彼は根っからの商人で、売れるならば例え空気でも商品として扱っていた。無論、只の空気では買い手がつく筈がない。要は如何にして需要を持たせるか――である。
例えば、買い手を聖職者に定めるとしよう。その場合、何かしら神に纏わる話をでっち上げればいい。これが貴婦人という種類の人間だった場合はどうだ。その時はその時で、“神の何か”は、途端に“美容の何か”となる。とどのつまり、全くのインチキ。単なる山師であるが、この町――アッサラームでは、余り咎められもしない。
何故このような暴利が許されるかというと、この町の人間は殆どが商売人気質であり、商売を営まない者でさえ商魂逞しく、大抵の者は“見極められぬ者が悪い”といった考え方を持つからだ。そもそも、アッサラームの町自体が、キャラバンの中継地を由来としている。故に、客を神の如く有り難がる風潮は乏しく、売り手の理屈が正当化されても当然と言えば当然であった。
ある日の事。彼は客を前にして、珍しく頭を垂れていた。普段なら止め処なく口を衝く嘘は完全に閉じられ、まるで石のように唯ただ押し黙っている。片や客の方は、彼の畏縮を見るや、鋭い睨みを利かせた。
「私は真偽を問うているのだ。なにもそう恐縮せんでもよい」
「は、はぁ」
この場合、“恐縮するな”という方が無理な相談で。何せこの客は、並の客では無い。アッサラームの領主であり、また魔法の使い手としても呼び声の高い男である。 つまり男の不評を買えば、彼の首は容易く落とせるのである。権力は元より力量も歴然、全てに於いて、人間と虫くらいの差があるのだ。その所為か男の言葉を鵜呑みに出来ず、彼はもはや卒倒寸前であった。
それに気付いたのか、男は苦笑を零すと
「ならばこうしよう。そちらは情報の逐一を私へ流す。私はその情報を買う。当然それは私が“見極めて”買った物だ。故に責任は全て私にある。仮に騙されたとしても決して咎めはせん。……これでどうだ?」
そう言った直後、身を乗り出した。
「は、はぁ……まぁ、それなら――」
それは彼にとっても、吝かでない提案だったのだろう。その証拠に口元は笑みの形を作っている。ただ、依然として目は合わせられないが――どうやら商魂の方は無事に取り戻したらしい。咳払いを一つ、彼はやおら懐を弄り一枚の紙を取り出す。それは古い時代に書かれた物なのか、書面の所々が黄ばんでいる。しかし文脈から察するに、公的な文書である事だけは分かった。
「これは先日、さる貿易商から手に入れた物でしてね。小汚い紙に見えますが、こいつの出所はなんとアリアハンだと言うのです。そう、アリアハンと言えば時の勇者オルテガが出生した地。おまけにここ、これはどう見ても国王陛下のサインだ。それでこれは珍書の類では無いと思いましてね。私なりに調べてみた所――解ったのが彼のオルテガに纏わる代物だという事です!」
今や、完全に調子を取り戻したらしい。
話しぶりは後半に至るにつれて勢いを増し、その弁舌は玉が坂を転がるかのように澱みない。いつしか男は、“商品”の真偽か否かは余所に彼の話へ聞き入っていた。 |