「信介、誕生日おめでとう」
言い訳をさせて欲しい。
決して忘れていたわけではない。むしろ二ヶ月前から彼の誕生日を気にし出して何を渡そうかと悩んでいた。ただ、日常生活にちょっとした隙すらない彼が欲しいものをぽろっとこぼすなんてことはなく信介の欲しいものをリサーチし続けているうちに誕生日が来ていたのである。通りすがりのクラスメイト達から口々に祝いの言葉をかけられ、ありがとうと返していた彼は視線に気付いたらしくチラリとこちらを見た。その全てを見透かすような瞳にびくりと肩を揺らすが、視線はすぐに何もなかったかのように逸らされた。
ほっとしつつ毎年何をプレゼントしていたっけと思い出す。去年はペンケース、その前はタオル。確か小学生の頃はちょっとしたお菓子を渡していて、中学生に上がってからは部活で使うものか文房具を渡していた。しかし今年は同じようなものを渡すのに抵抗があった。
みんな彼氏にプレゼントって何を渡してるの!?
三年に上がる直前に告白され、それを受けたのである。最初は信介のことを好きな自覚がなくまた、信介が自分のことをそういう意味で好いているようには見えなくて戸惑ったものだが、彼らしいストレートなアタックを受け落ちてしまったのだ。
信介はきっと何を渡しても喜んでくれる。何なら、その辺に落ちている石を渡したところで漬物石に丁度いいなんて言って有効活用しそうだ。しかしせっかくの誕生日なのだ。何か特別感のある物をプレゼントしたい。
今からでも何か渡せる物はないだろうかと名前がうんうん悩んでいるとその悩みの種の張本人がいつの間にか隣に立っていた。
「ナマエ」
「ひゃっ!し、信介!?」
驚いたナマエが飛び跳ねると信介は首を傾げる。何でもないと頭を振ると納得いかない顔をしながらもそうかと頷いた。
「なぁ、直接言ってくれんの?」
「!?し、信介、誕生日おめでとう!」
クラスメイトの言葉には表情を変えず礼を言うだけだったのに、ナマエがただ一言そう言っただけで嬉しそうな顔をする姿にキュンとする。
あかん・・・。信介が可愛すぎる。
バレー部員が聞いたら耳を疑いそうなことを考える。
「あ、あんな信介!プ、プレゼント用意できてないねん」
涙目になりながら告げるのに信介はキョトンとした顔をしている。
「・・・さよか」
一言だけ返してそのまま何か考え込む信介にナマエは気が気じゃない。
「あ、あの・・・」
「やったらリクエストしてもええか?」
まさか言われるとは思ってもいなかった言葉に驚くがすぐにコクコクと勢いよく首を振った。
「わ、私ができる範囲なら・・・・」
「お前にしかできんよ」
満足げに微笑んだ信介にナマエは惚ける。やっぱり信介かっこええなあ。
部活をしていないナマエは普段なら早く帰るのだが、今日は信介に送るから待っとってと言われたため、しばらく図書室で時間を潰すと体育館へ向かった。
「悪いな。こんな時間まで待たせて」
「し、信介と一緒に帰れて嬉しいから気にせんといて!」
「さよか・・・」
ナマエの言葉に黙り込んだ彼はリクエストをする気配がない。
「し、信介。何が欲しいん?」
痺れを切らしたナマエが尋ねるが信介が答えることはなく、いつもはまっすぐ帰っている彼が珍しく少し寄り道してこかと言い出す。
普段口数がそんなに多くはない彼だが今日はより口を開かない。やはりプレゼントを忘れたことで怒っているのかと顔を伺うがその様子はなく、機嫌が悪いというより何かに緊張しているように見える。
子どもの頃よく一緒に遊んだ公園のベンチに座らされる。懐かしいなと口元を緩めるナマエの横に信介が膝をついた。
「俺な、ずっと欲しいもんがあんねん」
小さい時からずっと一緒にいたのに初めて聞いた。あまりにも信介が真剣な顔をするから緊張してくる。
「もう半分手に入れたようなもんだけどな、全部が欲しい」
こちらをじっと見つめる目に熱がこもっている。焦がれるような目にひゅっと息を飲む。
「結婚してほしい」
けっこん・・・けっこんって何だっけ?けっこん・・・結婚!?パニックになるナマエを他所に信介は続ける。
「俺も十八なったしな。今すぐにやないけど、予約や。ばあちゃんもナマエが嫁に来れば喜ぶし俺も小さい時からお前が嫁に来るもんやと思っとったけど、ちゃんと返事が欲しい」
するりと左手の薬指に何かが嵌められるような感覚。びくりとするナマエの手を両の手でしっかりと握りしめた。
「ゆ、びわ・・・」
「婚約指輪やな」
今はあんまりええもん買えんけど、と続ける彼に痛いくらいに胸が鳴る。
「俺のもんになってくれるか?」
緊張したように、しかし明らかに返事を確信した様子で尋ねてくる彼の表情は普段からは考えられないほどに甘く蕩けている。
「信介のもんになる!」
未だに足元に膝をつく信介の首に飛びつくと最上級の幸せを噛み締めた。
prev:next
TOP