「師匠!」
「ひゃ、ひゃい!」

二宮隊の隊室に向かっている途中に犬飼先輩と師匠が歩いているのが見えたから声をかければ師匠はびくっと肩を揺らした。

「あ、ごめんなさい。驚かせて」
「い、いや」
「大丈夫だよナマエちゃん。辻ちゃん、ナマエちゃんがこっち来てるのかなり早い段階で気付いてたから」
「犬飼先輩!余計なことを言わないでください!」
「そんなことよりナマエちゃんが手に持ってるの何?」
「あ、これは遊園地のペアチケットです!」

くじ引きしたら当たったんです!とナマエは胸を張る。普段こういうものは全く当たらなくて、ティッシュばかりもらっていたナマエからしたら、一生分の運を使い果たしたか?と思うが、せっかく当たったのだから楽しまなくては!と心を弾ませた。

「ペアチケットだよね。誰と行くの?」

犬飼先輩の言葉を聞いて師匠はそわそわと体を揺らし始めた。誰と行くとはまだ決めていないけどここはいつもお世話になっている師匠を誘うべきだろうか。というより誘っても良いのだろうか。女である私と丸一日一緒だなんて師匠は疲れないのだろうか。辻はじっとチケットを見つめるナマエに祈るようにこっそりと指を組んだ。

「いつもお世話になっているので師匠を誘いたいんですけど・・・・」

ナマエは控えめに辻の反応を伺った。それを聞いて犬飼はニヤッと口角を上げる。

「よかったね辻ちゃん。デートだよー」
「っで!」

あわあわと唇を震わせて左右に視線を漂わせる。もしかして迷惑でした?と問うナマエに辻は必死に弁解して、ナマエと一日デートをする権利を与えられた。


意外としっかりした子であるナマエはきっちりと5分前に待ち合わせ場所に着いた。もしかしたら師匠もいるかも・・・・と視線を彷徨わせれば、少し緊張した面持ちで自分を待つ辻の姿が目に入った。

「師匠!お待たせしました!」

思わず駆け寄れば、辻は嬉しそうに視線を上げた。

「ミョウジさ、ぅあ!?」

赤らんでいた頬をさらに赤く染め、ぎゅっと目を閉じた。

「あの・・・・師匠!?」

ナマエの顔を見ないように下を向いたのが、それは決して良い判断ではなかった。ショート丈のパンツから伸びた白い足が眩しく輝いている。ぅぐっと喉を詰まらせるような音を出した辻を心配してナマエは辻の顔を覗き込んだ。

「もしかして体調悪かったりします・・・・?」
「っぁ、だ、だいじょ、うぶ!」
「本当ですか?」

疑うような視線を向けてくるナマエから視線をそらしてもう一度大丈夫だからっ!と叫ぶ。ナマエは納得いっていないような顔をしながらも具合悪くなったらいってくださいね?と念を押した。






「師匠どれ乗りますか?最初はメリーゴーランドとかにしときますか?」

ナマエは辻が白馬に乗っている姿が見たくてキラキラと瞳を輝かせた。整った顔をしている辻は本物の王子様のように見えるだろう。ナマエがそんなことを考えているとはつゆとも知らない辻はミョウジさんが乗りたいのなら、と特に何を考えるわけでもなく頷いた。

「っえ!?ま、待って!ミョウジさんは乗らないの!?」

いつの間にか自分の隣から消え、柵の外にいたナマエに辻は慌てた。

「私、師匠の写真を撮りたいので!乗り物乗ったら撮影禁止なのでっ!」

途中までは近くで撮る気満々だったナマエだが乗り物内での撮影禁止の看板を見つけてからはこっそりと辻に見つからないように列を抜けていた。もちろん緊張でナマエのことを見れていなかった辻はナマエがいなくなっていることに気付かなかった。きゃっきゃと騒ぐ子供達を待つ親に混じって携帯のカメラをスタンバイする。座ってください、とスタッフに怒られた辻は少し落ち込みながらナマエの目論見通り白い馬に乗った。

