「ナマエって棘のこと大好きだよなー」
「うん、大好きだよ」

パンダの言葉にナマエが頷けば棘は嬉しそうに頬を緩めた。入学当初から続くそのやりとりに真希は違和感を感じ続けていた。
赤くなった頬、潤んだ瞳、棘を追うその視線までもが恋する乙女そのものだったが、何かが違うと思った。



「真希ちゃん!今日の任務一緒で嬉しい!」
「そうだな」

本来のナマエは天真爛漫で人懐っこい性格なんだと思う。補助監督とも仲が良いし、私はあなたのことが好きですよ、というような態度を全面に出すのだ。棘がいない時は。人格が変わったとまでは言わないけれど人によって態度を変えるという域を超えている。出会った当初、ナマエは棘の後ろに控えて不安そうに歩いていて不快だったのを覚えている。「女は3歩後ろに」を体現したような女で、必要以上に冷たく当たった。初めて二人での任務になった日にはなんでこんなやつと、とか、足手まといになりそうだとか、そういう考えでいっぱいだった。

「私はお前を助けねぇからな」

移動の車の中で言えばナマエは当たり前だとでも言うように笑った。

邪魔になったのは私だった。
ナマエの術式は分からなかった。ただ一言何かをナマエが唱えた瞬間に呪霊は消え去った。

「そんな便利な術式があるんなら最初から使っとけよ」
「無条件に使えるわけじゃないか、ら」

ふらりとナマエの体が崩れ落ちる。外傷はなかった。呪いからの攻撃を受けている様子もなかった。私が攻撃を受ける直前に祓ったことからあまり使いたくはない奥の手のようなものであることは分かった。

「おい!どうし、」
「うるさい!うるさいうるさいうるさいっ!」

明らかに様子がおかしかった。耳を塞いで、頭を抱えて目は焦点が合っていなかった。

「伊地知!ナマエが!」

ナマエを担いで車に走った。家入に早く見せるために伊地知も猛スピードで走った。

「あー。これダメだ。狗巻棘を呼べ」

連絡先から棘を見つけて電話をかける。棘はワンコールででた。

「棘!ナマエが!」

説明する前に電話が切れた。あいつがナマエのことに関する連絡を無視するとは思えなかったから、ここに向かっているのだろう。

「呪力ないんだよね?それなら外に出ていた方がいい」

家入の言葉から棘が呪言を使おうとしていることが分かった。棘と入れ違いで外に出た。何の呪言が使われたのかは分からなかった。




「真希ちゃん、おはよう」

翌朝教室に入ってきたナマエは気持ちが悪いと思ってしまうほどに大人しく、いつも以上に蕩ける視線を棘に向けていた。









一目惚れだった。世間で聞くような雷に打たれた感覚とか、そういうのではなくてただ漠然とこの子は自分のものだと思った。

「棘くんって珍しい名前だね!」

ナマエが笑った。花が咲くような、綺麗な笑い方だった。綺麗な花は見初められて摘み取られてしまう。だから

『笑うな』

最初にナマエかけた呪言だった。その時からナマエは、笑わなくなった。
二回目に呪言をかけたのは、ナマエの家の庭だった。ナマエの家の庭には弱い呪いだけを通す特別な結界が張られていた。術師としての成長を促すために、弱い呪いを放し飼いしていた。ナマエだけなら問題なく祓えた。だけど棘は呪言のコントロールがまだ上手くできなかった。

『潰れろ』

呪言は広がって庭を潰した。ナマエ以外のものは全てぺちゃんこになって無惨な姿だった。格上というわけでもなかったから傷は内臓までは届かなかった。ただ、一度に多くの呪いを祓ったのは初めてで、喉に傷がつき、ぼたぼたと血が溢れた。

「棘くん死なないで!」

ナマエは棘に縋り付いて泣いた。やっぱり泣き顔も綺麗だと思った。自分以外に感情を向けて欲しくなかった。
二度目の呪言は自分だけを見てほしいというものだった。傷は胃の中まで広がった。



幼いまだまだ未熟な術師の呪言がずっと続くわけもなくまたナマエは笑うようになった。ああ、盗られてしまうと歯噛みする。そんな棘の前でナマエは倒れた。術式の影響だった。
万物を知るもの。一見便利そうにも聞こえるそれは術者であるナマエ自身を傷つけた。

