グロあり



「うわぁ、最悪」

いつの間にか伝線していたストッキングを見てため息をつく。ストッキングを破くのは今月3回目だ。地味に高いんだよなぁ。太もも部分だから目立ちはしないがちょっとした衝撃ですぐに膝下まで破けてしまいそうだったため、ラストひとつになっていた予備を開けることにする。
ポストから最近取るようになった新聞を取り出して階段を登る。本当は朝コーヒーを飲みながら新聞を読む優雅な生活をしたかったのだが、夜帰ってきてから辛うじてある意識の中で義務となっているスクラップをする分の記事しか読めていない。これに毎月5000円もかけているのだからもったいない。
すれ違ったお隣さんと挨拶をして玄関を開けた。狭い玄関でゴロンと横になって伸びをする。靴を脱ぐ気にもなれなかった。どうせ一人暮らしだからだらしない私の行動を咎めたりする者はいない。少しだけ休憩をするつもりだったのに気がつけば一時間ほど眠っていて慌てて起き上がった。背中はバキバキに固まっている。すぐにお風呂に入って汗を流す。ドライヤーをするのも面倒で濡れた髪のままご飯を食べた。
片付けるのしんどいなぁ。重たい腰を持ち上げて皿をシンクに持っていく。台拭きを持っていくと先ほどまでは気付かなかったものがあることに気付いた。

「あれ・・・・?」

私こんなところにストッキング置いてたっけ?
新しいストッキングが3足。完全に記憶にない。机に置いているのなら昨日今日のことだから覚えているだろうに全く思い出せない自分の頭に恐怖する。それとも親が勝手にきて置いておいてくれたのだろうか。そうであると信じたい。
読みたくもない新聞を取り出して頭を抱えた。










あなたのことは全部知ってる。好きなものから嫌いなもの。今朝の朝ごはんまで全て知ってる。通勤電車で毎日隣に座るのにあなたは全然気付かないね。今日なんか肩がぶつかって、「ごめんなさい」って会話までしたのに。でもあなたの声が入った耳が、浸透した脳が、触れ合った肩が幸せで満ち溢れて、そんなことどうでも良くなるんだ。
それなのに不思議だね。最初は見ているだけで良かったのに、同じ空間にいるだけで良いって思っていたのに、もっと触れたくなるし、認識してもらいたくなる。どうしたらあなたの中に在れるんだろう。
昨日置いておいたストッキングも全然気付いてなかったし。そんなあなたが好きだけど、俺は時々心配になるよ。
あなたの隣に座ったあいつも、目の前に立ってあなたを見つめているそいつも全部殺してあげるから。俺だけを見てくれれば良いのに。
ふわりと甘い香りが漂って立ち上がった君についていく。毎日見送ってあげるから安心してね。
そういえば、この前読んだ本で二つある臓器のうち一つなくなっても人間は死なないって見たことがある。まずは腎臓を贈ってみるのはどうだろうか。お肉と一緒に冷蔵庫に入れておけば一緒に食べてくれるかもしれない。いつまでもどんな時でもあなたと一緒にいたいから。まずは俺を君にあげるね。







「あれ?私お肉なんて買ってたっけ?」

冷蔵庫を開けてみればいつもは買わないようなお肉が入っていた。腐っているわけではなさそうだし、間違えてカゴに入れてしまったのかもしれない。面倒くさいし炒め物にでもしよう。仕事帰りに買ってきた食材を冷蔵庫の中に入れて、夜ご飯で使う分だけを取り出した。お肉は今まで食べたことがないような、不思議な味がした。


彼女が俺を食べた。彼女の体の一部は俺で構成された。痛み止めが切れてじくじくと体の芯から傷口が痛み出すけれど、そんなことは些細なことだと思えるほどに多幸感に満ち溢れ、今ならなんだってできるような気分だった。

「人一人殺すのってすごく体力がいるんだけど今なら無敵ですね」

怯えた顔をする男の顔に包丁を突き立てた。徹底的に目を潰した。今朝、彼女を見ていた男。

「ん゛―!!!!!」
「うるさいなぁ」

図々しくも隣に座って彼女に肩を触れ合わせていた男はそれを見てギャーギャー叫んでいる。いくら防音の部屋だとはいえ、ここまでうるさいと外に聞こえてしまう。さっさと殺してしまうに限るな。彼女に触れた右腕を肩から削いだ。目を潰して、醜く溢れる悲鳴がうるさくて、喉を一突きすれば男は陸に打ち上げられた魚のようにビチビチと飛び跳ねた。
気持ち悪い。二人分の死体の後処理なんてしていたら彼女の通勤時間に間に合わないかもしれない。部屋から異臭を漂わせたままにしたくはないが仕方がない。できるところまではやろう。小さく体を解体して、袋の中に詰めようとしていたところで、朝早いのに彼女の部屋と繋いでいる盗聴器が声を拾った。

