ハイキュー!!@

お蔵入り作品たちのお墓


 ボスッ、ボスッ、ボスッ、

「あわわっ」

 ボスッ、ツルリ、

「……ホゲェー! 痛ってぇー!!」

 ドシーン!


 人の気配の少ない校舎裏に、間の抜けた悲鳴と豪快な尻もちの音が響く。オレンジ髪の小柄な少年――日向翔陽は、地面にぶつけたところを涙目で擦りつつも、めげずに見当違いの方向へ転がっていったボールを取りに走った。

「くっそぉ、こんなんじゃあの影山にトスなんて上げさせらんねー……!」

 ――『今のお前が、“勝ち”に必要だとは思わない。』
 澄ました顔で言い放った天才セッターの言葉を思い出し、ふんぎぎぎと歯を食いしばる。バレー部への入部を懸けた勝負に向けてとにかくレシーブを強化しようと、優しい先輩に協力して貰い昼休みにも練習を重ねる毎日。今日はその菅原が委員会の仕事の都合で遅れるということで、1分でも無駄にしたくない日向は先に壁打ちを始めていた。が、これが全くもって上手くいかない。熱くなりすぎて動きがどんどん単調になっていることにも気づかず、ここ最近の菅原のように姿勢の間違いなどを注意してくれる人もおらず。ガムシャラにレシーブとも呼べないレシーブを繰り返していた結果、とうとう勢い余って顔面でボールを受け止める羽目になったのである。
 持ち主の顔面を痛めつけたのち再びセメントの壁から跳ね返り、ぽーんと背後へ飛び出していった白い球を追いかけていると、それは誰かの足にぶつかってようやく止まった。平均よりも随分と長いその足が、ボールのやって来た方向、つまり日向の方へくるりと向き直る。

「……バレーボール」
「あっ、スイマセン! それ俺が飛ばしちゃったボールなんで……ス?!」

(――――でかっ!!!)

 柔らかそうな金の短髪に黒縁の眼鏡、周りの女子が放っておかないであろう甘い顔立ち。そして何より、謝罪するために見上げた相手の頭は、想像していたよりもずっと高いところにあった。2メートル近くはあろうかというその身長は、高校生男子にしてはかなり小さい部類に入る彼からすれば巨人も同然である。小心者の日向は思わず大声を出して飛び上がったが、驚かれることには慣れているのか、特に気にした様子も無い青年は大きい掌でさっと足元のボールを拾い上げた。ボールを片手で掴めないことを気にしている日向からすれば大層羨ましい動作であったが、初対面の相手がその心境を知る筈もなく。
 駆け寄ってきたかと思えば硬直した日向の姿を認めると、青年は唐突に、人によっては胡散臭いと評するであろう笑顔をにこっと浮かべた。しかし人の裏を読むだとかそういったことが滅法苦手な日向は、突然のスマイルに驚きつつも首を傾げるばかりである。

「――君『も』、バレーやってるんだ?」
「! オス!!」

 まさか相手が同い年だとは夢にも思わない日向は、敬語(と言えるかは謎だが)で元気よく返事をする。

(君『も』ってことは、やっぱバレー部の先輩?! でもこの間体育館に行った時にはいなかったような……練習休んでたのかな?)

 相手がバレー関係者と言う可能性に思い当たった瞬間、先程までの怯えは何処へやら、男にしてはくりっとした眼がきらきらと輝きだす。その変貌ぶりに眼鏡の青年は面食らった顔をしたが、気付かない日向は持ち前の積極性でずいずいずいっと相手との距離を詰めた。

「あの、おれ! 1年1組の日向翔陽ですっ!」
「(何故クラスを……)」
「バレー部に入部希望なんですけど、色々あってまずは3対3の試合に勝たないといけなくて」
「……えっ、バレー部の入部条件にそんなのあったっけ?」

 日向の言葉に思わず目を丸くした青年――月島かすがは、入部届を出しに行った時のことを思い浮かべる。人数は大して多くないと聞いていたし、何より今付けられている仇名が「落ちた強豪」「飛べない烏」、だ。失礼だが、とても新入部員を選り好みする余裕があるようには見受けられなかった。自分と幼馴染が書類を持って挨拶しに行った時など、2人揃ってその身長の高さからか、文字通り諸手を挙げて歓迎すらされたのだが。
 それとも目の前の彼は小さいから、適当に理由を付けて断られたということなのだろうか。思い当たった可能性に思わず眉を寄せるが、「イ、イヤ……おれの場合はチョット、その、色々あったっていうか……」とごにょごにょ気まずそうに語気をしぼませる様子を見ると、むしろ何かをやらかしたのは当人の方なのかもしれない。しかし月島に手渡されたボールに視線を落とすと、少年は思い出したように再びバッと顔を上げた。

