小説(雷霆) | ナノ
蒼空を舞う聖女(38/41)
 
 広い居間に、靴音が響いている。

 その音を文字にするならば、カツカツと表すのが妥当だろう。音と音の区間は規則正しく、まるでメトロノームの如く正確であるが、それが逆に魔物達を緊張させた。

 スライムやアルミラージを始めとする身体の小さい魔物のみならず、トロル、ガルーダといった大型の魔物でもそれは同じらしい。邪心を祓われ野性特有の狂暴さは当に失われている所為か、己より強者を恐れるのである。尤も音の主は主人の知り合いで、危害を加える筈がないことは分かっていたが、何処か一線を引いた感のあるその人間が魔物達は恐ろしくてならなかった。

 時刻は夕暮れ時――優しく朗らかな主人が出掛けてから、数時間が経過している。

 主人は仕事を持っていることもあり留守番には慣れているが、さすがにこれだけの長い時間を主人以外の人間と過ごすのは初めてだ。それでも声を掛けてくれるような類の人間ならまだ気を詰めないでいられただろうが、この人間は邪険にこそしなかったものの、話し掛けもしてくれなかった。

 代わりに時間を持て余していたことは魔物達の目から見ても明らかで、一つ所に留まっていられない質らしく、直前まで家中の掃除をしていた。その前は畑仕事で、またその前は廂に穴の空いた牛舎を修繕していたようだ。そうしている内にすっかりやることが無くなってしまったのだろう。漸く腰を落ち着かせたに見えたのも束の間、前記したような状況が始まったのである。

 魔物達は気も漫ろで、中でもまとめ役に位置するトッチーの心情は焦燥と言っていい。主人を恋しがり鳴く者を宥め、一方で人間の動向に気を張る。そろそろかと思い窓へと目を向け外を眺めてみたが、牛舎の脇を寝床にしているスノゴンに未だ動きはない。もし主人が帰る時は呼ばれる筈だ。

 では帰るのはまだ先かと、トッチーが落胆しながら視線を移そうとした時だった。

 目の端に、一縷の光が射し込んだ。

 天から降り注ぐ僅かな光。微細な光の粒子は、金色に輝く羽毛のようにも見えた。

 円を描きながら落ちてくる輝きを前に、トッチーは息を飲む。それが瞬間移動呪文ルーラを以て時空通路が開かれた時に放たれる特有の光であると、気付いたからだ。

 トッチーの足が玄関へ向けられたのと同時――滞空する光は地面すれすれの所で集結するや否や、四つの人影に様を変えた。
 


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