「研磨!」
珍しくドタバタと慌ただしい音を立てて研磨の家に入り込んだ黒尾は肩で息をしていた。そして戸惑いで目を丸くする研磨の胸ぐらを掴む。
「お前、ナマエに何した?」
「ナマエ」
荒い息遣いが響く部屋の中で研磨は遠慮がちに声をかけた。小さな体を丸めてさらに小さくなっている彼女の焦点は定まっておらず、その瞳は涙に濡れている。『過剰摂取』研磨の頭の中で黒尾の声が響く。必要量を超えて摂取すると体はその血液を拒否し、持ち主へ返そうとする。だが「返す」という能力はないため、耐えきれず体を壊して発熱してしまう。それでも血液は帰ろうとするため、体がその血の持ち主を求めるようになる。
「けん、まぁ」
甘ったるい声が研磨の耳朶を打つ。真っ赤になった頬に手を伸ばすと子猫のように擦り寄ってくる。宥めるように抱きしめて撫でていると勢いよく飛びつかれて、押し倒された。ナマエは驚きで固まる研磨の首筋をツゥっと舐め上げる。
「っ!ナマエ!」
呼びかけても彼女はぼうっとしたまま舌を伸ばしている。
「けんまだあ」
これ以上血を飲んだらナマエがおかしくなってしまう。そんな研磨の心配はよそに、彼女はぺろぺろと嬉しそうに舐め続ける。しかし噛もうとはしないナマエを不思議に思いつつもほっとする。よかった。今の研磨にとってはあまり良くない刺激を受けつつも自分のせいなのだからとそのまま好きにさせておくことにする。
ふと首元が涼しくなりナマエの方を見ると彼女は顔を上げてじっとこちらを見ていた。
「どうしたの?」
研磨は部活仲間が聞いたら卒倒するような優しい声を投げかけた。
「もっとちょうだい?」
そう言って小さな口を開いたナマエを見てこれはまずいと研磨は焦る。
「今日はもう吸ったらダメだよ」
言い聞かせるようにキッパリとした口調で断るがナマエは違うと首を横に振った。
「血じゃなくてけんまをちょーだい?」
甘ったるい声で囁かれた言葉を最初は認識できない研磨だったが、言葉の意味を理解した瞬間に顔を真っ赤に染める。
「ちょっとナマエ離れて!」
引き離そうとした時にはもう遅い。研磨の体に乗り上げていたナマエはすりっとその身を擦り付けた。
「ちゅーしよ?けんま」
その囁きを研磨が断れるはずがなかった。
「ん、ふぅ」
クチュクチュと淫らな音が狭い部屋の中で響く。最初は擦り合わせるだけだった赤い唇に互いの舌が出入りしている。想像していたよりもずっとナマエの唇は柔らかくて温かかった。じゅっと音を立ててナマエの舌を吸い上げるとびくりと体を揺らした彼女は丸い瞳をさらにトロンとさせた。これはナマエの体の熱を緩和させるどころか悪化させていないかと心配になりつつも止めることができない。自分の上に倒れ込んでいるナマエの体を抱えて上下の向きを逆にすると今度は下から自分を見つめてきたナマエに体温が上がった気がした。自分の中に流れ込んでいた唾液を彼女の口内に流し込むとこくっと喉が動いたのがわかる。ちゅぷっと音を立てて離れた唇は離れるのを惜しむように銀糸を引いていた。
「えへへ、おいし」
子どもの頃のように無邪気に笑うナマエを見ると自分の熱がさらに上がるのを感じた。
「・・・ナマエそろそろやめ、んっ」
これ以上続けると止まれなくなると感じた研磨がナマエを止めようとするが彼女はまるで聞こえないとでも言うかのように研磨に口付けた。再びひっついてしまうともう研磨には止められない。柔らかな彼女の唇を、舌を己のそれで受け止めた。
ゆっくりと動くナマエに身を任せていると頭がぼーっとしてくる。キスするの初めてじゃないのかな。そう思おうほどに彼女とのキスは気持ちが良かった。少なくとも俺が知ってる中ではナマエに彼氏がいたこともないし、仲の良い男なんていなかったはずだけど。こちらの思考がとろとろと溶けてしまうようなまるで好きだと言っているようなこんな熱いキスをどこで覚えたのだろう。いるかもわからない男に研磨は嫉妬した。
もしかして・・・、クロだったりするのかな。それなら自分が知らない間にしていても納得がいく。でも
「今ナマエとキスしているのは俺だから」
「?けん、んむぅ、ふあ」
いることが確定しているわけでもない過去の男の感触を忘れさせるように、自分で塗り替えてしまうようにすりすりと舌を擦り合わせてナマエの薄い舌に唾液を塗りこめた。
ナマエから主導権を奪った研磨のキスは激しく、ナマエの顎には溢れた唾液が伝っている。それを見せつけるように舌で掬い取る。先程までは積極的だったのに研磨に主導権を奪われてはふはふと荒い息をする彼女を見ただけで興奮してしまう。
「かわいい」
そんな言葉一つでピクリと体を揺らす彼女が愛おしい。
酸欠なのかナマエの瞳は今にも涙がこぼれ落ちそうなほどにうるんでいて、もう何をしてても男を誘っているようにしか見えない。
「ねぇ、俺以外とこんなことしないでね」
頷いた彼女の柔らかい首筋に歯を突き立てた。