暑い夏の日のことだった。自分の体に異変を感じ取ったナマエは、死期を悟った猫さながらこっそりと二人がいる部屋から離脱した。とは言っても死ぬほど具合が悪いわけではない。ゲームに夢中になっている研磨はともかく一つ歳上の従兄弟、鉄朗にバレたら面倒な事になる。ナマエが転ぶと怪我をしていなくとも強引におぶって帰るほどの心配性な彼のことだ。少しでも体調が悪いなんて言えば仕事で忙しい叔父さんや叔母さんを呼びだすに違いないと確信していた。
とりあえずクラクラする頭をはっきりさせるために顔を洗うことを決めると音を立てないように壁に手をつきながら歩いた。
勢いよく流れた水は水道管が温められたのか生ぬるかったが頭を冷やす分には十分だった。

「ナマエ?どうしたの?」

意外にも彼女の異変に気付き、ついてきたのは新作のゲームに没頭していたはずの研磨だった。まだ水を拭き取っていない顔を上げると鏡越しに目が合う。その瞬間、どくりと心臓が音を立て、脈打つのを感じた。ぼんやりと思考に霧がかかる。

「ナマエ!?」

半袖のシャツから伸びた白い腕が、鉄朗と比べると長い髪から覗く白い首筋がーーーーーー


美味しそうだと思った。







周期がはっきりと決まっているわけではない。にも関わらず、研磨が私の吸血衝動に必ず気付くのは何故だろう。

「っん・・・」

自ら差し出してくれた首に気付いたら尖ってきていた歯を突き立てる。ふわりと甘い極上の香りが口いっぱいに広がり、舌に絡み付いた。甘いお菓子のようにも花のようにも感じるそれを吸い、飲み込むと最後にぺろりと傷口を舐め、首筋から唇を離した。吸血症患者の唾液には微量だが早く傷が治る成分が含まれているらしく、大体次に吸血する一ヶ月後には跡形もなく吸血痕が消えている。元々大きな傷ではないため、すぐに治るものだが研磨の着替えを覗いた鉄朗曰く吸血した1週間後にはもうないらしい。とは言ってもまた血を吸ってしまうため傷はすぐにできるのだが。

「もう終わり?」

少し気怠そうな声にハッとして体を離す。

「う、うん。ごめん。大丈夫?」

「平気」

恥ずかしさに視線を逸らすと研磨の指がナマエの顎を掬うようにして動いた。今回は上手く血を飲めていなかったらしく、研磨の指には彼自身の血液が付いていた。それをしばらくじっと観察するように眺めていたかと思うとそのまま指を口元に近付けてぺろりと舐めとった。

「うわ、まず・・・」

よくこんなもの飲めるねと呆れたように言われるが、私にとっては美味しいのだから不思議だ。

「もう部活行けそう?」

「うん・・・」

ジャージのチャックを一番上まで上げ、首元を覆って歩き出した研磨を追って誰もいない空き教室から出た。こんなに血を吸っているのに研磨が貧血にならないのは何故だろう。彼は元の血液量が特別多いわけでもない。一度に吸う量は少量とはいえ、一度くらいは貧血になりそうなものなのに病院で一緒に検査を受けたときの数値は正常の域から出たことがない。増血剤を飲んでいるわけでもないのに・・・ナマエは首を傾げた。






「吸血症ですね」

首から血を流している研磨とその血を夢中で啜っている私を見つけたのは、なかなか部屋に戻ってこないことを心配した鉄朗だった。彼は取り乱すことなくすぐに病院、そしてナマエの保護者である叔母さんに連絡を入れた。この時ばかりは普段は少し鬱陶しく思う鉄朗の心配性に感謝した。


「身内に誰か吸血症の方がいらっしゃいますか?」

答えられない私の代わりに答えたのは叔母さんだった。

「この子の母親がそうでした」

鉄朗の母親はナマエの母親の妹だ。物心ついた頃にはもう両親がおらず、叔母さんの家に預けられたため、ナマエは詳しいことは何も知らなかった。

「吸血症とは簡単に言うと血を飲みたくなる病気です」

医者は、幼かったナマエにも分かるように説明をしてくれた。
吸血症患者はかなり少ないが、親や親族にいると症状が出る確率が高くなること、病気が進むと吸血鬼になってしまうこと、治すためには自分の一生のパートナー・・・つまり結婚相手と口づけを交わし「番」にならなければならないこと。他にも説明をしてくれたが、ナマエに理解できたのはそこまでだった。

「キスしたら治るの?」

鉄朗が横から口を挟む。まだ幼かったナマエ達にはただキスをすれば良いのだと捉えられていた。

「簡単なことじゃないのよ。キスをするのは結婚する相手じゃないと」

今は分かる。「番」になってしまうと人間に戻れてもお互いに相手から離れられなくなる。「番」は本当に一生涯のパートナーなのだ。幼い子どもが軽率に決めて良いものではないし、第一恋愛対象として愛し合っていなければ番にはなれない。しかしやはり鉄朗が理解することはなく納得出来ない様子だった。


「定期的に病院に来てください。吸血衝動があまりこないように薬を出します。それでもある程度衝動は来るのでその時には誰かの血を分けて貰わなければなりません。」

医者の視線は一緒に病院に運ばれて来た研磨に注がれていた。

「血にも相性があります。ナマエさんにとって衝動が収まり易いのが研磨君の血でした」

「俺の血・・・?」

病院に運ばれてきてから一言も話さなかった研磨が口を開いた。

「もちろん拒否をしても構いません。その時は血液パックがあるのでそちらで対処できます。相性の良い血液の方が身近にいるなんてことは滅多にないので吸血症患者のほとんどは血液パックです。ですが・・・」

「分かった。いいよ」

研磨はその言葉を遮るように頷いた。

「いいのかい?今回はたまたま君との相性が良かっただけで普通は輸血パックを使うんだよ?」

医者が困惑した様子で尋ねても研磨はコクリと頷いた。

「分かりました。では研磨君のお母さんに許可を・・・」

「貰えると思います」

叔母さんは随分前、名前の吸血症が発覚する前からある程度話を通していたらしい。吸血症患者の親戚二人とずっと一緒にいればそういう場面に遭遇する可能性も高いわけだし当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。

いくつかの注意事項と薬を貰い家に帰る。今は特別体に異変があるわけではない。叔母さんの気遣うような視線が痛かった。













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