「師匠―!こっちに目線くださーい!」

きゃーと黄色い悲鳴を上げて喜ぶナマエの希望通りカメラに目線を送る。笑顔欲しいです!と言われて少し引き攣られた笑顔を向ける。一週目は満足げにビデオをとり、二周目ではカメラを起動させる。ナマエのカメラロールは白馬に乗った辻で一気に圧迫された。
ミョウジさんが喜んでるなら、いいのか?言われた通りに笑う辻は複雑な心境だった。



「・・・・満足した?」
「はい!とても!」

ナマエは携帯を大事そうに握りしめてにまにまにとにやけた。辻にはそんな顔さえ可愛く見えてしまうのだから困ったものだ。ナマエの携帯の一部に自分が増えたのだから辻にとっては良いことといえば良いことだった。

「次は何に乗りますか?」

辻は少々げっそりしていたがそれは精神的なものからくるものだとわかっていたのでナマエは休憩を切り出さなかった。しかし普段お世話になっているお礼に・・・・と思ってのことだったのに自分ばかりが楽しんでは本末転倒なため、次の選択肢は辻に任せる。

「ぁ、あれ、は?」

辻が指したのは地上から遠く離れたところでくるくると回転するブランコだった。遠心力で飛びそうなのがとても怖い。キャーと聞こえてくる悲鳴に少し怯えながらナマエは同意する。思ったより列は短くて、ナマエ達の番はすぐにきた。ナマエはさりげなく遠心力が小さいであろう内側の椅子を確保して辻に外側に座らせた。申し訳ないとは思うが、この乗り物は辻が選んだのだ。きっと楽しんでくれることだろう。先程自分からメリーゴーランドを選んでおきながら乗らなかったことはさっぱり忘れて、安全バーを下げた。このちゃっちい鉄の塊は本当に安全バーとしての役割を果たすのだろうか。もしもの時はショートパンツに挟んでいるトリガーを起動して、耐え凌ぐしかない。
高度はどんどん上がっていき、今は二階建ての建物の屋根は見えるほどになっている。

「ぅ、ミョウジさん」

辻もナマエも真っ青な顔をしている。トリオン体だとこの高さから飛び降りることなど日常茶飯事なのだが、生身でこの高さは初めてのことでぞわりと寒気が走る。
しかし高度はまだまだ上がる。

「ごめん、ミョウジさん、本当ごめん」

言い出しっぺの辻も高度が最高潮に達するまでに後悔してきた。女の子が苦手などとは言っていられないほどの恐怖だった。ナマエもやめておけばよかったと鎖を握りしめる。

「し、師匠」
「な、何?」
「もしこのブランコのチェーンが千切れたら、遠心力でどのあたりまで飛ぶんでしょうね」

ナマエは真っ青な顔で言わなくてもいい事を言った。考えたら余計に怖くなってきた二人はこっそり持っているトリガーのことばかりを考えている。

「ちゅ、駐車場、くらい、までは」

辻も答えなくていい事を答える。ビュービューと強風に吹かれ気になったナマエは自分の乗っている椅子のチェーンを視線で辿ると、辻もそれを見て同じように視線をたどった。今のところは大丈夫そうだ。

「実際はチェーンが千切れる心配より、安全バーから抜けて落ちちゃう可能性の方が、高い、かも」

今度は辻が余計なことをいえば二人してぎちぎちとチェーンを握りしめた。それこそチェーンが千切れるのではと思ってしまうほどに。ぴたりと椅子の座面に腰をつけて、しかし後ろには反らないように気をつける。バランスを崩したら終わりだ。そう思った頃にようやく高度が落ちてきて、ナマエも辻も踏みしめた大地の感覚に感動するのだった。

流石に休憩を取ることにした辻とナマエは気になっていたグラデーションになったドリンクを購入してベンチに座った。ふー、と二人して胸を撫で下ろす。生きて帰れた。生還した。遊園地で持つには些か重すぎる感想を持って、何も喋らずに過ごす。しばらく二人とも口を開く気にはなれなかった。

「次、何にします?」

二人ともドリンクを飲み終えて、カップをゴミ箱に捨ててから、ナマエが園内マップを広げた。今自分たちが一番近いのはジェットコースターだ。先程のブランコよりは全然怖い気がしない。

