大切だから、壊れないようにずっと守ってきた。誰にも触れさせたくなかった。自分だけに向けられた笑顔だと信じて。いつまでも抱き締めていたかった。
パラメキアの皇帝、マティウスが外交のためフィンに来るとの噂を聞いたのは、つい先日の事だった。
「今日だっけ? パラメキアの皇帝が来んの」
フリオニールはバターが溶けかかったトーストを頬張りながらレオンハルトを見た。
「そうらしいな。マリアも今朝早くから出て行ったし」
お手製の野菜スープを皿に盛り付けながらレオンハルトが頷いた。
妹のマリアは奉公人としてフィン城に行っている。パラメキアの皇帝が来るとあって、城では出迎えの支度に追われているであろう。
「ヒルダ王女は何度か見た事あるけど、パラメキアの皇帝はどんな奴かな」
興味津々にフリオニールが言うも、レオンハルトは興味が全くなかった。
「さあな。どうせ王族なんて皆末成り顔だろ」
何もつけていないトーストを食べ、野菜スープを飲み込んだ。平民が苦しい生活をしているのに、王族や貴族達は贅沢三昧しているのを知っている。レオンハルトはそんな現状が許せないでいた。
「そうかなぁ……」
フリオニールもスープを啜る。別に王族達の肩を持つ訳ではないが、皆が皆そんな人達ではないと思っていた。
朝食の後に家事を済ませてから2人は剣術の稽古を開始した。フリオニールは将来フィンの白騎士団に入隊したいと考えていたので、いつもレオンハルトに稽古を付けてもらっていた。レオンハルトにも一緒に入隊しないかと誘ってみたが、長男だから家督を次いでいた為断られた。レオンハルトの剣の腕前はかなりあり、フリオニールは残念でならなかった。
休憩していると、大通りの方が騒がしくなった。どうやら、パラメキアの皇帝がフィンに到着したらしい。何だかそわそわしてしまう。フリオニールはレオンハルトを見た。
「俺、野次馬してくる」
「あ。おい、フリオニール」
呼び止めるレオンハルトを振り切り、大通りへかけて行ってしまった。
「ったく」
レオンハルトも後を追った。
人だかりの中をかきわけ、通りの中央に、きらびやかな長い参列が見えた。一際目立つチョコボに、鮮やかな金髪の男が乗っていた。一目見て、あれがマティウス皇帝だと分かった。
フリオニールの視線はその顔を捕らえて離さない。
何て、綺麗な顔をしているんだろう。
素直に美しいと思った。ただ茫然と、光に吸い寄せられた影のように取り込まれた。
気のせいか、目が合ったような気がしてフリオニールは視線を反らした。
「確かにいい男かも知れないけど、私の好みじゃないわ」
夜、城から帰って来たマリアは、皇帝を見た印象やらをフリオニールとレオンハルトに話して聞かせた。
それから3日経って、皇帝はパラメキアへ帰って行った。
此処の所、フリオニールは自分でも上の空だったのを自覚した。稽古の時、レオンハルトに注意されたのがきっかけだった。原因は何となく分かっている。あの顔が、瞳が頭から離れないのだ。
マティウス皇帝。
こんなにも気にしているのは何故だろう。フリオニールは戸惑っていた。
そんなフリオニールの胸中を知ってか知らずか、レオンハルトは面白くないと言わんばかりにむしゃくしゃしていた。
今日も変わらず朝食を摂っていると、ふとドアをノックする音がした。
「客か」
レオンハルトが立ち上がろうとするとフリオニールが俺が出るからと制した。ドアを開けると、見知らぬ男が立っていた。正装をしており、位の高い人物だという事はすぐに分かった。
「あの、どちら様ですか?」
「お迎えに上がりました」
「……は?」
男はお辞儀したかと思えば、いきなりフリオニールの手を取って家から連れ出そうとする。
「ちょっ、何??」
「フリオニール!? おい貴様、いきなり何だ」
慌ててレオンハルトが駆け寄り、男からフリオニールを引き離そうとした。
「では、お連れ様もご一緒に」
「へ?」
何処からともなく現れた騎士に取り囲まれ、抵抗する間もなくチョコボの背に放り込まれた。たちまちチョコボはフィンの町の外まで走り出した。そして二人を待ち構えていたのは、飛空艇だった。チョコボから飛空艇に乗せられ、行く先も分からぬまま、飛び発った。
フリオニールは何かの間違いじゃないかと懸命に従者に訴えた。
「何故、俺がマティウス皇帝に呼ばれるんだ!?」
「陛下が望んだ事です」
「でも」
虚しくフリオニールの声が城に響く。
あれよあれよと連れて来られたのはまさかのパラメキア城だった。用意された部屋で途方に暮れた。当然皇帝とは会った覚えもない。訳が分からないとフリオニールは泣きそうになった。
「落ち着け、フリオニール。会って問い質せば済む事だ」
隣の椅子に座っていたレオンハルトはフリオニールを宥める。
「何かの間違いだ」
「そう……だよ、な」
フリオニールも落ち着こうと座った。暫くして別の従者がやって来た。