小説(雷霆/番外編) | ナノ

男だらけの酒盛り大会


 “女三人寄れば姦しい”という諺がある事を皆も御存知だろう。これは、女という生き物の会話が、止まりを知らない事を差した言葉であるが男もその例に漏れない。

 何故ならば、脳の構造上、“煩さ”に耐えられるのは、女より寧ろ男の方である。
 こと酒が入った時、男の煩さ、喧しさは女の比では無い。もしその場に女の姿が無ければ、男の“羽目”など無いに等しい。

 それは彼等も、世間一般の男と同じで。

「ガキんちょは寝ちまったしな! こっちはこっちで楽しもうぜ」

 目前に置かれた酒瓶を見て、リョウが喉を鳴らす。アル中手前のガイラスは当然として、リョウも割りと酒は好きな方だ。ただ、己が肉体を武器とする武闘家という事もあり、普段滅多な事では口にしないが。

「まあ……偶には良い、か」

 どうやら瓶の中に気に入りの酒を見つけたらしい。白いラベルを貼られた瓶を手に取り、然も嬉しそうな顔を浮かべている。

「オレは遠慮しとくわ」

 やや憮然と、早々に立ち上がるニノ。

 ニノは“酒盛りなど興味も無い”といった顔付きを見せたが、彼が下戸だという事は周知の事実だ。いつも、人を食った態度をしているだけに、その逃げ様は余りに不釣り合いで、二人の笑いを大いに誘った。

「なんなら、ミルクを持ってこようか?」

 ……と、リョウ。優しげな言葉とは裏腹に小馬鹿にしてるのは明らかである。忽ちニノの眉が怒りで釣り上がった、そこに。

「放っとけ。酒の匂い嗅いだだけで、ブッ倒れる奴なんざ、男じゃねぇんだからよ」

「舐めんな。酒くらい呑めるってのっ!」

 兄の台詞に触発されたのか、逃げ掛けた足を戻すと、その場にドッカリと座った。
 ガイラスが最初に言った“ガキんちょ”とは説明する迄もなく、ライの事である。

 パーティー唯一の女性は夢の中。斯くして、男だらけの酒盛りが幕を開けた――。

「……でなぁ、やっと口説き落として服を脱がせたら、パットが転がってきてな」

「なんだ、本物ではなかったのか」

「だっせ。剥かねぇと区別つかねぇとか、マジウケんだけど」

「煩ぇ! つぅか……そもそも女じゃなかったんだわ、これが!」

「……やべぇ」

「それで、致したのか?」

「馬鹿言え。俺にゃあ、そっちの趣味はねぇよ! 勿論、一目散で逃げたけどよ、ありゃあ本当に危険だったなぁ」

 “男三人寄ればエロ話”……とでも言うべきだろう。どうしても男という生き物はそっちの方向へと走るようだ。もう一度、言おう。今、女の目は無い。そうなると、男はエロ話に走る。そしてそれは、エロ話という名の“プライド合戦”なのである。

 つまり、どれだけの女と体験をしたか、どれほど悦ばせたか……そういった競い合いだ。女から見れば非常に馬鹿馬鹿しく、下世話もいいところだが、種の存続たる男の本能か、それらの誇示は重要と言えた。

「まー……ホンモンの女でも危険な時はあるけどねぇ」

 既に呂律が回ってないニノが、コップに付いた滴を一舐めすると、目を落とした。

「軽そうに見えたからヤったんだけど、初めてでさ。スゲェ付き纏われたんだぜ!」

 言い終わりと同時に、背中に寒気でも感じたのだろう。ガンッと乱暴にコップを置いた直後、海老のように仰け反っている。

 無類の女好き、好色一代男と雖も、たまには失敗があるらしい。話に因れば、ニノが引っかける……もとい、誑かすのは遊び慣れた女との事。即ち、恋愛を求めてでは無く、その場限り、一夜限りの行為のみを欲してである。大概に最低だが、彼にしてみれば、“落とせるか”“落とせないか”といったゲームであり、そこに愛は無い。

 たかがゲーム如きで、愛してもいない女に付き纏われては、適わないという事だ。

 ……どちらにしろ、最低である。

「しかしまぁ、ありゃ酷かったよな。うちまで来て、結婚迫ったんだぜ。親父、相手の親に平謝り。こいつはこいつで、他の女の家に隠れちまうし……散々だったなぁ」

「君って男は心底呆れるな。ダルダス殿の苦労が伺い知れる」

「いいんだよ! お師匠はなんだかんだいって、オレには甘いモンねぇ」

「馬鹿たれが。ちったぁ、反省しやがれ! ……ところで、お前ぇさんはどうよ?」

「……俺か?」

 一瞬。ほんの一瞬だけ表情が強ばった。

 何せリョウという男は、モテる割りに女には見向きもしない。というより、ライ以外の女には硬派も硬派。仮に目の前で全裸の女性が現れたとしても、眉一つ動かしたりはしないだろう。尤も、そんな異常なシチュエーション自体、先ず有り得ないが。

