1.追憶


「雅美…。見ろ、桜だ…」

口からは血を吐き、息も絶えつつある男は同じく大量の血が付着している服を身に纏う女の膝の上に横になって、そう言った。

「本当に…土方さんは桜が好きですね」
にこりと笑った女の目には大粒の涙が溜まっている。己に付いている血は殆どは敵の返り血であった。逆に、男は今にも息を止めてしまってもおかしくはない程の怪我をしていた。特に胸に貫通したであろう、銃弾の痕からは止めどなく血が流れている。

「京の…桜を思い出すな…」
「えぇ、本当に。…また見に行きましょう、京に」

大地にしっかりと根をはった大木の桜は、何年も前に京で見た桜にあまりにも似ていた。まるで、あの楽しかった頃が蘇ってくるかのように。目を細めてそれを見れば、いつしかの仲間たちがひょっこりと出てきそうだ。

そんな力強い生命力を感じさせる桜とは反対に、女の膝の上にいる男の命はいまにも絶えてしまいそうだ。桜を映す紫苑の瞳は虚ろに開かれている。唇は色を無くし、白くなった肌とは対照に真っ赤な鮮血が目についた。

このまま…土方さんは…。不安で思考が麻痺している脳によぎるのは死という文字。男の手を握っていた己の手が震え出す。苦しそうに息をする男を救うために出来ること、それは。



女は左腰に下げている脇差を抜いた。一体、これでどれくらいの人を殺めてきたのだろう。そんなこと、考えたってきりがない。だが、今はこの刀で目の前で苦しむ愛する人を救うのだ。
不安で震える右手を押さえつけ、腕に刃を滑らせようとしたその時。力強い手によって刃を通すことは叶わなかった。

「何するんですか、土方さん!血を飲まないと…貴方は死んでしまいます…!」

「いらねぇよ…。自分が惚れた女に…痛い思いをさせてまで…生きたいとは思わねぇ…」

「でも…!私は…貴方に生きて欲しいんです!
土方さん…。飲んでください。ただの人間の血ですが、飲めば…」
再度、刃を滑らせようとした。だが今度は刀を持つ手を掴まれる。力強い手は、震えてた。
男は命が尽きる故に、そして女は愛する人が目の前で今にも死に逝くことを悟った恐怖故に。ただ、互いの触れあった手から伝わるのは、溢れ出す、まだ共にいきたい、という思い。

そんな想いを乗せて、一陣の風が吹いた。身を寄せあう二人を守るように、桜の花は一陣の風と共に散って、二人の姿を隠そうとしている。

「なぁ、雅美…。約束しよう…。もし、生まれ変わることが出来たなら…この桜の下で…巡り逢おう…」

ふわりと桜が舞った。零れていく涙は花びらと共に男の体に落ちる。

「何言ってるんですか、土方さん。私は、まだ京で交わした約束を続行中です。…一緒にいると…いつまでも離れないと…約束したはずです」

止めどなく溢れる涙が男の顔に落ちる。べたりと付着した血を綺麗に洗い流してゆく。
そんな女を見て、男はわかっていた。
このまま自分が死んでゆくことも、その後を女が追って来ることも。

「雅美…、お前は…生きろ」

だから男はこう言った。残酷な言葉かもしれない。だが、愛する人を道連れにすることだけは耐えられなかった。

嫌々と首を横に振る女を見て、ふわりと微笑む。涙でぐちゃぐちゃになった顔を、覚えておこう。生まれ変わったら、また出逢えるように。

「笑え、…雅美」

泣き顔よりも笑顔が見たかった。このまま死ぬのなら、最後に見た愛しい人の笑顔をずっとずっと覚えておきたかった。

涙で濡れた顔をきゅ、と上にあげる。なんて不恰好で情けない、でもとても愛しい笑顔。
男は最後の力を振り絞った。不恰好な笑顔をした女の頭に震える手を添えて、最後の口づけを交わす。このまま時が止まってしまえばいいのに。そう心の中で呟き、男は目を閉じた。





ピピピッ…と耳元でいつもの聞き慣れた音がした。まだ眠たい目を擦りながら雅美は携帯の液晶画面を見た。6時30分…。春休みぼけが抜けきらなく、まだ寝ていたいと思うが、二度寝をしてしまえば母親に叩き起こされることは分かりきったことなので、なんとかこらえる。
にしても、久しぶりにあの夢を見た。それはまさしく、前世の記憶の夢。小さい頃はよく見てたのに、思春期に入ってから突然見なくなってしまった。忘れもしない、140年前の記憶。京で過ごした楽しい日々、そして愛しい人の最期。幸いなことに、前世の記憶を持つ元新選組隊士達が身近にいるので今も昔と変わらず楽しい日々を過ごしている。だが、心には大きな穴がぽっかりと空いてるよう。…いくら探しても土方さんは現れない。それが17年間の最大の悩みだった。

「雅美!!早く起きなさい!」
「はーい!今行くー!」

時計を見ると、7時になっていたことに気づき、慌てて階段を下りた。

この時はまだ、夢を見た意味がわからなかった。










 

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