「あつ・・・」
最悪だ。よりにもよって今日熱を出してしまうなんて。研磨には周期が安定していなくとも、ナマエの吸血衝動が今日来るという確信があった。
正直休みたい。でも俺が休んだらナマエが困る。
重い体に鞭を打って体を起こす。
「あら?研磨、顔赤いけど・・・・」
母親に額を触られそうになりふいっと避ける。いつもより自由がきかない体がそのまま傾き、ドスンと尻もちをついた。
「熱あるでしょ。いつもなら熱が出たら嬉々として学校を休む研磨が無理してでも学校に行こうとするなんてね」
額に触れられずとも体調を崩していることに気付かれてしまった。それほどまでに研磨の顔色が悪いのか、それともただ親の目は誤魔化せなかったのか。学校に欠席の連絡を入れられた研磨は観念して黒尾に休むことを伝えた。
ナマエ、大丈夫?
ちょうど昼休みになったであろう時間にメッセージを送るといつも通り返事はすぐに返ってきた。
大丈夫だよ!研磨はゆっくり休んで早く体治してね
ナマエらしいと言えばナマエらしいんだけど本当に大丈夫なのだろうか。1ヶ月前にナマエに血を吸われた首に触れるとその時の感覚を思い出して体に熱が溜まっていくのを感じた。俺が近くに居なかったら彼女は誰を噛むんだろう。
目が覚めると部屋が暗くなっていて、随分と長く寝ていたことが分かった。時計を見ると21時。すでに熱がある感じはしなかったが念の為体温計で熱がないことを確認するとすぐさま家を飛び出した。玄関で母親に声をかけられたが返事もせずにナマエの元へ向かう。
「あら?研磨君どうしたの?」
汗をかいている研磨にクロの母親は驚いていたが、ナマエに用事が・・・と言えば、何かを察した様子で家の中へ招き入れた。クロの隣にあるナマエの部屋を控えめにノックする。普段ならすぐに返ってくる返事はなかったがドアの隙間から光が漏れているため、部屋にいないわけではないだろう。
「ナマエ?」
念の為声をかけてドアノブに手を掛ける。久しぶりに尋ねた彼女の部屋は甘く、暖かい香りがした。女の子らしいピンク色のベットで白い手足が伸びている。
「寝てる?」
薄い腹部が穏やかに上下し、いつもなら見えているキラキラした瞳は瞼が下ろされていて見えなかった。小さく開かれた唇の内側には鋭い歯があるだろう。その歯が舌に当たると出血すると彼女が嘆いているのを可哀想だと思いながらもクロと二人で笑ったことを思い出す。思わず触りたくなるほどふわりとしていて透き通るように白い頬は薔薇色に染まっていた。
ねぇ、ナマエ
誰の血を飲んだの?
ナマエ・・・
誰かに呼ばれたような気がして薄く目を開く。視界の端に黒い何かが見えて、てつろうが来たのかと納得し再び瞼を下ろした。いつの間にか開いていた唇に何かが押し当てられるような感覚。ふにふにと何度か遊ばれるように何度か唇を押されたかと思うとそれはするりと口内に入り込んだ。尖った歯にそれが押し当てられるとふわりと甘い香りが広がった。
「け・・・んま・・・?」
てつろうの血を飲んでからまだ一日もたっていないのに口の中に広がる甘さに唾液が溢れる。じわじわといつもよりゆっくりと広がる血液に焦ったくなり、それに舌を絡めるとすりすりと擦り付けられた。ちゅっと音を立てて離れたものを重たい瞼を押し上げてみる。
「物足りないの?」
指だとあんまり血が出ないね、と細められた瞳にぞくりと背中を走る感覚。血をもらっているのはナマエなのに、捕食者は自分であるはずなのに喰われてしまうと感じた。