「なぁ、研磨呼んできてよ」

「いやです」

一応先輩である黒尾さんのお願いを一切考えることなく断ったのは彼が手に白いクリームを持っているからだった。お誕生日様である研磨くんに顔面パイをやるつもりらしい。
研磨くんの警戒を解くのにはかなり苦労した。話しかけても一言しか返ってこない返事、面倒くさそうな対応に心が折れそうになりながらも、「学校では一番仲が良い女子」の座をやっと手に入れたのだ。それなのに呼び出して顔面パイなどさせたらどう思われるか・・・。最悪縁を切られる。
私は協力しませんから、とそっぽを向くと、ガチャっと扉を開く音がした。

「「あ」」

思わず声をあげる。扉を開けたのが話題の人物だったからだ。研磨くんは私と先輩の手にあるものを見て、再び扉を閉めた。黒尾さんと目が合う。

「勘違いされちゃったじゃないですか!?」

断ったのに!!!とギャーギャー喚くとごめんごめんと黒尾さんは悪びれもなく謝罪した。

「嫌われたらどうするんですか!?」

「そんくらいじゃ嫌わないって・・・あ」

ぐいぐいと黒尾さんの胸ぐら、というか身長差的に腹なのだが・・・を掴むとその大きな体がぐらりと揺れた。白いクリームの乗った紙皿が落ちていくのを見て思わず顔を引くとそれは胸元に落下した。

「ナ、ナイスキャッチ・・・」

黒尾さんの引き攣った声が聞こえた。くそ・・・。もう少し仲良くなったら研磨くんに使おうとしていた女の武器がここで仇となるなんて・・・。



「なんでクロの服着てるの?」

運動部でもなく、今日は体育もない。つまり着替えは持っていない。ことの顛末をしっかりと、特に断ったことを強調して伝えると研磨くんは私の手を引いて部室へ向かった。

「ど、どうしたの?」

目立つことが嫌いな研磨くんが人前で私の手を引いてくれるなんて、と感動して声が上擦る。

「こっち着て」

研磨くんに手渡されたのは彼の部活のジャージ。

「け、研磨くん、今日の放課後は寒いと思うよ」

寒いとは言ってもまだ少し肌寒い程度。しかし研磨くんは寒がりだ。半袖半ズボンなんて元気っ子のようなことはしたくないだろう。

「袖とかそんなに余らせてると邪魔でしょ」

なんだか研磨くんらしくない気がしたが、彼ジャー(彼氏ではないが)のチャンスだ。ありがたく着させていただいた。




「ちょっとこっち来て!!!」

研磨くんへのプレゼントをいつ渡そうかと考えているといつの間にか放課後になっていた。そそくさと教室を出て部活へ向かった研磨くんを見送って、部活が終わるまで教室で待つことにした。もうそろそろ終わるかなぁ、と席を立ち上がった時に聞こえた声は本日二度目の黒尾さんからの呼び出し。どうやら部活が終わってから急いできたらしく、額には軽く汗が浮かんでいた。ずるずると引きずられて部室の前までたどり着いてしまう。中からは部員たちの研磨を引き止める声が聞こえた。見えなくても迷惑そうなくしゃっと眉間に皺を寄せる様子が目に浮かぶ。黒尾さんは一体何をする気なのだろうか。碌でもないことをしようとしているのは確かだった。
黒尾さんが勢いよく扉を開くと部員たちの視線が集まる。

「俺たちからのプ・レ・ゼ・ン・ト!」

語尾にハートマークが見えるほど茶目っ気たっぷりに言われた言葉への返事に部室が静まり返る。

「元から俺のだけど」

視線は自然と私が着ているジャージへと移る。

「あ!これ研磨さんのじゃないですか!?」

空気の読めないリエーフくんの声が響き渡った。


「あの、元から俺のって・・・」

研磨くんは固まるバレー部員たちを置いて私の手を引いた。無言で歩く彼の感情は私には読めない。

「ミョウジって俺のこと好きでしょ」

「え、」

目も合わせないまま落ちてくる爆弾をもろにくらった。あんなに分かりやすくアタックしていて研磨くんが気付かないわけがないか。ということは研磨くんは私に好かれていることを知っていて仲良くしてくれているということだ。嬉しいのか、相手にされていないのか、なんとも言えない心境だった。

「もう少しで攻略できるんじゃない?アイテムでも渡してみれば?」

チラリとかばんに目を向けた研磨くんにプレゼントを要求されていることに気付く。

「こ、これ。一緒に行ってくれる?」

研磨くんに渡したのはカフェの優先チケット。最近できた5時間待ちのカフェに並ばなくても入れるという代物だ。研磨くんはアップルパイが好きという情報を手に入れてからそれはもう必死に手に入れた。プレゼント、と称してデートをしてもらうために。部活がない日付も黒尾さんに確かめた。
本来計算高い女なのだ私は。研磨くんには通用しないだけで。
ムッと口を尖らせる。断られないよね・・・?差し出したチケットを持つ右手に骨張った研磨くんの手が被せられた。顔をあげる前にちゅっと唇に柔らかいものが触れた。

「ミョウジって計算高いのかばかなのか分からないよね」

暖かなそれが離れていく時にはチケットは手から無くなっていた。柔らかく細めた瞳は頭を撫でられている猫のように、自分が愛されていることを自覚している。もうそんな余裕のある顔なんてさせないんだから!と意気込むと研磨くんの腕にしがみついた。女の武器を駆使するのも忘れない。

「え、ちょっと、」

「バレてるんなら仕方ない!これからはガンガン攻めるんだから覚悟してよ!」

ビシッと指先を鼻の頭に突きつけると研磨くんは楽しそうに笑った。




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