口調で、しかし表情を変えずに言われた言葉に顔を赤くする。
「お、覚えました・・・。ありがとうございました」
俯く頭に乗せられた手にピクリと肩を揺らす。
あ・・・。倫君以外に頭を撫でられたのなんていつぶりだろう。頭の上にある温かい手に擦り寄りたくなる。
「部活、入らんの?」
淡々と尋ねてくる声に期待の色がのっているように聞こえるのは気のせいだろうか。強制しているわけでもしつこく勧誘しているわけでもなく、ただ聞いているだけなのに全てを見透かしているような北の目を見つめると何も考えずに入ると言ってしまいそうになる。
「俺はあんたにマネなって欲しい思っとるんやけどな」
「入ります」
ミョウジナマエ。あんなに拒否していたバレー部マネージャーになることを決めました。
「ミョウジナマエです。初心者ですが精一杯サポートします!」
そう宣言して数分後、早速ナマエの心は折れかけていた。
「こいつ角名の従兄弟か!似てへんな!」
「阿保かツム。角名に似とったらこんな目ぇぱっちりな訳ないやん」
「え、何。俺貶されてんの?」
何これ、関西人こわっ!何で倫君早速馴染んでるの!?
逃げ道を塞ぐようにして取り囲まれたナマエは助けを求めるようにして視線を彷徨わせた。
「練習はよ戻れ」
たった一言で緩んでいた空気が締まる。解放されたナマエはホッと息を吐いた。
「ミョウジ、マネの仕事教えるからついて来い」
「へっ!?北先輩が教えてくださるんですか!?」
「元々男子バレー部にはマネおらんからな」
てっきり先輩マネがいると思っていたナマエはギョッとする。
男目当てで入部してちゃんとしない人やすぐに辞めてしまう人が多かったため、マネージャーは二人以上の部員の推薦制になったらしい。なるほど。それだったら部員としてもちゃんと仕事してもらわないと困るから軽い気持ちで誰でも推薦するわけにはいかないのか。
「え、もしかして私を推薦したのって」
「角名と俺やな」
当たり前のように言われた言葉に瞠目する。
倫君は分かるけど接点なんてほとんどない北先輩もなんて・・・。
「わ、私がちゃんとしなかったらどうするんですか?」
推薦した自分まで信用を落としかねないのにほとんど初対面の人を入部させるってどういうこと!?
「ミョウジはちゃんとやる」
北はどこから来ているのか分からない自信をもって言い放った。
「俺何回かミョウジ見かけたんやけど」
そのほとんどが何かしら誰かの手助けをしとってな。
誰も見ていないと思っていたのに知らないうちに見られていたという事実が恥ずかしい。
「そないやつがちゃんとせぇへんわけがあらへん」
少しでも自分の価値を上げるためにやっているというだけなのに信頼を得ていてどこか申し訳なくなる。
「でも私バレーが好きだから入部したとかそういうんじゃありません!」
「知っとる。何で入部決めてくれたん?」
「・・・北先輩に褒めてもらうためです!」
少し躊躇って、でもはっきりとそう述べたナマエに北はキョトンとした顔をする。
引かれたかな、これも男目当てってことなのかな。
ナマエの心配もよそに、北は口元を緩めて笑ってみせた。
「ははっ。そんならぎょうさん褒めてやらんとなぁ」
二度目の笑顔にきゅうっとナマエの胸が締め付けられた。