「まさか経験ナシだったりして!」

 “ここぞ”とばかりのニノ。コップ五分の一も呑んでいないにも関わらず、酔いレベルは最高値らしい。握った両拳を顎の位置まで掲げ、宛も婦女子がするような仕草を見せた。……気色の悪い酔い方である。

「経験はある……と、思う――が?」

 リョウの方は発言が後に行くほど次第に小さくなってゆく。何やら考え込んでいるのか、困惑しているような顔を浮かべた。

「わからねぇのか?」

「くっ……あははっ。見栄張るなよな。童貞なんてのは普通ふつう! 後、十年守れば、あんたも魔法使いになれんじゃね?」

「何処の世界の話だ、それは。相変わらず君の言う事は意味不明だな」

「誤魔化すなよなっ! あ〜やっぱ、あんたにライは譲れねぇ。つか、端っから譲る気なんか、これっぽっちも無いけどね!」

「それは此方の台詞だ! 君のような好い加減な男になどライを任せてはおけん!」

「やるか? 脳筋。硬いのは筋肉と脳味噌だけ、あっちはフニャフニャ野郎なんかオレ様の敵じゃないけどな!」

「なんて下品な。聞き捨てならん!」

「だぁっ! ブレイク、ブレイク。喧嘩すんじゃねぇ。なんの勝負する気だ、全く」

 ゴンッと瓶で二人の頭を叩くと、ガイラスが溜め息を吐きながら、腰を下ろした。
 さすが最年長者。こういう場合の諫め方は、お手の物である。痛そうに目を細めるリョウを眺めながら「うむ」と、唸った。

「お前ぇさん……記憶喪失だって、言ってたろ。やっぱり、その所為か?」

「恐らくはな。いや、その後に一か……いやいや、何でも無い!」

 “シマった”と、余所を向いたが、もう遅い。目を見合わせるガイラスとニノ、互いにニマッと笑い、身を乗り出してくる。

 芋虫の如くにじり寄り、耳を傾けた。

「“いっか”……なんだよ?」

「バハラタでか? もしかして、タニアだったりして! あの女、あんたを好きっぽかったしなっ」

「無い、それは絶対にないぞ! あー実はだな……まあ、今思えば勘違いというか」

 ゴニョゴニョと歯切れ悪い事、この上ない。このようなリョウを見るのも初めてだった所為か、ガイラスとニノは祭りでも楽しむかのように、ハシャぎまくっている。

 こうなれば、“言わない”では済まされないだろう。リョウは遂に諦めたのか、ガクッと項垂れると、漸く重い口を開いた。

「あれは……」

「ほうほう」

「なになに?」

 ヒソヒソと声を潜め、時に頷き、時に手を叩く。それぞれ静かにしているつもりだが、何せ、三人共、相当酒が入っている。

 酒は飲み過ぎると、感覚が鈍るもの。

 世の酔っ払いがそうであるように、呑めば呑むほどに、周りの事など気にならなくなる。……ぶっちゃけると、彼等の会話はただれ漏れ。甲板にまで筒抜けなわけで。

「いやぁ皆さん、お盛んですね。お若いんだから仕方がないですけど……いやはや」

 騒がしい船室の扉を前にして、アンバーが暢気な声を上げた。ふと、隣に立ち尽くすライを見るなり、肩を数回叩いてくる。

「……慰めてるつもりですか?」

「えっ? ま、まあ。なんだか、怒ってらっしゃるようなんで」

(怒ってなんかない……もん)

 アンバーの問いに返事もせず俯いた。

 一旦、床についたのは確かだが、彼らの喧しさに負けて、目が覚めてしまったらしい。起きたついでに、自分も酒盛りの仲間に入れて貰おうと遊び道具を片手に訪れた矢先、聞こえてきたエロ談義――である。

 ガイラスやニノがエロいのは、まだ諦めがつくとしてもだ。ライにしてみれば、リョウは清廉潔白。およそエロさからは程遠い存在であり、またそうあって欲しい存在である。ライがむくれるのも無理はない。

 御節介なアンバーの視線を振り切ると、ライは胸に抱いてたチェス盤を、突然アンバーへ突き返した。明らかに怒っている時の態度といえるが、取り繕う余裕すらないらしい。プイッと頬を膨らませて、直ぐに回れ右。大股で自分の船室へ帰ってゆく。

 翌日から数えて、三日間。男三人は不機嫌なライに気を揉む羽目となるのだった。
 



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