「痛い痛い痛い!頭われちゃうよぉ!!!棘く、助け、あ゛ぁ゛!」

耳を塞ぎたくなるほど悲痛な悲鳴だった。ナマエの家の者も何もすることができず、ただナマエから視線を逸らした。

「ナマエの術式はね、全てが聞こえて、全てが分かってしまうものなの」

この場にいる誰にもどうすることもできなかった。
棘以外は。

棘はのたうち回るナマエの体を起こして柔らかな頬に触れた。痛みで暴れるナマエの手が棘の頭を叩き、顔を引っ掻くがそんなことは気にならないほどに棘は興奮していた。

『俺だけを見て。俺だけの言葉聞いて。俺だけを理解して』

ピタリとナマエの動きが止まって、体から力が抜けていく。穏やかな顔で眠るナマエを見てうっそりと笑う。ナマエを助けることができるのは自分だけだ。そう思った。


週に一度。ミョウジの家に頼まれた棘はナマエを呪うようになった。

『俺だけを見て。俺だけの言葉聞いて。俺だけを理解して』

以前使ったものと同じ呪言ともう一つ。

『俺だけを愛して』

その言葉通りナマエは棘の後をついて回るようになった。狗巻家もミョウジ家も誰も止めるものはいなかった。ナマエの救いは棘にしかないと、誰もがそう思っていた。






ナマエはいつも寂しかった。
強い術式を持ったナマエの周りには誰も近付かなかった。万物を知るもの。それは全てを理解するということだった。常に術式を使っているわけではなかった。それでも人は『自分』を知られることを恐れナマエに近づこうとはしなかった。
一人は寂しくて、怖くて、毎日泣いていた。棘と出会ったのはそんな時だった。棘は自分の意思に関係なく言葉に呪いが宿ってしまうと言った。そんな棘はナマエを恐れなかった。ナマエにとって棘は神様のようなものだった。

『笑うな』

そう言われたから笑わなかった。無意識に知ってしまった呪言を避ける方法で棘の呪いはナマエには効かなかったけれど、ナマエは笑わないように努力した。
全てが潰れた庭の中では棘が本当に死んでしまうことはないと分かっていながらも、怖くて泣いてしまった。薄く棘の口が開き、呪言を使うと思ったからナマエは全ての呪力を解くように努めて無防備な体でそれを受け入れた。
もう棘のことしか見れなかった。


棘の言いつけを破って笑ってしまったからかもしれない。ナマエはそう思った。
いくら全てが分かってしまうとは言え分かることと実際にできるということは全く違っていた。勝手に術式が暴走してナマエの脳内を荒らしていった。全てが分かってしまうと何も分からなくなる。壊れていく。しかしナマエにはそれに耐えられるように脳が作られていた。死ぬほど頭が痛かった。耳から聞こえる全ての情報がうるさかった。目から入ってくるものが、脳に直接入ってくるものが痛くて、苦しかった。完結しない情報は永遠に続く地獄そのものだった。

「痛い痛い痛い!頭われちゃうよぉ!!!棘く、助け、あ゛ぁ゛!」

ナマエにとって棘は神様そのものだから棘に願ってしまうのは当然だった。
棘に体を起こされて、嬉しくて、でもその刺激すら皮膚からの情報で、痛かった。傷つけたくないのに体が勝手に動いて棘を傷つける。死にたいとすら思った。

『俺だけを見て。俺だけの言葉聞いて。俺だけを理解して』

棘の声がナマエの脳髄を浸した。じわりじわりと入ってくる情報が少なくなり、やがて一つになる。棘の魂の形すらも知覚したナマエの脳は快楽の沼に沈む。これが棘くん。この音がこの感触が、この形が、これが狗巻棘。
どろりと粘着質なそれに沈んで抜け出せない。しかしそれはナマエが望んだことで、ナマエのための沼だった。



そして週に一度。ナマエには棘の呪いがかけられるようになった。

『俺だけを見て。俺だけの言葉聞いて。俺だけを理解して』

底の見えない、どこまでも分からない沼に沈む。

『俺だけを愛して』

上下も分からなくなるほどに強い愛がナマエの脳髄を溶かした。
歳を追うごとに棘の呪いは強力なものになっていく。いずれそれはナマエの魂までもを絡めとり、閉じ込めて、離さなくなる。


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