小説 | ナノ



ハッと目を覚ませば、体がドクドクと脈打っていて言い様もない気持ち悪さが全身を支配していて。覚醒と同時に思い出したかのようにぶわっと脂汗が吹き出してきて、不快感で顔を歪めた。苦しくて堪らずに、落ち着かせるようゆっくりと深呼吸を繰り返す。内容はよく覚えていないけれど、なんとなく悪夢を見たのだろうと思った。

何度か深呼吸をしていくらか落ち着きを取り戻してくると、自分が今どこにいるかを思い出す。ここは遊星の部屋だ。そう言えば彼のベッドで珍しく一緒に眠りについたのだった。徐ろに首だけを動かして隣を見遣れば、健やかな寝息を立てている遊星の顔が目に入る。今すぐに起こして縋り付きたい衝動に駆られるものの、最近の遊星が多忙で疲れていることを思い出してしまえば衝動を実行に移す事は叶わなかった。起こさないようにゆっくりと遊星に背を向けて、さっさともう一度寝てしまおうと無理矢理に目を閉じる。暫くそうしていたが、一向に眠気がやってくる気配がない。完全に目が冴えてしまっていた。

諦めた様に小さく溜息をつけば、先程よりも更に慎重に体を動かしてベッドから降りる。ちらりと目線だけで遊星を確認すれば、ぐっすりと眠ったままだった。そのままなるべく音を立てないようにドアまで歩みを進めて、部屋を後にした。

ガレージまで来るとソファに倒れ込むように横になる。このままポッポタイムから出て一人暮らしのアパートへ帰っても良かったが、寝間着のまま外に出るのは憚られたし、何より朝起きた時に遊星が心配するだろうと思うと、ここが移動範囲の限界だった。

「なんか、疲れた…。」

肉体的というよりは精神的に。悪夢を見たからというだけでなく、常日頃からいつか遊星が自分から離れていくのではないかという漠然とした不安が付いて回っていた。彼を起こさなかったのも遊星への配慮というよりも自分が煩わしく思われないようにとの保身が大きかった。

告白したのは自分からだった。会いに行くのも忙しい遊星に合わせて、殆どが自分から。キスは片手で足りる程。それ以上先はそういう雰囲気にすらなった事がない。
二ヶ月ほど経って未だにこんな感じなのだ。遊星がなぜ自分の告白を受け入れてくれたのか疑問に思わない訳がなかった。ただよくよく考えると遊星は優しいから断れなかったのかもしれない、と思う。

「はぁ…」

独りになると要らない事を沢山考えてしまうが、自分ではもうどうしようもなかった。負の思考など抱え込まない方が断然良い事も分かってはいたが、こんな考えを他人に悟られる事の方が耐えられなかったのだ。

その時、ガチャリとガレージのドアが開いた音が聞こえた。反射的に体を強ばらせて息を殺してしまう。起床には早すぎる時間だ。一体誰が来たのか、どうかここまで降りてきませんように、と思うも足音はどんどん近付いてくる。寝た振りを決め込もうとしたら、足音に混じって声が聞こえた。

「ディアナ…?」

薄暗くて判然としないのであろうか、自信なさげに小さく名を呼ぶ遊星の声が。

その声は平素の彼からは想像しにくいもので、意外過ぎて、どうしても無視できなかった。

「遊星?」

応えれば、足音が早まってこちらに向かって来る。すぐ隣まで移動してきた気配に、起きて顔を見上げようとしたら突然抱きしめられた。本当に突然過ぎたためか、一瞬身を竦めてしまう。その動作に呼応するように抱き締める腕に力が入っていく。

「ゆ、遊星…どうしたの?」
「どこに行ったのかと思って探していた…見つかって、良かった。」

心配をしてくれたにしてはちょっと大袈裟だなとぼんやり考えながら、おずおずと手を回してあやすような手つきで背中を撫でる。

「心配してくれたの。ありがとう…ごめんね、起こしちゃって。」

なるべく普段通りを装って返すけれど、遊星の腕の力が緩む気配はない。こんな彼は今まで見たことがなくて、これ以上どうしていいか分からなくなってしまった。

「遊星…どうしたの。なんか変だよ。」
「俺は、信用できないか。」
「え?」
「何か、悩んでいるんだろう…俺には頼ってくれないのか。」
「そんな、こと…。」

見透かされている事に動揺してどう答えたら良いのか逡巡してしまう。しばらくは沈黙が支配していたが、先に痺れを切らして動いたのは遊星だった。抱き締める腕の力が緩んだと同時に遊星の顔が視界一杯に広がる。いつものように啄むようなものではなく、深く舌を差し入れられる。熱い舌がぬるりと入ってきて、舌の付け根をつつかれて、歯列をなぞられれば、ぞくぞくとした快感が背筋を走り抜けていく。段々と息が苦しくなってきて遊星の背を叩いた。意図を読み取ったのか、唇が名残惜しそうに離れていく。互いに荒い呼吸を繰り返しながら視線が交わる。青い瞳が今にも泣き出してしまいそうに揺れていた。

「俺は…ディアナが、どこかに行ってしまうような気がして怖い。目を離した隙にふらっといなくなってしまって、もう二度と会えなくなるんじゃないかと…そんな気がして…。」
「ゆう、せい…。」
「だから…一人で抱え込まないでくれ。全部話してくれなくてもいい…少しずつでもいいから…っ。」

遊星も自分と同じだったのだろうか。要らない事に悩んでお互いに踏み出せないでいたのだろうか。

気付けば考えが纒まる前に動的に抱きついていた。先程まで遊星のように強く、強く。大丈夫だと、耳元で彼の声が響くとどうしようもなく安心して、堪えきれなかった涙が肩口に吸い込まれていった。






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