今日もやはり来なかった
紫苑を宿すあの人は、今、何をしているのだろう
「絶対に、お前を迎えに行く」
そうあの人に言われてからかなりの月日が経った
度々来る縁談を何度も破談し、親に厭きられながらも私は、いつの日か迎えに来てくれることだけを信じて、信じているしかなかった
茜色に染まる空、烏が群を連れ巣へ帰るとき、私はきまって北を向きお祈りをする
『歳三さんが…どうかご無事でありますように…』
これしか私には出来ないけど、私にしかこれは出来ない
だから私は毎日、遥か遠い北で戦っているであろう土方さんの無事を祈るのだ
そのとき、
「おい!名前…大変だ!」
『どうしたんです、そんな慌てて…』
歳三さんのお兄様である喜六さんが駆け足で私に駆け寄る
「歳三が……歳三がっ…銃に撃たれて死んだ……」
喜六さんの言葉はいつまでも私の頭に響いていた
「あ、あの……。名前さん…ですか?」
歳三さんの死を悲しみ、村中が土方家へ集まる最中、まだ年半もいかないだろう、男の子に呼び止められる
彼の腕には誠の旗印が。
あぁ、きっと新選組の隊士だ……
『歳三さんは……最期まで戦われた?』
「…はいっ!最期の最期まで、ご立派に戦われました」
『……そ、う…』
無性に込み上げてくる悲しみ。心が悲鳴をあげている
でも私はそれを我慢した。歳三さんを待つ間、身につけられたのは我慢強さだった。歳三さんを好きでいるためには、小さなことで泣いてはいけないんだ
「これ……土方さんが貴女に、と。僕に託されたものです」
『ありがとう……』
おずおずと差し出された風呂敷を抱き締め、彼の元を去った
あまりにも私に衝撃を与える出来事のせいか、ふらつく足元。それを抑えながら、私はある場所を目指す
それは…私と歳三さんの思い出の場所……
川面が夕日に反射して赤く染まる。生い茂る草木に小さな頃は二人で寝転がったものだ。近くに根強く生える木には歳三さんが小さい頃、木刀でつけた傷が今でもあった
「名前!俺はいつか必ず武士になるぜ」
そう言っていたことがつい最近のように感じる
でも………そんな彼はもう………いない
『迎えに来るって……言ったじゃない…』
嘘つき、とぽつりと言った言葉は夕日の中に吸い込まれた。そういえば、と思い新選組の隊士の少年から貰った風呂敷を開ける
そこに入っていたのは、歳三さんの写真と、遺髪だった
『歳三、さ…ん…』
何年ぶりに見たのだろう、久しぶりに見た写真に写る姿に涙が一筋、頬に伝った
我慢していた想いが、枷が外れたように溢れ出してくる
風が私の涙を拐ってゆく。そのとき、風呂敷から紙が一枚、ひらりと出てきた
写真と遺髪の間に挟まっていたのだろう、気づかなかった
迎えに行けなくてすまない ずっと愛してる
紙に書かれた言葉は歳三さんらしい簡素な言葉で、でもそれがとても愛しく思えた
『私も…、ずっとずっと貴方を…愛して、ま…す…』
もういくら待っても彼は来ないけど、それでも私は想いこがれるのでしょう
それくらい、貴方を愛してるから
来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くやもしほの身もこがれつつ
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