「おはようございます。・・・・はい、はい。分かりました」

寝ぼけているのか少し舌が回っていないのが愛おしい。

「今日は休みで、明日早くなるんですね。はい、連絡ありがとうございます」

神は俺を味方したようだった。通勤電車で彼女の近くに行けないのは辛いけれど、今日が休みになるのであれば、死体は処理できる。
仕掛けたカメラを覗き込むと二度寝をしようと布団を被り直す彼女が見えた。かわいいなぁ。

肝臓、肺、膵臓も少しずつ彼女に吸収させた。流石の彼女でもおかしいと思ったみたいで、肺を贈った時は捨てようとしてたけど、睡眠薬を飲ませてミキサーにかけた肺を口の中に流し込めば俺の一部は彼女と一体化した。次は何をあげよう。不審に思ってはいても、それらが人間の臓器だとは思ってないみたいだから次にあげるのは人間の臓器だと気付いてくれるものにしようかな。ずり落ちた眼鏡を押し上げる。・・・・そういえば、目も、手も足も2つずつあるな。あなたに見て欲しい。触れて欲しいから。まずは目を、そして手をおくるね。










人の眼球が届いた。帰ってきたら机の上に置いてあったそれに、思わず悲鳴をあげてしまった。でもこれが部屋の中に置いてあるってことは犯人は私の部屋の中に勝手に入れるわけであって、今も同じ空間にいるのかもしれなかった。財布と、携帯と、意味のなくなった鍵だけを手に持って部屋の外に出た。警察に言うべきなのだろう。でも警察は以前ストーカー被害にあった時だって当てにならなかった。見回りを強化しますね、なんて言われてそれからしばらく家の周りを巡回してくれるようになって、でもすぐにそれもなくなって。犯人からの報復も怖かった。
東京に知り合いなんて職場の人くらいしかいない私は、誰のことを頼ることもできなくて、街灯が多くて周りより少し明るい公園のベンチに座って時間を潰すことくらいしかできなかった。

「大丈夫ですか?」

俯いていた私に眼鏡をかけた知的そうな男が声をかけてきた。左目は眼帯で覆われている。

「・・・少し、怖いことがあって、家にいたくないんです」
「へぇ。怖いことってどんな?」

家の中に眼球が置いてあって・・・・なんて言えずに言葉に詰まる。無理に言わなくて良いんですよ、と微笑まれて、ほっと
息を吐いた。

「女性一人でこんなところにいるのは危ないですから。よろしければご一緒しましょうか」

その男性はとても紳士的で、知らない人なのに迷惑をかけてしまうわけにはいかないと首を振った。

「そろそろ帰りますね。声をかけてくださってありがとうございます」
「いえ、お力になれなくてすみません」

送っていきましょうか、という申し出を断って、重い足で自宅への階段を登る。鍵を開けて、クローゼット、トイレ、お風呂と人が隠れることができるような場所を全て探して誰もいないことを確認すると、玄関の鍵を閉めてチェーンをかける。すぐに引っ越そう。震える体に毛布をかけて縮こまった。

職場の近くに引っ越した。少し家賃は上がってしまったが、あんな部屋に住むよりは全然良い。前より厳重になった部屋の鍵を開けてまたすぐに鍵を閉めた。前より防犯意識は上がった、と思う。
上着を脱いでふと、机を見てヒュッと息を飲み込む。身に覚えのない大きな箱が机の上に鎮座していた。そしてその横には捨てたはずの眼球。
酷いじゃないですか。痛かったのに。
狂っている。メッセージカードに書かれた言葉を飲み込んで、これは犯人が自分の眼球を抉ったのだと確信した。
見なければ良いのに、硬い箱の蓋を開く。ゴツゴツした、自分のそれとは全く異なる男の腕。

「ウ゛ッ」

思わず吐き気が込み上げてきて、喉まで上がってきた吐瀉物をぶちまけた。血の臭いと相まって、とてつもない異臭がした。よろけながら部屋を飛び出した。人通りの少ない道をフラフラと走る。

「あ、」

誰かにぶつかったけれど謝ることもできずに通り過ぎようとする。

「待ってください」

以前公園であった男だった。

「顔色が悪いですよ。大丈夫ですか」

溢れた涙で視界が歪んだ。誰でも良いから話を聞いてほしかった。

「わ、たし・・・・・・へ・・・?」

男の体に縋り付いてあるべきものがないことに気付いた。

「やっと気付きましたか」

赤く染まった男の頬に、熱く吐き出されたその吐息にゾッとして、膝がわらった。腰を抜かして座り込む私の頬を男は嬉しそうに撫でた。

「気に入ってくれましたか?俺の左腕」


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