幼い頃は、父と二人っきりで――物心つく頃には、奴隷として家畜以下の扱いを受けていた。だからだろうか。僕は、殊の外“家庭”というものに強い憧れがあった。
もし結婚するなら、明るく朗らかな子が良い。それか、たおやかで優しい人も捨てがたいな。勿論、美人なら言うことナシ!
……なんてね。
初恋もまだだっていうのに。というか、まともに女の子と会話すらしてこなかったのに、夢だけは大きくて勝手もいい所だ。
だけど……だけど、まさか、そんな夢がいきなり目の前に現れるんだから吃驚だ。
「指輪渡しに来ただけなのに、ルドマンさんって、豪快な人なんだねっ」
愉快そうに声を踊らせてる幼なじみの顔が、いつもより眩しく感じた。ビアンカの笑顔はお日様みたいで、可愛くって、ついつい僕の胸はポーッと熱くなってしまう。
「すみません。父は言い出したら聞かない人で。……御迷惑ですよね?」
桜色の頬を色づかせながら、彼女が頭を下げる。……美しい。ここまで汚れない人を見たのも初めてだ。フローラさんは女神みたいで、目が離せなくなってしまった。
突然沸いた結婚話。おまけにその相手が揃って美人。右は向日葵、左は百合とくれば、僕じゃなくても有頂天になるだろう。
どちらも素敵な奥さんになるだろうし、どちらを選んでも、愛せる自信ならある。
……と、悩む僕の背中に激痛が走った。
「あんたなら、結婚してあげてもいいわ」
いや…………なんだ、この人は。
いきなり出て来て、選ばれる気満々だから怖い。ていうか、痛い。うん、もの凄く痛い女だってのは確かだ。なにしろ彼女がいるだけで、辺りには香水瓶の中に入ったみたいに、強い香水の匂いが充満してる。
胸なんて半分はみ出てるし……なんかもう、色っぽいっていうより、お下品だな。 ほらほら、チラリズム? 隠されてるからこそ、そそられる訳であって。こう、さらけ出されてると、有り難みが無いよね。
ルドマンさんは、誰を花嫁に決めるのか“一日考えろ”って言ってくれたけど、一日じゃ足りないな。ビアンカか、フローラか。……どちらも魅力的すぎるんだもの。
もっとも、デボラを選ぶ気なんて、毛頭無い。あんな女と一緒になったら、僕はきっと間違いなく不幸になる事受け合いだ!
なんて、思ってたんだけど……な。
「ほ、ほ、ほほほ、本当に、冗談抜きで、デボラなんかを選んでしまうのかね?」
驚き過ぎです。お義父様。
ええ、僕も吃驚です。なにより僕自身が決めた瞬間から既に後悔していますから。 何故、傍若無人で、傲慢で自意識過剰な彼女なんかを選んでしまったのかってね。
でも、僕は昨日……見てしまったんだ。
フローラさんが男に賞賛されてる時、彼女が悲しげに手を握り締めてる所を……。 それを見たら、なんだか可哀想で、どうしても見捨てられなくなっちゃったんだ。
だって、そうだろ? ビアンカもフローラも、欲しい奴はいても、捨てる奴なんている筈がない。誰だって、彼女達を幸せにしたいと思うに決まってる。だけど……だけどデボラは、みんなに疎まれてるんだ。
そう思ったらさ、醜いって、凶暴だってだけで嫌われる魔物達みたいで、途端に昔別れたゲレゲレの事を思い出して……さ。
僕しか彼女を救えないって――――
……何故かそう思っちゃったんだよね。
「うふふ、あんたは今日から私の下僕ね」
選りにも選って下僕ですか。あーはいはい、仕方がないな。もう、こうなったら自業自得と、自分の性分を恨むしかないや。
暴れ馬を従わせたら、どの馬でも乗りこなせる騎手になれるって、誰かが言ってたじゃないか。きっとデボラを変えれたら、世界中の誰とでも仲良くなれる……筈だ。
――縁は妙と雖も、それがまた人生の華となり、幸となり得る。……こうして、僕とデボラの結婚生活が始まったのだった。
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