「今、それでレシーブの特訓してるんです! いつもは他の先輩が一緒にやってくれるんですけど、今日はちょっと遅れてくるみたいで……1人でやってると、全然上手くいかないんです。相手になって貰えませんか?!」
「特訓、ねぇ……あの壁打ちが?」
「う、うぐぐッ……」

 痛いところを突かれて詰まったような声を上げる日向は、暗に相手の言葉が無茶苦茶な練習を見ていたと示していることに気付かない。色んな意味で呆れた月島は1度小さく息を吐いたが、次いで仕方なさそうに笑って学ランの上着を脱ぎ始めた。

「いいよ、付き合ってあげる。ただしその先輩さんが来るまでね」
「!! あ、アッザァアースッ!!」

 嬉しさのあまり頬を紅潮させた日向はビシッと両手を体の横に付け、きっかり90度の礼を披露する。

「「あ」」

 しかしそのせいで、両手で抱えていたボールは当然ながらぽとりと落下。月島は、先生にお辞儀をした拍子にランドセルの中身をぶちまける小学生を思い出した。


「澤村さん、ちょっといいですか?」
「ん? おぉ、どうした月島」

 仮入部期間に入ってからというもの、熱心に体育館に通ってくれている新入生2人の片割れが、休憩中に声をかけてきた。彼らは幼馴染みの間柄であるらしく仲も良さそうなのだが、部活が始まればお互い無駄口を叩くこともなく真面目に練習に取り組んでいる。おまけに教えたことは2人とも素直に吸収してくれる性質のようで、誠実な姿勢を見せる後輩2人を澤村は早くも気に入っていた。残りの新入り候補2人もバレーに対する熱意と誠意が人一倍あることは見て取れるのだが、何せやらかしたことがことである。
 
「男子バレー部に、入部試験があるって本当ですか?」
「……んん? ちょっと待て、それはドコ情報なんだ」
「3対3をやるって聞きましたケド。オレンジ頭のチ……同級生から」

 この後輩、もしかしなくてもチビと言いかけなかっただろうか。真面目ないい子だと思っていたが、案外まだ見せていないだけでイイ性格をしているのかもしれない。
 そんな感想を抱きつつも、澤村はつい先日この体育館で起こったトラブルを思い出す。オレンジ頭というのは、間違いなく問題児コンビの片方であろう。名前を知らないらしいことから、面識は一応あるようだが大して仲が良い訳でもないのだろう。それならば詳しい事の経緯が月島に伝わっていないことも納得である。傍から見ていたならともかく、アレを好き好んで一から十まで他人に語りたがる当事者はそうそういまい。

「ああ、そいつはお前と同じ新入生の日向翔陽って言うんだけどな。そいつとあともう1人はちょっと問題を起こしてな、色々あって特別にそういうことになってるんだよ」
「あん時の教頭のヅラが大地さんの頭に着地した瞬間っつったら……! ブッフォ!」
「(何それ気になる)」
「田中?」
「ウィッス」

 まあアイツらの『事情』は追々教えてやるよ、とニヤニヤしながら月島の肩をバンバン叩いていた田中は、主将の凄みのある笑顔を受けて直立不動の姿勢を取った。いのちだいじに。
 一気に緊張感の走った場の空気をとりなすように、澤村は1つコホンと咳払いをしてみせる。

「……あー、そういえば2人にはまだ言ってなかったな。山口も! ちょっといいか?」
「あっ、ハイ!」

 少し離れたところでちらちらこちらを窺いながらもサーブ練をしていた山口が、主将に手招きされて緊張した様子で駆けよってくる。唯一気心の知れた月島の隣りにいそいそと並び立ち、そこで少しだけ表情を緩めた。

「今週の土曜のことなんだが……お前達には、もう2人の新入生を含めたチームと試合をして貰う。毎年新入部員が入ってすぐ、雰囲気を見るためにやってるゲームだ。……とはいってもお前達の場合、あいつ等と違って入部が懸かったりしてるわけじゃない。こう言っちゃなんだが、あまり緊張し過ぎずに自分の力を発揮してくれ」

「はい」
「わ、分かりました!」

 やる気がないという訳ではないだろうが、本当に気負った様子も無く首肯する月島。緊張するなと言われた傍から、ガッチーン!と硬くなった姿勢と声で返事をする山口。何とも対称的な2人の姿に、澤村は思わず苦笑した。


 ――しっかし『月島かすが』って名前、どっかで聞いたことがあるような……。機会があったら、今度中学時代の話でも振ってみるか。

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