「ジェットコースター大丈夫ですか?」
「ぅ、さ、さっきのよりは、全然」

辻もナマエと同じ感想を持ったようで、先程乗った二つのものよりも列の長いジェットコースターに並んだ。


「安全バーもがっしりしてますね」
「ぁ、あれよりは、安心、かな」

安全バーをピッタリと自分の体に沿えて下ろすとやっぱりさっきよりは安心感があるなと思いながら前を見る。運よく最前列だった二人は園内の景色がよく見える。ガタン、ガタン、と音を立てながら登っていくジェットコースターは少し恐怖を煽るが、景色はとても綺麗だ。
そういえば師匠って悲鳴をあげるのかな。
じっと自分の隣を見つめればずっとナマエを見ていた辻とバッチリ視線があった。

「し、きゃあああああああ」

前を見ていなかったせいでいきなり高度が下がりガクンと首が持っていかれる。自分の悲鳴のせいか辻の悲鳴など全く聞こえなかった。

「だ、大丈夫?」
「は、い。楽しかった、です」

少々くたびれたナマエは次こそは師匠の悲鳴を聞くために他のジェットコースターを乗り回した。結局自分の悲鳴で辻が悲鳴をあげているかどうかはわからずじまいだった。

「次は・・・・あれ、乗ってない、ね」
「乗りましょう!」

船が角度をつけて揺れる乗り物。最終的には地面に対して90度近くの角度になる。少しブランコと似たような何かを感じたがあれほど高度もないし気のせいだろうと頭を振ったナマエは船に乗り込む。ブランコやジェットコースターとは違い船は四人席で、ナマエの隣には小太りのカップルが乗り込んできた。それだけなら何も言わない。文句はない。しかし・・・

「安全バーが・・・・」

真っ青な顔になって辻を見れば辻の方にも隙間は空いていた。ナマエなんかはあと二人分ナマエが入るくらいの隙間がある。ガタン、と船が音を立てて動き始める。角度はじわじわと傾いてくる。

「し、師匠」

二人は視線を合わせる。お互い顔色はもちろん良くなかった。

「う、腕を、腕をくんでもいいですか!???」

一人が落ちかけてももう一人が耐えられれば落ちることはない。辻は葛藤の末、ナマエが落ちてはいけないと思って肘を差し出した。案の定二人はゾッとするほど何度も落ちそうな目にあい、ナマエは辻と腕をくんでいなければ足を踏ん張ったところで腰が浮いていた。今までにないほどの接触だが、辻もナマエもそんなことを気にする余裕はなくなり、ようやく落ち着いてきた頃に腕を離せば、触れ合っていたことを思い出した二人の血色はそれはもう良くなった。

「た、楽しかったですね!怖かったけど!」
「ぅあ、そ、そう、だね」

初々しいカップルに見えたらしい二人はこの後に行ったキッチンカーでサービスを受けた。ナマエはホットドックに夢中になっているし、辻も、カップルではないと否定するのはもったいない気がして間違いを訂正しなかった。

その後も色々な乗り物に乗り回し、気付いた時には日が落ちかけていた。二人は慌ててお土産を見に行く。
一人一人に選んでいる時間がなくて、二宮隊のみんなにまとめてお菓子を買った。犬飼先輩あたりに何か言われそうだなぁと二人で話しながら帰ったのだがその予感は的中する。






「二人ともそんなに楽しかったんだね」

二人が差し出したお土産のクッキーを食べながら、犬飼はにやにやと笑ってみせた。

「楽しかった、ですけど・・・・?」
「だって絶対辻ちゃんもナマエちゃんもお土産は一人一人に渡すタイプでしょ。楽しすぎて時間も忘れてたんだー」

二人はグッと言葉に詰まる。楽しかった。とても楽しかった。犬飼先輩の言う通り時間も忘れて遊び回るほどには。心なしか氷見もにやけているように見えたし、二宮もクッキーを握りしめて無言でこちらを見つめている。二人は3人から視線を逸らすようにそっぽを向いた。




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