小説(魔物使い) | ナノ







 ――生まれ変わったみたいだ。

 いや、正確には生き残れたんだ。僕も、そしてヘンリーも……。こうして考えてみても、未だに信じられない。僕の腕、胴、足。どこも何の問題もなく、五体満足だ。

 あの崖は百二十メートル以上はあったわけで。小さな樽に大人三人、そんな状態だっていうのに、誰一人として怪我をしてないなんて、奇跡というより異常じゃないか?

 僕が頭を捻っていると、ヘンリーは「神の加護だ。俺達が乗ったのは駕籠じゃないけどな」なんて、サムいギャグを言ってきた。ちょっとイラッとしたけど、こんな不思議はそう考えるのが一番かもしれない。

 そうさ……とにかく、僕は生きている!

 何はともあれ、生き残れたが勝ちだ。逆に死んだら、只の負け犬だろ。我ながら汚い考えだけど、あんな所にいれば仕方ないね。あそこでは、いつ死ぬか、いつ殺されるかで毎日が地獄の日々だったんだから。

「おい、お前も風呂に入ってくれば? ここのシスターって、美人揃いでさ。背中流してくれちゃうから、堪んないよなぁ」

 アホが。暢気だな、ヘンリーは。

 第一、僕が奴隷にされたのも、樽なんかで逃げる羽目になったのも、全てお前の所為じゃん。あそこに居た間だって、この僕が、何度お前の尻拭いをしたことか……。

 こんな奴でも、一応はラインハットの王子だから立ててきたけど、よくよく考えれば意味ないんだよな。というか、もしかしてまだ、僕と一緒にいるつもりなのかな?

 ……出来れば、離れたいんだけど。

「ところでさ、これからの事だけど……」

 はい。待ってました!

「お前も俺も、何もないわけじゃん?」

 うん。……いや? 僕は母さんの行方を捜さなきゃいけないしね。一緒にすんな。

「国に帰っても……まあ、俺なんか死んだ事になってるだろうし。だから、さ」

 歯切れ悪い。なんだか、ヘンリーがグジグジしてるとキモい。つか、何が言いたいのか。凄く……凄ーく、嫌な予感がする。

「お前、お袋さんを捜すんだろ。いや、言わなくても分かるよ。親友だろ、俺ら」

 はい? 親友だったんか。……超初耳。

「及ばず乍ら、手伝ってやるよ!」

 “およばす”っていうか、正直な所、呼んでない。というか、空気も読んでない。

 でも――考えようによっては、ナンとか鋏は使いようだ。なんといっても、外は魔物だらけ。一人旅をするなんて、あまりにも危険だしね。それに道中、何があるか分からない。……仕方ない。ヘンリーみたいな奴でも、僕の盾くらいにはなるだろう。

 なーんて考えていたら、「じゃ、これから宜しくな」って笑ってる。まだ返事すらしてないのに勝手もいい所だ。こういうのも以心伝心というのかな。ちょっと違う気もするけど、まっ、いいか。取り敢えず、盾(ヘンリー)は、僕の思惑なんて気付いてないようだしね。本当に暢気な奴だな。

 ――こうして僕は(嫌々ながら)ヘンリーと共に旅立つ事になる。十年に渡る奴隷としての長い日々を経て、僕は掴んだ自由を手に、幸せを得る為の門出へと立った。

 この時の僕はまだ、唯ただ期待と希望に胸を膨らませるだけで、先に待ち受けている波乱の事など、知る由もないのだった。
 

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