「ナマエちゃん元気だな」
そう声をかけてきたのは夜久先輩だった。先ほど吸血したばかりのナマエは目に見えて元気だった。
「昨日の不調が嘘みたいだ」
逆に言うと吸血する前には体調を崩しがちだった。風邪をひくわけではないのだが、顔は青ざめているので病人面だ。そんな体調にムラのあるナマエを心配しつつもバレー部のマネージャーとしての入部を認めてくれた猫又先生には本当に感謝している。だからこそ与えられたマネージャーとしての仕事は完璧にこなしたいものなのだが現実ではそう上手くいかないものだった。
「ナマエちゃん孤爪を贔屓してね?」
手に持っていた空のスクイズが入ったカゴを音を立てないようにゆっくりと地面に降ろした。ナマエが向かおうとしていた水道には三年の先輩がいて、ロードワークで溜まった熱を軽減するために手足を冷やしていた。
「まぁあからさまではないけどよく見ているよなー」
頷いた先輩には悪意こそないが、贔屓しているようには見えているらしい。ナマエとしてはそのつもりはない。しかし研磨は他の部員と比べて体力が無い上に面倒くさがりでサボりがちだ。それに加えて血液をもらっている立場からすれば、貧血で倒れてしまうのではないかと多少他の部員より目がいってしまうのは仕方のないことだった。
ナマエの病気のことは部員の中では鉄朗と研磨しか知らない。ともすれば他人から見ればただ研磨を贔屓しているように見えてしまうのだ。
「孤爪最近調子乗ってね?ナマエちゃんの幼馴染だからってさ」
冷えた汗がナマエの顎を伝った。ナマエはあからさまには研磨を贔屓していない。だからこそ不満の矛先は愛想の良くない研磨に向かうのだった。自分のせいで研磨が悪く言われるのは嫌だった。でもここでナマエが出て行って反論しても収まるものではないのは明白だった。
「先輩!お疲れ様です!」
静かにカゴを拾い上げると、さも今来たかのようにわざと音を立てて歩いた。
「今日も暑いですね!」
ナマエにできるのはせいぜい何も知らないふりをして話を途切れさせることくらいだった。
「別にあんなの気にしてないからナマエも気にしないで」
猫又先生と話があると言った鉄郎を置いて久しぶりの二人での帰宅。ゲーム機を片手に背中を丸めた研磨は言った。
「でも私のせいだよ」
どこで聞いていたのだろうと思いながらも眉を下げて反論する。悪口を言われていた本人はどうでも良さそうにゲームをしている。
「俺の態度が悪いだけだから」
ナマエと鉄朗は長年研磨と接してきて彼の性格を把握しているからこそ面倒くさがりや愛想のなさについて何も思わない。同じ部活の同級生や一つ年上の先輩達も接する機会が多いことで慣れてきているように感じる。しかし三年生との関わりは少なく、あまり人とコミュニケーションを取ろうとしない研磨は良い印象を持たれていなかった。
しかしいくら本人が平気だと言っていても、自分の悪口を聞いて気分が悪くならないわけがない。ナマエは健康的なピンク色の頬をぷくりと膨らませるが本人は至って普通だ。それどころかチラリとナマエを横目で見るとはあ、とため息を吐く始末である。
「別に俺のことはクロとナマエが知ってくれてるし・・・それでいい」
「け、けんまあ!」
その言葉に瞳を潤ませたナマエはガバリと研磨に抱きついた。
「ちょ、ナマエ!」
研磨はびくりと体を揺らし、ゲーム機の電源を落とした。
「クロに見られたらどうするの」
「何でてつろう?」
他の人は良いのか?と首を傾げるが何でもないと言われて大人しく引き下がる。
「引っ付かないでとは言わないんだね!」
「・・・・言っても無駄でしょ」
自分の血をくれるところとか、抱きついても引き剥がさないところとか・・・大切にされているんだなと感じる。でもそれ以上を求めることは贅沢なのかな。本当はキスして欲しい。番になってほしい。多分研磨はそういう意味では私のことを何とも思っていない。それでも私が何も言わなければずっと一緒にいられる。そう思ってしまう弱くてずるい自分が嫌になる。気持ちを伝えることができない私の病気が治ることはないだろう。